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第十七章
117.飛んできた泥だんご
しおりを挟むドスッ……
紬と一緒に更衣室を出てから体育館に向かっている最中、突然左肩を殴られたような強い振動が起こった。
音と共に空中を浮遊する黒い物体。
何かと思い背後を振り返ってみたけど、後ろには誰もいない。
物体の一部が頬に付着している感触があった。
それを指で頬をなぞって確認すると、黒くてざらざらしている。
これは、泥……?
一体どこから飛んできたんだろう。
指先を頼りに泥を振り払っていると、隣の紬は異変に気付いた。
「大変! 梓のジャージの左肩が泥まみれになってる!」
「えっ、嘘っ!」
「下に泥だんごが落ちているから、誰かが意図的に投げつけたんだよ……」
指摘された瞬間、誰かが私のジャージを目掛けて泥だんごを投げ付けた事が判明した。
同時に髪や首などに泥が飛び散った様子。
「ヒドイ! どうしてこんな酷い嫌がらせを……。早く教室に戻って泥を拭かないと」
「……うん」
紬は暗い影をかぶっている梓の手を引いて、来た道をUターンした。
二人は沈んだ表情で教室に向かっていると、昇降口から階段に曲がる道へ差し掛かった時、たまたま奏とバッタリ遭遇した。
奏は神妙な面持ちの梓達に気付くと同時に、梓の顔とジャージに泥が付着している事にも気付いた。
奏「どうしたの? 顔に泥なんて付けちゃって。うわっ! ジャージまでスゲーな。お前さ、誰かに命狙われてんの?」
紬「奏くん……。悪いけど、いま冗談には付き合えない」
梓「こんなの蓮と付き合ってからしょっちゅうだよ」
梓は指先を軽く握り、俯いたまま泣き出しそうな声で伝えた。
奏「しょっちゅう被害に遭ってるのに、休まずに学校来てるなんて……。俺なら迷わず登校拒否だね」
梓「もし奏が私なら、登校拒否で済むかな……。あまりにも酷くて言葉がないよ」
奏「そんなに?」
梓「酷いを通り越して呆れてる。もう慣れたけどね……」
奏「蓮はお前が嫌がらせに遭ってる事を知ってんの?」
梓「知ってるけど、把握してるのは実際の半分くらいかな」
紬「蓮くんは自分の目で見た分しか知らないはずだよ」
奏「蓮はもう傍にいないのに、まだ嫌がらせを受け続けるなんて辛いな」
梓「でも、卒業まであと少しの辛抱だから……」
嫌がらせは本当にキツい。
一方的にやられっぱなしの上に、相手が判明しないから解決策がない。
どうして自分だけこんな目に遭わなきゃいけないんだと何度も思っている。
しかも、嫌がらせの大元の蓮ですら今は味方じゃない。
奏「卒業まで我慢するつもりなの? 大和から聞いたけど、最近高梨と別れたんだって? だとしたら、お前は何を支えに嫌がらせと戦ってるの?」
梓「……わかんない」
奏「不憫だね……。変な意地ばっか張ってないで、つべこべ言わずに早く蓮の元に戻ればいいのに」
梓「蓮にフラれたのに?」
奏「あ、そっか。蓮にフラれたんだっけ。ダセェなー」
梓「……」
紬「……奏くん。悪いんだけど、私達教室に戻らないと、体育の授業に間に合わなくなっちゃうから。ごめんね」
奏「あっ、あぁ……」
梓「じゃあね、バイバイ」
こうして、奏にも嫌がらせの実態を知られてしまった。
最初は小さな火種だったけど、いつしか大きな災いに……。
蓮のファンは陰湿だ。
別れた噂が落ち着いてもこのザマ。
鬱憤を晴らすには私が絶好のターゲットなのかな。
私は蓮が好きだから付き合ってただけなのに……。
でも、あと約2カ月我慢すれいい。
たった2カ月我慢すれば、大学での新生活が待っている。
私達は教室に到着すると、二人で分担して泥のついた顔と髪をウエットティッシュで拭き取って、隣のクラスの美玲にジャージを借りに行った。
紬が手伝ってくれたお陰で、体育の授業はギリギリ間に合った。
蓮が支えになっていない今、紬が心の支えになってくれている。
もし彼女がいなかったら、学校に来る事さえ諦めていただろう。
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