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第五章
110.彼の存在感
しおりを挟むーー理玖が塾を辞めてから、かれこれ3週間目に突入。
授業開始時刻までの待ち時間は、一人で退屈だからスマホをいじって気を紛らわせている。
自分がこんなに無口だったのかなと思うくらい静かに過ごしている。
バカみたいに二人ではしゃいでいた夏期講習が遠い昔のよう。
引き換えになった孤独感は彼の存在の大きさを知らしめている。
夏期講習中に女友達を作っておけば良かった。
なぁんて、地味に後悔したりして。
理玖が塾を辞めたての頃は、『理玖くん最近塾に来ないね』なんて会話が女子の間で飛び交っていたけど、日が経つにつれて噂話が消えた。
でも、悪い事ばかりじゃない。
「愛里紗~。おーい! ここだよ、ここー!」
理玖は帰りが遅い私の身を案じて、塾の玄関外の花壇に座って寒そうに身を縮こませながら待ってくれている。
どんなに忙しくても毎回迎えに来てくれる。
結構義理堅い。
でも、それが嬉しかったりして。
「ほら荷物貸して。重そうだから持ってあげる」
「いいよ。自分の荷物くらい自分で持てるって」
「いいから、遠慮すんなって」
理玖は私の肩からひょいと荷物を取り上げてこう言った。
「男がこー言う時は素直に甘えればいいんだよ」
荷物を肩にかけてから照れ隠しの延長線上で冷たくなっている手をギュッと握りしめてきた。
さりげない優しさが女心をくすぐる。
でも、ちょっと照れてるのかな?
かわいい……。
理玖と付き合い始めるまでは一人で夜空を見上げていたけど、やっぱり二人で見上げた方が月が何十倍も輝いて見えるね。
再会した頃はこんな日が来るなんて思わなかった。
やだな
最悪
逃げたい
負の三拍子に駆られるあまり、理不尽な考えに押し固めてられていた。
でも、実際は彼に宛てたものではなくて未熟な自分への言葉。
今は感謝の言葉しかない。
気持ちを大切にしてくれたり、ペースに合わせてくれたり、さり気なく守ってくれたり。
周りに影響されて付き合い始めた中学生当時とは違い、今は自分の目で彼自身を見ていけるように。
だから、言った。
「理玖」
「ん?」
「いつもありがとう」
照れながら感謝の言葉を伝えると、彼は頭をポンポン二回叩いた。
「俺の方こそ気持ちに応えてくれてありがと。……今すっげぇ幸せ」
今日もお日様のような温かみのある笑み。
それが、いつしか安心素材になっていた。
私達、幸せだね。
告白の返事は迷ったけど、きっとあの時の判断は間違ってない。
私は彼の居心地の良さを感じながら、愛される実感を沸かせていた。
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