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第三章
53.コイノカオリ
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「おばさん、美味しいご飯をご馳走さまでした。お邪魔しました」
「こちらこそ咲がお邪魔ばかりしていて悪いわね。愛里紗ちゃんのお母さんにも宜しく伝えてね。また遠慮なくいつでも遊びに来てね」
「はい。……じゃあ咲、また月曜日ね!」
「ごめんね、駅まで送ってあげれなくて。また学校でね」
昨日の夕方から咲の家に一泊。
結局家から一歩も出ずに地下のシアタールームでDVDを観て夕方までのんびり過ごした。
帰り支度を終えた今は、咲とおばさんに玄関まで見送ってもらった。
咲のアルバイトの時間の都合上、私とはここでお別れ。
以前は駅まで見送ってくれたけど、アルバイトを始めてから都合がつかなくなった。
昨日の咲は様子がおかしかった。
シアタールームでDVDを見てる時も。
学校や友達の事など何気ない会話をしていても。
一緒の布団に入って寝ようとしても。
普段通り微笑みかけられた時も……。
何か深い考え事をしているかのように口元が笑えてないような気がした。
一方の私も、ひとつの事に集中出来なくなるほど、卒業アルバムを奪われた時のなんとも言えぬ表情が脳裏に焼き付いていた。
あの時は、まるで死神でも見たかのように怯えている目をしていたから。
アルバムを見られたくないとはいえ、取り上げるほどの事だったかな。
昔のアルバムを見るくらい全然大した事ないのに……。
愛里紗は帰りのバス内の窓ガラスに映る自分を見ながら、ボーッと物思いにふけっていた。
終点駅のバスターミナルに到着。
駅に向かう途中、左側のビルの一階にあるイタリアンレストランが目に止まった。
そこは、咲の勤務先。
地元では有名店でランチの時間帯には行列が出来るほど。
夜は照明を落としてテーブル上のキャンドルに火を灯してオシャレなバーに様変わりするとか。
外側から見ただけで西洋風でオシャレな店内のレイアウトが瞬時に思い浮かんだ。
パスタが美味しくて有名だけど、特に気に入ったのはセットサラダのドレッシング。
サラダを何杯でもお代わりしたくなるほどやみつきになる味。
店を横切った際に、またあのサラダが食べたいなぁ~なんて思いながら店に目線を向けた。
ところが、窓ガラスには夕日の光が反射していて中の様子は伺えない。
愛里紗は再び前方に目を向けて歩き出してビルから七メートルくらい離れた。
が、次の瞬間……。
チリン……
「ありがとうございました」
ドアベルと共に男性従業員の声が耳に飛び込んだ。
店のドアが開いた瞬間、ふわりといい香りが鼻の奥へと通り抜ける。
それは、飲食店の香りではない。
どこかで嗅いだような、とても懐かしいような香り。
何故か、不思議と足が引き止められた。
香りの元を辿るように店の方に目を向けると、店から出てきた女性二人組はキャーキャーとはしゃいでいる。
「ねー、さっきの従業員絶対モデルだよね!超絶イケメンだし背が高いし」
「女性誌の表紙を飾れそうなくらい、いい男だったよね~」
「でも、笑顔だったらもっといいのに……」
街の景色など視界に入らないほど話に集中している女性客は、従業員の噂話をしながら立ち止まっている愛里紗の横を通過して行った。
あれ……。
従業員にモデルのようなイケメンがいるって事は、ひょっとしたら咲は彼氏と同じ職場で働いてるのかな。
だから、ずっとあの店で働きたかったの?
もしそうなら仕事もはかどりそう。
愛里紗は咲を羨ましく思いながらも、手元の時計をチラッと確認。
16:32
ヤバっ!
早く電車に乗らないと、ラッシュの時間帯に差し掛かっちゃう。
人の事を気にしてる場合じゃないじゃん。
その時は、自然と足が引き止められた原因について深く考えないまま駅に向かった。
すれ違ってたのに気付かなかった。
足が止まったのに引き返さなかった。
長年の日々に記憶が埋もれてしまい、すっかり忘れていた。
あの懐かしい香り。
『泣いてる顔より、笑った顔の方が好きだよ』
恋に焦がれた彼の香り。
……そう、恋の香りを。
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