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第五章
112.彼と繋がった時間
しおりを挟むでもね……。
人間って欲張りな生き物なんだよ。
我慢ばかりじゃ、いつか限界を迎えるんだよ。
交際当初は長い目で見るつもりだった。
翔くんが辛い過去から抜け出せなくても、時間と共に受け入れてくれるだろうと思っていたから。
でも、あの頃から何も変わってない。
それどころか、ノグちゃんと再会した直後から友達以下の関係になってる気がしてならない。
最近、理玖くんの話を幸せそうに語ってる愛里紗が羨ましい。
翔くんの顔色を伺い続けて気疲れしている自分とは対照的だから。
友達が幸せなのは本当に嬉しいんだけど、羨まし過ぎるあまり嫉ましくも感じる。
翔くん……。
一体、いつになったら振り向いてくれるの?
もう半年待ったよ。
私は透明人間じゃないし、人形でもない。
初めて好きになったあの日から今日までずっと片想い。
虚しくて、
寂しくて、
苦しいから……。
我慢ばかりの日々に終止符を打ちたいのに。
咲は重苦しい空気を打ち破るかのようにすくっと立ち上がり、翔の正面に回り込んだ。
「ねぇ、翔くんの瞳に私は映ってる?」
「……えっ?」
「私は翔くんが好き。告白する前も、した後も、恋人になってからも、今日までずっとずっと……。でも、いつになったら片想いは終わるの? いつになったら想いは届くの?」
「咲ちゃん、何言って……」
……と、翔が返事を言いかけている最中。
咲は両頬を押さえて強引にキスをした。
勿論、新たな進展に願いを込めて……。
目を閉じる瞬間に覗かせた驚いた表情の彼。
でも、お構い無しに唇を重ねた。
たった3秒。
彼と繋がった時間。
この瞬間は、全身の血が逆流しそうなほど熱いひと時だった。
でも、これは理想のキスじゃない。
私が夢見ているキスは彼の方から。
気持ちが通じ合ってて、思いっきり照れ臭くて、お互い恥ずかしくて頬を赤く染めちゃうような甘ったるいもの。
だけど、現実は程遠い。
翔くんの気持ちを待ち続けてるだけじゃ夢は叶わない。
残念な事に、こんなキスでも舞い上がっちゃうくらい幸せだ。
悔しいけど、自分が積極的にならなければ進展が見込めないと思った。
唇を離すと、彼は私の肩に両手をかけてゆっくりと身体を引き離した。
「……時間が遅いし、もう帰ろうか」
まるで何事も無かったかのような口調でそう言った瞬間、目の前が真っ暗になった。
咲はショックで言葉を失わせていると、翔はベンチに置いてる手荷物を持って立ち上がり、公園の出口へと歩き始めた。
翔くん……。
私はいま片想いを始めてからの4年分の想いを込めてキスしたんだよ。
恋人同士の私達が初めて唇を交わしたのに、何とも思わないの。
一切感情が揺れ動かなかったの?
咲は平然と先行く翔にショックを受けたまま、背中に向かって叫んだ。
「翔くん!」
翔は背中から怒鳴り声が届くとハッと振り返る。
咲は溢れんばかりの思いに耐えきれなくなり、光り輝く涙を滴らせた。
「私達キスをしたのに何とも思わないの? 付き合ってからもう半年なのに……。私だって感情のある人間。隣にいるだけの人形じゃないんだよっ……」
咲は力強くそう言ったが、惨敗要素だけが取り残されているから返事を聞くのが怖くなって、滴る涙を右腕で拭いながら公園を走り去って行った。
悔しくて苦しくて切なくてやりきれないけど、それが私の甘くてほろ苦いファーストキスの味だった。
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