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第十章
278.一方通行の恋
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「拓真。昨日は一緒に帰れなくてごめんね」
昨日、拓真と和葉の間に取り返しがつかないほど大きな亀裂が入ってしまった事など知らない栞は、翌朝の登校中に両手を合わせて謝った。
しかし、拓真の心境はそれどころではない。
昨日の衝撃的な言動が、四六時中脳裏に描かれてしまうほど思い悩んでいた。
和葉が農作業を始めたあの日から昨日まで信じていたからこそ、裏切りの代償は大きかった。
夜も眠れぬほど尋常じゃない怒りが沸き起こっていたせいか、栞の些細な謝罪に耳が傾けられない。
「別にいいよ」
「昨晩送ったLINEの返事が届かなかったから、てっきり怒ってるかと……」
「開くの忘れてた」
「……そっか。今朝まで既読になってなかったもんね」
栞は口をすぼませながらそう言うと、暗い表情で視線を落とした。
ところが、拓真は自分の事で精一杯で、栞の落胆した表情と、無意識に冷たい対応をしていた事に気付かない。
一方通行の恋愛はとても辛い。
自分が気にしている事が、実は相手にとってそうでもなかったりする。
それに加えて普段以上に素っ気ない。
昔はここまで酷くなかった。
話を聞いてくれなかったのは暴走族時代だけ。
そして、今はまたあの時のように何かに深く傷付いているかのように刺々しい。
私達は本当に恋人同士なのだろうかと疑ってしまうほど。
その上、彼の笑顔が完全に消えた。
少し前から不機嫌なのはわかっていたけど、今日は一段と機嫌が悪い。
でも、原因は昨日一緒に帰れなかった事ではなさそう。
もしヤキモチだったらLINEくらい確認するはず。
だから、不機嫌な理由は別のところにあると思った。
「今日も午前授業だし、昨日の代わりと言ってはなんだけど、家に遊びに来れないかな。昨日友達と一緒に行ったカフェでアップルティーを買ったから、昼食と一緒にどうかなと思って」
と言って、顔を覗き込んだ。
少しでも多く二人きりの時間が欲しいし、一瞬でも長く私に目を向けて欲しかったから。
栞は恋に自信がない分、焦りに拍車がかかっていた。
何故なら先日敦士に呼び止められた際に、散々和葉の件で責められた上に、気持ちを煽られてしまったから。
一方の拓真は、今は気楽に遊べるような気分になれなくて、栞と目線も合わさぬまま無愛想に口を開いた。
「ごめん、今はそんな気分じゃない」
そう言って、栞の好意を冷たく突き返した。
しかし、意図的に突き放したのではなく、和葉の事で頭がいっぱいになっているせいか、荒れ狂う感情に歯止めが利かない。
栞には不機嫌な理由がどうしてもわからない。
それに、一ヶ月以上も彼女なのに拓真の気持ちが読めない。
「……ううん、いいの。拓真の気分が乗った時でいいから」
こうやって笑顔を取り繕って遠慮がちに返事をしても、心の中では納得してない。
きっと、本音を曝け出せたらこんなに毎日苦しくないはず。
でも、無理を言って嫌われたくないから我慢している。
念願の彼女になれたのに、毎日会っていても顔色を伺うばかり。
まるで腫れ物に触るかのようにビクビクしていて、何処か疲れてしまっている部分もある。
本当は私だけを見て欲しいと贅沢な願いを突き付けたい。
そして、唇が噛み切れそうなくらい激しいキスをして心ごと奪いたい。
和葉さんの事なんて記憶から消え去ってしまうくらい自分だけを愛して欲しい。
でも、その夢が叶わない。
暗黙の殻を打ち破る勇気がないから。
それに、この先もずっと隣に居たいから、今日も感情を隠し通している。
自分が我慢していれば済む話だから。
果たしてこれが本来の幸せな姿なのかと疑問に思ったりもする。
肩がぶつかりそうなくらい至近距離で歩いていても、触れそうでなかなか触れないお互いの指先。
その距離およそ15センチ弱。
振り子のように揺られているお互いの手が交差をする度に温もりが伝わってくる。
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