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第四章
86.胸のざわめき
しおりを挟むーー街中で行われているハロウィンイベントがニュースを賑わせている、10月下旬。
中間テストが終わり、返却されたばかりのテスト結果一覧表を目でなぞる。
この一覧表には、クラス全員分の成績が記載されていて、名前が書かれているのは成績優秀者の上位五名のみ。
総合順位 二位として名前を飾っている咲は本当にカッコイイ。
影の努力家だし、この二年間一覧表から名前が外れた事は一度も無かった。
でも、やっぱり自分の点数の方が大事。
夏期講習から塾に通ったり、中間テスト前には咲と一緒に勉強したりと、前回よりは頑張ったけど、理想と現実は違う。
母親がこの一覧表を手にしたら、また笑顔が消えていくのではないかと思った。
ーー散々なテスト結果を手にして、帰宅してから軽く母親に怒られた日の夜。
それまで心穏やかに過ごしていた私に、驚愕的な事件が起こった。
塾の帰り道の公園前。
辺りは暗闇に包まれている中、理玖はいつものように家まで送ってくれている。
笑顔の合間に溜め息をつく彼に少し異変を感じた。
最近は時間を共有する事が増えたせいか、些細な変化でも気付くように……。
交際していた当時には気付かなかったような、癖や仕草。
笑う時に腕を組んだり。
照れた時に髪をクシャクシャしたり。
言分を伝える時は、人の頭をポンポン二回軽く叩いてきたり。
頬に現れる小さなえくぼだって、不思議と目線が吸い込まれてしまう。
中学生当時は、気も止めなかったような何気ない仕草が心を小さく騒ぎ立てている。
理玖は突然早足で三歩進んでからゆっくりと振り返り、こう言った。
「……俺、塾辞める。今月いっぱいで」
平穏な日々にピリオドが打たれた瞬間、目の前が真っ暗になった。
真っ直ぐに見つめてくる切ない眼差しは、時の流れに身を任せていた私に現実を知らしめている。
当然、簡単には受け入れられない。
もしかして、私が驚く顔を見たくて冗談を言ってるの?
反応を見て楽しんでるんでしょ。
『バカだな、本気にしちゃって』とか、いつもみたいに意地悪を言うんでしょ。
冗談じゃなかったとしても、塾を辞める事を大袈裟に考え過ぎかもしれない。
もう二度と会えなくなる訳じゃないし……。
塾には一人で行って一人で帰るだけ。
街灯に照らされた二つの影が、たった一つになるだけ。
ただ、塾の帰りに会えなくなるだけ。
でも、どうしてかな。
胸のザワメキが収まらない。
谷崎くんとの辛い別れを経験しているだけに、別れに対して素直に割り切る事が出来ない。
「冗談でしょ……」
信じたくないせいか目を泳いでいる。
理性を保とうとしたけど、感情がコントロール出来ない。
すると、理玖は黙ったまま『冗談じゃない』と言ってるかのように首を横に振る。
「塾はまだ通い始めたばかりだし、そんなに早く辞める訳がない」
「愛里紗」
「またいつも通り笑わそうとしてるだけでしょ。……バカにしないで」
「聞いて」
「理玖の考えなんてお見通しだよ。冗談なら冗談って素直に言えばいいじゃん」
「愛里紗……っ」
理玖は耳を貸そうとしない愛里紗の左肘を軽く引き寄せる。
すると、愛里紗の瞳の中に理玖の顔が大きく映った。
「お願いだから聞いて」
いつになく真剣な表情は冗談だと信じて止まない愛里紗の暴走をピタリと制止させる。
聞き入れ体制が整うと、理玖は掴んでいる手をゆっくり離した。
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