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第五章
50.ヤキモチ
しおりを挟むガッシャーン
ーー午後9時25分。
居酒屋店内でビールジョッキが倒れた音と同時に、あるテーブルに視線が集中した。
そこは、1時間ほど前から二十代後半くらいの女性三人組が泥酔状態で愚痴を零しているテーブル。
酔いと共に声のボリュームが上がった挙句、身振り手振りが大きくなってテーブル上のジョッキを倒してしまった。
颯斗はすかさずカウンターからおしぼりを鷲掴みにして問題が起きたテーブルに出向く。
「お客様、大丈夫ですか? おしぼりをお持ちしました」
「あっ、ありがとうございます。……ちょっとぉ、遥香! 酔っ払い過ぎなんじゃないのー?」
「大丈夫だいじょーぶ。酔ってないっつーの。……あらぁ、お兄さんいい男~」
「ははっ、ありがとうございます。……サヤ、おしぼりの追加持ってきて」
颯斗はカウンター席へ料理を運び終えた沙耶香へ振り返る。
「はっ、はい」
「遥香、こんなところでナンパはやめなって」
「いいじゃーん。ね、お兄さん何歳? 学生? ねぇ、私と連絡先交換しない?」
「すみません、勤務中ですので……」
「『勤務中ですので』ってさ。うわっ、かわいいー! お兄さん、私のタイプー!」
酔いが回って完全に虚目の遥香はそう言うと、ビールジョッキを角に寄せてテーブルを拭いている颯斗の首に両手を巻いて大胆に引き寄せた。
「うわっ! ちょっとお姉さん。抱きつくのは勘弁して下さいよ~」
「いいじゃん、いいじゃーん。ねぇ、私達と一緒に飲もうよ」
ベロンベロンで甘え口調の遥香。
颯斗はお手上げ状態にあるが、後ろからおしぼりを持って現れた沙耶香は、女性の行き過ぎた行動にわなわなと肩を震わせた。
そして、遂に我慢が限界を迎える。
「颯斗さんから手を離して下さい」
ムスッと不機嫌な顔でそう言うと、三人組と颯斗の目線が沙耶香へ止まった。
「サヤ……?」
「早く手を離して下さい。私は颯斗さんの恋人なんです。だから、触らないで下さい」
「え、お兄さんの彼女……? お兄さん、恋人と一緒に働いてるの?」
「遥香、早く離して。マズイって」
「遥香ってば!」
友人二人はただならぬ空気を察すると、遥香の腕を引っ張って諦めさせる。
遥香は目が覚めたようにキョトンとしながらパッと手を離すと、沙耶香は言葉を詰まらせながら言った。
「申し訳……ございませんでした」
やりきれない気持ちを抱えてそう言い切った直後、おしぼりを持ったまま出入り口の引き戸を開けて外へと飛び出した。
「サヤっ……」
颯斗は背中に向かってそう叫んだが、沙耶香はあっという間にのれんの外へ……。
手早くテーブルを拭き終えてジョッキや空いたお皿を下げた後、厨房で作業をしているオーナーにひと声かけてから沙耶香の後を追った。
すると、沙耶香は店内の明かりを背中から浴びながらで佇んでいた。
小さな握り拳は震えるように揺れている。
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