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第三章
56.夏期講習
しおりを挟むーー梅雨明けしてから蒸し暑さが増して、強い日差しが降り注いでいる。
空にはモクモク広がる入道雲。
幼い頃は入道雲に乗って遊びたいな~って思ってた。
でも、心が大人に近付いてくると、無邪気に胸を弾ませていたあの頃がとても羨ましく感じる。
夏休みの初日から塾の夏期講習が始まった。
母は駅近の塾の評判がいいという情報を嗅ぎ付けて迷わず決めたという。
口を尖らせて不満を漏らしていたけど、最終的に有無を言わさず連れて行かれた。
受付で簡単な手続きをすると、指定された部屋に行くように指示された。
どうやら実力診断テストがあるらしい。
「頑張ってね」
母は書類を書き終えると、娘を残してにこやかに帰って行った。
指定された教室に入ると、定員二十人ほど中規模の教室内に四人着席している。
座席指定がないので、とりあえず後ろの席に座った。
それから、およそ10分。
座席はほぼ満席に。
キーン コーン カーン コーン……
時間になるとチャイムが鳴った。
慣れない雰囲気にソワソワしていると、バタバタと駆け足で入室してきた人が私の隣へ。
「すいません。隣の席、空いてますか?」
「空いてます……よ……」
声で男性とわかって見上げた瞬間……。
びっくりするくらい思考が停止した。
しかも、驚いているのは私だけじゃない。
彼も同様、目を丸くしている。
ちなみに彼は目を奪われるほどの超イケメン。
服装は個性的でオシャレ。
そして、今年の春に駅で派手にぶつかったあの人物。
ーーそう。
彼は中学の頃に交際していた、元彼の橋本理玖だった。
「愛里紗。……マジかよ」
「理玖……」
私達は偶然に偶然を重ねた春以来の再会に驚いて言葉を失わせた。
こうして私達は母に無理矢理連れて行かれた塾の教室内で、自然消滅してから二度目の再会を果たした。
ーー塾の実力診断テストは無事終了。
テストの出来具合は……。
開始前に集中力が欠けてしまったせいか、言うまでもない。
テストが終わった直後、まるで何事も無かったかのように帰ろうとして荷物を持って席を立った。
ところが、私の考えなどとうにお見通しな理玖は、逃すまいと先回りして道を塞ぎ、冷ややかな目で見下ろした。
「また俺から逃げるの?」
「えっ……。い、いやだなぁ。そんな事ないよ」
しどろもどろに言い訳するが、心中は既にお見通しに。
理玖は手を取ると、強引に教室外へと連れ出した。
壁一枚挟んだ廊下で足を止めると、両腕を組んでふてくされたように口を尖らす。
「あのさぁ。この前も言ったけどそこが愛里紗の悪い所」
「えっ……」
「俺は久しぶりに会えて嬉しいのに、お前は逃げてばかり」
「……」
そう……。
私は中学生の頃から理玖に気まずさを感じて逃げていた。
中学三年生の頃、私はクラスで人気者の理玖と付き合っていた。
グループ交際をしていた当時は、みんなで仲が良くていつも盛り上がっていた。
でも、いざ二人きりになると、微妙な空気が流れて普段から賑やかな理玖も何故か口数が減っていた。
気まずい時間が嫌だったから明るく振る舞ってみたものの空回りに……。
理玖はそれでも真剣に向き合ってくれたし大事にしてくれた。
普段から鈍感な私でもそれはよく分かっていた。
交際していた当時は谷崎くんの事が頭の片隅にあったせいか、恋人としてうまく向き合えなかったのかもしれない。
いや、それは言い訳。
実際は向き合おうとしなかったのかもしれない。
理玖は暗い顔で黙り込んでる愛里紗のおでこを人差し指でクイッと押し上げると、愛里紗の目線はそのまま上がる。
「まぁ、いいや。面倒くせぇ」
と、呟いて沈黙を打ち破った。
理玖は昔から優しかったけど、別れてから距離を置いていた今この瞬間も気持ちを汲んでくれる。
当時からこの優しさに甘えてきた。
「ごめんね」
愛里紗はションボリしながら頭を下げると、理玖はニカッと太陽のような笑顔を向ける。
「いーよ。許す!」
笑顔が届くと、愛里紗はホッと胸を撫で下ろした。
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