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第六章
113.切羽詰まってる木村
しおりを挟む二学期の期末テストを翌日に控えて、終礼を終えた生徒達がパラパラと帰宅して行った放課後。
愛里紗は教室後方に設置されているロッカー内に置きっ放しにしてある教科書やノートを持ち帰る為に整理整頓をしていた。
すると、廊下側から騒がしい足音がしたのでふと目をやると、後方扉から木村が切羽詰まった表情で教室内を覗き込み、愛里紗を見つけた途端声をかけた。
「江東! 駒井は? もう帰っちゃった?」
「咲はバイトだから先に帰ったよ」
「マジかよ。やべぇ……」
木村は咲の不在を知った途端ガクッと肩を落とす。
様子がおかしいので何かと思い、木村の元に向かって聞いた。
「焦ってるようだけど、咲に用事でもあったの?」
至近距離で見ると、額から冷や汗を垂らしていて血色が悪い。
不意に目線を落とすと、手元には歪に膨らんでいる英語のノートを握りしめているが、名前欄には咲の名前が書いてある。
そこで、ようやく事態の深刻さに気付かされた。
「それって、三時間目直前に借りたノートじゃない?」
「駒井に返すの忘れてた。明日から期末テストなのに……やべぇよ」
「咲がノートを貸した時に『明日から期末テストだからすぐ返してね』って言ったのを忘れてたの?」
「英語の授業の後、移動教室があったからすっかり忘れてた」
「忘れてたで許されると思ってるの? あんたのせいでテストの点数が落ちたらどうしてくれるの? 咲は教師を夢見てK大に行こうとしてるんだよ。木村は咲の夢を応援していないの?」
「ごめん……」
「謝るのは私じゃないっ! もう、信じられないっ!」
愛里紗はカッとしながらロッカーに戻って残りの荷物をカバンに放り込み、黙って俯いている木村からノートを奪って、アルバイト先に向かう咲の後を追った。
歪に膨らんでいる英語のノートには、いつもお礼として渡しているイチゴの飴が挟まっている。
咲が学校を出たのは15時半。
学校から駅までは徒歩で約10分。
期末テスト前だけど、人員不足という理由でシフトを入れていて、学校帰りにそのまま店に直行すると言っていた。
確か平日の勤務開始時刻は17時からだったはず。
学校を飛び出してから電話をかけたけど、一度も繋がらなかった。
電話をした後に揺れる人差し指でSNSメッセージを送信したけど、未だに返信がない。
木村は一年の頃から咲を思い続けているけど、実際は知らない事が多い。
半年以上付き合っている彼氏がいるとか、どこでアルバイトをしているかさえ……。
だから、私が届けに行くのがベストだと思った。
「ハァ……ハァ……」
息を切らしながらも6分で駅に到着。
交通ICカードを改札でかざして、いつも帰る方向とは逆のプラットホームへ向かう為に階段を駆け上った。
電車が来るまでの間、プラットホーム内をあちこち探し回ったけど咲の姿は見当たらない。
もう、電車に乗っちゃったかな。
ホームの時計を確認したら、あと10分で16時。
ここから咲の最寄駅までは乗り換えがあるから約1時間はかかる。
アルバイト先は駅前だから、改札を出てから徒歩1~2分程度。
正直時間がないから、勤務時間前までに届けられないかもしれない。
明日から期末テストが始まるから、せめて今日中にノートだけは届けてあげないと。
あ、そうだ!
勤務中にお客さんとして入店してノートを手渡そう。
咲は恥ずかしいからと言って、アルバイト先に来るのを拒んでたよね。
でも、英語のノートがないと復習に困るだろうから今回は仕方ないよね。
少し恥ずかしい思いをさせてしまうかもしれないけど、咲ならきっと許してくれるよね。
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