プラトニック ラブ

風音

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第九章

55.恋の応援者

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  緊張の糸が解けてしまったせいか、雪で湿った身体が急に寒くなって震えが止まらなくなった。
  話を聞いていた時は、夢中のあまり不思議と寒さを感じなかったのに。

  すると、養護教諭は異変を感じた。



「寒い?  震えてるし血色悪いよ」

「コートが濡れてるから冷えたのかもしれない。一度脱いで乾かそうかな」


「そうして。早く温まらないと風邪引いちゃうよ。そこにあるハンガーを適当に使ってね」

「じゃあ、お借りします」



  紗南は椅子から立ち上がりハンガーラックに向かうと、養護教諭も立ち上がって扉の方に足を向けた。



「職員室に行って温かいお茶を作って持って来るから布団に包まっててね」

「ありがとうございます」



  紗南が軽く会釈すると、養護教諭は保健室を出ていく。
  閉じた扉の先で意識を背中に向けたまま小さな声でポツリと呟く。



「お幸せに……」



  そう言って微笑むと、職員室へ向かった。
  学園で唯一の恋の味方は、紗南達2人の幸せを心の底から願っている。


  紗南はコートをハンガーラックに掛けると、2年前によく利用していた窓際から2番目のベッドに向かった。

  以前、彼が占領していた窓際のベッドのカーテンは閉ざされたまま。
  足元には《2ー4 設楽 純弥》と名前が書かれたブルーカラーの上履きが揃えられている。
  マークじゃないという事は恐らく普通科の生徒だ。

  ブルーは2年生の学年カラー。
  2歳差で計算すると、私が高2の時に彼は中学生。
  つまり、セイくんが起こした侵入騒動を目撃してないはず。
  もしかしたら、12年前に冴木さん起こした騒動の時のように、噂が人づてに渡って伝説として受け継がれている可能性もある。


  彼は大雪が収まるのを待ってから帰宅するつもりなのかな。
  それとも、家族が迎えに来るのを待ってるのかな。
  寝息すら聞こえないから、寝ているかどうかさえわからない。
  でも、セイくん以外の人が窓際のベッドを使用しているのは少し複雑な気持ちだった。


  紗南はベッドに上がると、ぐるりとカーテンを閉めた。
  見上げた先には懐かしい光景が。

  紗南は保健室の独特な香りに包まれると、急に思い出に浸りたくなった。
  母校の保健室に来るチャンスなんて滅多にないから。


  一度ベッドから起き上がると、ベッドの足元に置いたカバンからいつも持ち歩いている星型の飴を取り出して、個装袋を破って飴を口の中に含んだ。
  サイダー味がジュワッと口いっぱいに広がる。

  すると、隙間だらけな心を埋めつくすかのように自然と涙が滲み出た。


  もう、足首が浸かるくらい大雪が降っているのにセイくんに会えなかった。
  ようやく日本に帰国したのに。
  テレビ画面の向こうから私に向けてエスマークを届けてくれたのに。
  あれから2年経っても、私を想っていてくれたのに。

  セイくんの居場所がわからないよ……。


  私達はずっとすれ違ってた。
  すぐ傍に居ても、あと一歩が追いつけなかった。

  セイくん、いま何処にいるの?
  会いたいよ。
  会って、声が聞きたい。

  触れたいよ。
  触れて、セイくんの温もりに包まれたい。

  恋しいよ。
  恋しくて、切なくて、寂しさに溺れてしまいそう。


  事務所に問い合わせてセイくんの現在の居場所を聞いてみる?
  ううん、プライベート情報だから教えてくれるはずがない。

  それとも、一か八かで冴木さんに電話してみる?
  ううん、それは出来ない。
  まだお互いわだかまりは消えてない。

  セイくんに会いに行くには、何処へ向かえばいいの?
  誰にも歓迎されない秘密の恋愛を続けてきた私に、居場所を教えてくれる人なんていない。

  結局、期待ハズレで会えずじまいに。
  寂しさのバロメーターが満杯になると、虚しさの嵐が吹き荒れ始めた。



「絡み合った指先と~♪ 」



  紗南はカーテンから漏れないくらい小さな声で、思い出の曲《For you》を、口ずさんだ。
  気持ちが暴走気味だったから単に心を落ち着かせる為。

  すると、不意に口ずさんだ紗南の独唱は……。



「思い出は色褪せるこ…」
「思い出は色褪せる事なく~♪  今も胸に刻まれてる~♪」



  誰かの声が途中から加わって二重唱になって、驚くあまり歌うのを辞めた。

  ーーその歌声は、聞き覚えのある心地よいハーモニー。


  胸をときめかせるような。
  低くて心に染みるような。
  心臓を撃ち抜くような。
  声にならないほど愛おしいような。

  とても、深く印象的な声。



「えっ……」



  紗南は驚愕するあまり、それ以上の言葉が出なかった。
  何故なら、隣のベッドにいる彼が世に出回っていないはずの歌を知っていたから。
  すると、紗南が黙り込んでから数秒も経たぬ間に、カーテン越しから男性の声が届いた。

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