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7.心揺れる、彼の声
しおりを挟む――教室で学級委員が黒板の前に立った。
文化祭の出し物について、クラスメイトから意見を伺っている。
黒板には六、七個ほどのアイデアが並ぶ。
挙手制にしているが、なかなか決まらない。
中央に座っている女子が一旦私の方へ振り返ったあと、大きく手を上げた。
「はい、はいっ! 厚木さんの意見が聞きたいです」
私は胸がドキっとして、彼女を見つめる。
他の男子が、「カップルになれるイベントとかどうよ?」と、意地悪を言う。
それに加担するように、話がエスカレートしていく。
役員の収集がつかなくなるほど。
私は俯いて、机の下で拳を握った。
告白文の冷やかしだろう。
こんなに長引くなんて、思いもしなかった。
”お助け券”を使うべき?
刈谷くんは、力になってくれるって言ってくれてるし。
……ううん、ダメ。
彼にも悩みがありそうだし、頼りっぱなしじゃ――。
せっかくもらったけど、使えないよ。
「けんちん汁屋さん……は、どうかな」
ざわめきの隙間を縫うように、か細い声で答えた。
最近は肌寒くなってきた。
他のクラスとの差別化が図れる。
それに、昔けんちん汁を作ったときに、初めて母が褒めてくれた。
しかし、そんな願いも虚しく――。
「けんちん汁って、昭和っぽくね?」
「もしかして、”例の人”に女子力を見せつけたかったりして」
提案は、笑いの渦に。
悔しくて指先が震えた。
「日下部~、けんちん汁好き?」
「やめろってば……。そういうの、面白くないし」
「照れんなって」
関係ない日下部くんにまで被害が及んでいる。
「やめて」のひとことが言えたら、きっとこんな惨めにならない。
でも、反論する勇気がない。
もう笑われたくないし。
眉を潜め、肩を落とす。
空気を割るように、刈谷くんのまっすぐな声が響き渡った。
「俺は普通にいいと思ったけど。けんちん汁、旨いし」
喧騒がピタッと止む。
はっと目を見開き、斜め二つ後ろの刈谷くんの方を見た。
室内は息を吹き返したかのようにざわつく。
「刈谷、もしかして厚木のこと、好きなのかよ~」
一人の男子がそう言うと、どっと笑いが起こった。
彼が私を二度も救ったことは、きっと誰もが知っている。
刈谷くんは冷やかしてきた男子を、じろりと睨んだ。
「論点が違うだろ」
「でもおまえ、厚木ばっか庇ってるじゃん」
「だっておまえらがイジるから。厚木がなにも言い返さないからって、それはマズくない?」
頬杖をついたまま言い返すと、HR終了のチャイムが鳴った。
凍りついた空気は、引き波のように去っていく。
私は、ほっと胸を撫で下ろす。
終了の挨拶を終えると、刈谷くんはポケットに手をつっこんだまま教室を出ていった。
私は後を追い、彼の背中に向かって声を張り上げる。
「刈谷くん!」
彼は声に気づいて、振り返った。
私は胸に手を当てて、目線を合わせる。
「あ、あの……ありがとう。うれし、かった……です」
どうしてもお礼が言いたかった。
どんな瞬間も、味方でいてくれる刈谷くん。
思うように言葉は伝えられなかったけど、感謝は伝えたい。
刈谷くんはにこりと笑って、再び前を向いた。
二歩あるくと、背中越しにピースをする。
それを胸で受け止め、鼻頭が赤く染まる。
「ほんとに、ほんとに嬉しかったんだよ……」
小さな優しさが重なっていくたびに、心が温かくなる。
こんな感情、生まれて初めて。
私を一人の人間として見てくれる人がいるなんて。
無意識のうちに、少しずつ彼に安心感を覚えている自分がいた。
瞳を揺らしたまま、刈谷くんの背中をぼーっと眺める。
足音が遠退いていく。
教室へ戻ろうとすると、スマホのバイブが鳴った。
ポケットから出す――母親からのLINEだ。
『学校の帰りに買い物お願いね』
深いため息をつく。
『わかった』と返事を送った。
どうして、私だけ――。
でも、いい子ぶってる自分もダメだとわかっている。
廊下のざわめきが、心の闇と重なり合う。
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