初コイ@進行中 〜忘れられない初恋相手が親友の彼氏になっていた〜

伊咲 汐恩

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第五章

92.顔色を変えた母親

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  愛里紗は身体を捻ってベッドから起き上がり、膝歩きで母親の横に移動した。



「そうなの!  塾を辞めて語学学校に通って英語をマスターしたら、家具の勉強でイギリスに行くって。塾は今月末で辞めるみたいだから、近々会えなくなるよ」

「寂しいわね。理玖くんが塾を辞めたら、あんたの帰り道も心配になる。……で、これからどうしたいの?」


「わかんない。ただ、谷崎くんとの別れがトラウマになってるから別れられるかどうか……。それに、理玖ともう一度やり直す勇気があるかさえわからなくて」

「気持ちが宙に浮いてる状態なのね」


「うん、そう」

「理玖くんと付き合うメリットとデメリットを考えてみるのはどう?」


「考えてるんだけどね。友達としての今がベストだからさ……」

「それは困ったわね……。いずれにせよ返事をしなきゃいけないから、しっかり考えてあげないとね」


「うん、わかってる」



  母に相談をしても、結局は自分次第なんだよね。



「でもさ、理玖と付き合い始めた途端、谷崎くんから手紙が届いたらどうしよう。会いたいと書いてあったら混乱するかも。な~んてね、あはは。それはさすがに有り得ないか」



  ……と、谷崎くんの話題へとシフトした瞬間、母親の顔色が変わった。



「谷崎くんは駄目よ。もし連絡があったとしても無視しなさい」

「えっ……」



  谷崎くんは消息を絶ったっきりで、別れ際に必ず書くと言っていた手紙は未だに届いていない。
  だから、今さら連絡をよこすとは考えにくいし冗談のつもりで言ったのに、母は血相を変えるほど真に受けている。



「お母さんはあんたが散々苦しんできた姿を見てきたのよ。もしこの先連絡があったとしても協力出来ない」

「えっ……」


「過去の恋なんて忘れなさい。理玖くんと新しい恋をした方が自分の為になると思う」



  確かに母の言う通り、谷崎くんは過去の恋。
  恋路を見守ってきたからこそ酷く心配している。


  谷崎くんと離れてから毎日泣き腫らした目で進学したばかりの中学校に通っていた。

  彼が再び神社にひょっこり現れるんじゃないかと思って、部活動にも参加せず神社に通い詰めたり。
  一日に何度もポストを覗いて、彼から手紙を今か今かと待ち焦がれながらポストを開いていた。


  でも、現実はそんなに甘くない。
  音沙汰がない彼と絶望感に満ち溢れていた日々。
  大切なモノは失ってから初めてその大きさに気付かされる。

  あの時は、急に引っ越すと言われても現実味帯びなかった。
  声も、ぬくもりも、優しさも、いつも手の届くところにあったから。


  谷崎くん。
  いま元気にしているのかな。
  お母さんと話していたら、また思い出しちゃったよ。



  母親はベッドからスクッと立ち上がって掃除に戻ろうとするが、未だに翔が忘れきれない愛里紗が気がかりだった。



「谷崎くんは遠い所へ引っ越したからもう忘れなさい。谷崎くんもあんたも別々の未来を歩んでいるのよ」



  母がそう言った瞬間、『遠い所』というキーワードが耳に残った。

  あれ……。
  遠い所へ引っ越したって?
  音信不通だから彼が何処で暮らしているかわからないはずなのに。



  愛里紗は、母が消息について何か情報を得ているのではないかと思い始めた。



「ねぇ、お母さんは谷崎くんの居場所について何か知ってるの?」

「……そ、それは。お友達のお母さんから噂話として耳にした程度で詳しくは分からないの」


「そっか。お母さんが居場所を知ってたら私に伝えるはずだもんね。谷崎くんはやっぱり遠い所で暮らしてるんだね……」



  そうだよね。
  お母さんはお別れの日に立ち会ってたし、ショックで寝込んでいた日々も見てきた。

  それに、谷崎くんへの誕生日プレゼントを一緒に見に行ってくれたし、バレンタインのチョコ作りだって手伝ってくれた。
  ずっと恋を応援してくれていたもんね。


  谷崎くんにはもう会えないのに、たかが噂話に反応しちゃうなんてバカみたい。
  でも、『もう過去の恋なんて忘れなさい』なんて傷付いたな。
  私にとっては一生忘れられないほどの大切な思い出なのに。

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