ポンコツヴァンパイアが貧血男子を好きになってもいいですか?

伊咲 汐恩

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第七章

59.出来損ないのヴァンパイア

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  ーー7月6日。
  今日もいつも通り、お弁当の袋を持ったまま滝原くんのマンション前にやって来た。

  今日を入れて残り2日。
  期日まで実質1日ちょっと。
  正直こんな事をしても自分にメリットはない。

  でも、ケンカをしたまま人間界を去る訳にはいかなかった。
  ここを去った後に彼の記憶が消されてしまっても、私の記憶には残されてしまうから後悔のない道を選んだ。
  彼の気持ちを無視したまま吸血しても私の心は満たされないから……。


  インターフォンを押そうと思って指を突き出すが、震えてしまってなかなか押せない。
  今日も同じ結果だと思うと後向きな気持ちになっていた。
  すると……。



「あのぅ……、さっきから立ち止まってるようですが、まだ時間はかかりますか?」



  背中から男性の声が届いて振り返ると、そこには荷物を代車に乗せた宅配員の姿が。



「あっ、すみません。いま押します」



  焦る気持ちに拍車がかかって夏都の部屋番号を押してインターフォンを鳴らすと……。



「……はい、どうぞ」



  何日振りか思い出せないくらい久しぶりにスピーカー越しから声が届いてエントランスの扉が開かれた。
  私は宅配員に一礼してから自動ドアの奥へ向かう。

  部屋に到着して再びインターフォンを押すと、滝原くんは扉の奥から出てきた。

  ガチャッ……


「入って」



  久しぶりに彼の声が向けられた瞬間、堪えていた涙が一粒こぼれ落ちた。
  背中に続いて部屋に入ると、彼は後ろを向いたまま言った。



「ごめん……。友達なのにこんなに大事な話を聞いてやれなくて」

「ううんっ……」



  首を横に振ったら涙が飛び散った。
  久しぶりに声が聞けただけでも嬉しかったのに、心を受け止める準備をしてくれていたから。



「今日は6日だから、ミッションはまだ間に合う?」

「えっ、それはどういう意味?」


「吸血に協力するよ。美那をコウモリになんてさせない。絶対俺が守ってやるから」



  それを聞いた瞬間、感無量になって視界がぼやけてしまうほど瞳に溜まっていた涙がこぼれ落ちた。



「ありがとう……」

「今吸血すれば明日また吸血出来る。そしたら三回のミッションはクリアするよね」


「うん」

「命がかかってるのになかなか現実味帯びなかった。でも、昨日怜に言われて気付かされたよ、1人で問題を抱えて勝手に怒るなって。そこで反省したんだ。美那の想いをちゃんと受け止めてあげなかった自分をね」


「うん……」

「でも、吸血される側も怖いんだ。一度済ませたと言われたけど覚えてないし、どれだけ身体に衝撃を受けるかわからないから」

「そこを理解してあげれなかった……。だから私の方こそごめんなさい」



  素直に謝ると、彼はフッと笑って頭を撫でた。

  それから私達は貧血で倒れても対処出来るようにベッドの上に移動した。
  私は彼の肩に両手を置いて吸血準備を始める。
  さっきまで数日間口を聞かないほどのケンカしていたのに、今は最も接近していてお互い照れ臭さが隠せない。



「……今から吸血するけど準備はいい?」

「うん。美那のタイミングで」


「行くよ」

「うん……」



  私はゆっくり近付き彼の首元に噛みついて吸血を始めた。



「ちぅうう……っ、ちゅるちゅる……っんぱぁっ!!」



  吸血を終えると、彼の首元から唇を離した。

  ーーそれは、5秒程度の短い吸血。
  噛みつかれた衝撃はあったが、チクッと針を刺す程度でそんなに痛くない。
  昔映画で見ていた吸血の様子とは違って想像以上に軽かった。



「うわっ!  前回より血が美味しくなってる!  あの時はうす味だったのに」

「おっ……、終わった?」


「うん、終わったけど。……それよりも顔が真っ赤だけど大丈夫?」


「……だっ……だって。首にソフトに密着した唇がキスしてるみたいというか……」



  私は吸血で頭がいっぱいだったせいもあって、彼に指摘されるまで唇を当てていた事をそこまで深く考えてなかった。



「ごごご……ごめんなさいっ!  恥ずかしいっ……」



  2人は現実を振り返ったと同時にベッドの上に座ったまま顔をゆでだこのように赤くしていた。



「吸血ってもっと吸い尽くされるようなイメージがあったけど、こんなに少量なんて意外だった」

「まだ最初だから吸う力が弱いみたい。成人になればもっと吸えるようになるみたいだけど……」


「たったこれだけなのに、どうして怯えてたんだろう……。もっと早く理解すれば良かったのに」

「ううん。きっと、誰だって怖いよ」


「怜の件もそうだけど、俺は人と向き合う力がなかったんだなぁってしみじみ思うよ」

「もしかして、怜くんと仲直りをしたの?」


「うん、全部美那のお陰。これからは弱点を克服して自分としっかり向き合っていくよ。……あ、そうだ!  明日は美那の誕生日だよね。家でお祝いしようか!」

「ありがとう。じゃあ、明日はスーパーの前で約束しない?  この前一緒に買い物出来なかったし……」


「そうしよう」



  彼はそう返事をした途端、片手で頭を押さえた。
  もしかして貧血が起こってしまったかと思って、隣に座ってから顔を覗き込んだ。



「大丈夫?  やっぱり身体に負担が……」

「まだ食事をしてないせいかな。あ、そうだ!  毎日お弁当を届けてくれてありがとう。美味しかったよ」


「宅配ボックスに入れたお弁当を食べてくれたんだ」

「お陰で身体の調子が良かった」


「でも、2日連続で吸血するから滝原くんの身体が心配」

「明日は先に鉄剤飲んでおくよ。それに、美那が傍にいてくれれば頑張れそうな気がする」


「滝原くん……」

「そうだ。美那にひとつ聞きたい事がある」


「なに?」

「もし、ミッションを終えたらどうなるの?」



  彼にとっては気になる事かもしれないけど、この質問をされるのが一番嫌だった。
  でも、伝えなければならない。
  私たちの関係は明日で全て精算されてしまうから。



「消えるの」

「えっ……」


「人間界から身体もみんなの記憶からも全部……全部……」

「そんな……」


「でもね、残念ながら私の記憶だけが残るの。楽しい事も、辛い事も、みんなとの大切な思い出も……。だから、明日は特別な1日にしたい」



  夏都はしばらく黙っていた。
  予想だにしなかった美那との別れ。
  しかも、それは明日だという。

  心の準備が整わない。
  しかし、そうとも言ってられない現実に悲しみの嵐が押し寄せていた。

  だが、こんな大事な話をしている最中、吸血の後遺症がドッと押し寄せてくる。



「……わかった。美那が一生忘れられないくらい最高な誕生日にしよう」

「うん……」


「俺も忘れない。例え記憶が消されてしまったとしても、心ではちゃんと覚えておくから」



  そう言って肩にもたれかかってきた彼はそっと目を閉じた。
  吸血する度に訪れる身体の負担。
  明日が心配だけど、残りは明日しかない。

  だから私は、最後まで彼の体調管理に力を尽くそうと思った。


  ーー夜9時25分。
  私は自宅マンションに戻ってくると、エントランスには私服姿の河合さんが立っていた。

  正直いい予感がしない。
  彼女が私に用がある時は、自分の考えを一方的に押し付けてくるから。

  私たちは先日話をした時に使用したマンションの敷地内のベンチに腰を落とした。



「ヴァスピスが2点灯になってるという事は、二回目の吸血が成功したのね。間に合いそうでよかったじゃない」



  彼女の目線は流れるようにヴァスピスへ。
  私はサッと左手でヴァスピスを隠した。
  彼女は相変わらず鋭い指摘をしてくる。



「…………」

「つまり、明日吸血すればミッションは達成する。そして、未練なく人間界を去れるわね」


「未練なく……?  そんなのあるに決まってるじゃない。だって、今日までの89日間が一生忘れられないくらいの輝かしい思い出に変わっているから」

「まだそんな事を言ってるの?  成人の儀式はしあさってなのよ?  あなたは明日吸血して成人になるの。いい?  未練なんて断ち切りなさい。ヴァンパイア界には不要だから」



  彼女は強い口調で不機嫌に立ち上がると、その場から去って行った。

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