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第四章

88.熱い涙

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  自分でもびっくりした。
  大量に沸き立つ涙が一体何を意味しているのか分からない。
  我慢しようと思っても涙は止められない。

  理玖が日本からいなくなってしまうと思ったら……。
  もう、気軽に会えなくなってしまうと思ったら、いつしか深い悲しみに飲み込まれていた。



「あり……さ……?」



  理玖は私が泣くなんて思っていなかっただろう。
  自分でもこんな感情が眠ってたなんて知らなかったよ。

  『勉強頑張ってね』とか、『塾で会えなくなるのが残念だね』とか言って、気持ちよく送り出せるものだと思っていた。


  でも、実際は醜い感情ばかり。
  イギリスに行って欲しくないなんて。
  このままじゃ、将来を応援するどころか一方的な感情を押し付けてしまう。


  再会してからまだ数ヶ月だけど、向き合い続けた時間は過去の自分を大きく変えた。
  中学卒業と共に自然消滅した時は、今みたいな未来を想像してない。
  そもそも再会すると思っていなかったし。

  今は交際していた頃とは違う感情が芽生えている。



  理玖はすすり泣く愛里紗をボーッとした目で眺めたまま。
  中学生当時から今この瞬間まで、愛里紗が自分を想って感情をむき出しにした事がなかったから。



  愛里紗は表情を隠すように後ろを向いて、溢れる涙を袖でゴシゴシと拭う。



「………あっ、ゴメン。私、どうしちゃったのかな。こんなはずじゃなかったのに」



  泣いてる姿を見られてしまった。
  友達として応援したり、気丈に振る舞わなきゃいけないのに。



  愛里紗は理性と戦いながら目を擦っていると……。

  ガバッ……

  理玖は愛里紗の背中を包み込むように抱きしめた。



「えっ……」

「俺、もう我慢しなくていいかな」



  愛里紗の心境の変化で壁が排除された瞬間、理玖は心のブレーキを踏み続けるのを辞めた。
  敢えて言葉にしなくても、背中から直に伝わる胸の鼓動と、力強く抱きしめている腕が全てを語っている。



「お前のそーゆー表情とか仕草とか。我慢してても理性保てなくなるから……」

「……っ」


「好きだ。昔も今もお前の事が……」



  暗闇の隙間から覗かせる月明かりが二人を照らしている。

  これは恋なのか……。
  それとも、傍からいなくなる寂しさなのか。
  身体が拒まないから余計自分の気持ちが分からない。



  震える頬に熱い涙が伝う。
  涙を止めるように強く噛み締めた唇は切れそうに痛くて……。
  しきりに涙が流れてくるから、頭が締め付けられるようにガンガンする。



  だけど、これだけは確か。
  自信を持って言える。

  彼を想って、私は泣いた。

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