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第六章
114.再会
しおりを挟む愛里紗は駅の改札を出てから1分ほどで咲のアルバイト先に到着。
全面ガラス張りの店内は、ロールカーテンが半分まで閉ざされていて中の様子が伺えない。
咲と来店した頃を思い浮かべながら、重いガラス扉に手をかけてゆっくり押し開けた。
チリン……チリン……
ガラス扉の上部のドアベルが鳴ると、女性従業員が店の奥からサッとやって来た。
彼女はもちろん咲ではない。
電車の繋ぎがスムーズだったお陰で時間はまだ17時前。
予定よりも少し早く到着した。
軽く店内を見回しても客は二組程度。
従業員はいま出てきた女性しか見当たらない。
「いらっしゃいませ~。お客様はお一人様でいらっしゃいますか?」
「あっ、はい」
「お席へご案内します。こちらへどうぞ」
戸惑う私に明るい声と笑顔で出迎えてくれたのは、白いシャツに黒のベストとパンツ姿の20代前半くらいの女性店員。
左手二つ先の窓側の四人席に案内されると、鞄から出した英語のノートとイチゴ飴を重ねてテーブルの右側に置いた。
久しぶりに入った店内でソワソワしながら、オシャレな西洋風の店内を見回す。
追いかけるように学校を出て来たけど、出発する時間が遅かったから勤務前にノートを渡せなかった。
咲は私がここに来てる事を知ったら驚くかな。
でも、今回ばかりは仕方ないよね。
ノートが無くて勉強に支障が出たらシャレにならないし。
迷惑かもしれないけど、理由が理由だけに許してくれるよね。
愛里紗は日が傾き始めている窓の外の景色を眺めていると、窓に映し出されている自分の側に従業員の姿が映った。
「いらっしゃいませ。こちらメニューとお冷になります。ご注文がお決まりになりましまら、お手元のブザーを押してお呼び下さいませ」
「あっ、はい」
頭上から接客してきた声は男性従業員。
手際よくテーブルにメニューが置かれたと同時に、窓からテーブルへ移した目線の先にちょうどお冷が置かれた。
……と、その時。
フワッ……
以前、何処かで嗅いだような香りがふと漂った。
あれ……?
またあの香り。
懐かしいような。
甘く切なくて、何処となく胸を締め付けるような……。
心が惹きつけられるような香りに遭遇すると、元を辿るようにテーブルの隣に立つ男性従業員に目を向けた。
すると……。
仰天するように佇んでいる彼と目と目が合った瞬間、今までに感じた事のないような最大級の胸の高鳴りに襲われた。
それは。
それは……。
衝撃的な再会だった。
目の前に立っていたのは、長年恋に焦がれながら待ちわびていた相手。
そう……。
瞬きを忘れてしまうくらい目線が貼り付いてしまった人物は、初恋相手の翔くん。
引っ越しを機に音沙汰が無くなってしまった翔くんが、いまこの店の従業員に。
「う……そ……」
長い歳月の間離れていても、当時の面影はしっかり残っている。
この香り……。
いまようやく思い出したよ。
先日、この店の前を通り過ぎた時に思い出せなかった香りは谷崎くんだったんだね。
何かを感じて足を引き止めたのに……。
愛里紗と翔がお互い目を合わせた瞬間、夢ではないかと疑った。
意識を奪われてしまったかのように開いた口が塞がらない。
谷崎くん、会いたかったよ。
ずっと。
ずっと、ずっと会いたかったよ……。
少し癖っ毛な黒髪も。
長いまつげで目を細めながら見つめる瞳も。
昔はあんなに細かったのに、今はがっしりした身体も。
雪の日に寒そうにしていた手をギュッと握りしめてくれた細くて長い指先も。
一番近くで名前を呼んでくれた声も。
あの時『手紙を書くよ』と言っていた唇も。
いつしか忘れてしまっていた恋の香りも。
全部全部……。
谷崎くんじゃん。
私達ようやく会えたね。
でも、『会いたかった』のひとことが言えない。
その理由は、いま一途に愛してくれる大切な人がいるから……。
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