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第六章
121.咲の思惑
しおりを挟むーーだが、はち切れんばかりの思いの狭間で、恋を応援していた頃の咲の言葉がふと蘇った。
『愛里紗と理玖くん、今すっごくイイ感じじゃない? また付き合ってみたら? 私、理玖くんとなら応援したいな』
『二人とも波長が合うし、理玖くんカッコいいし。凄くお似合いだと思う』
『理玖くんとなら上手くいくよ! 絶対……。理玖くん、愛里紗のおばさんとも仲が良さそうだし、何より愛里紗自身が楽しそう』
『心の中で大切な存在だって気付いたんじゃないかな。それに、理玖くんなら大切にしてくれそうじゃない? 理玖くんが愛里紗の彼氏なら安心だし応援したいな』
『付き合ったら少しずつ好きになるかもしれないね。深く考えないで前向きに考えてみたら? 特に断る理由がないならね』
『愛里紗のハジメテの相手は理玖くんかもね。なんか、ドキドキしちゃうね』
ーー現実に直面したばかりの今。
あの時はすんなり聞き入れていた言葉が思惑として跳ね返ってくる。
受け入れ難い現実にブレーキをかけ続けていたけど、我慢は既に限界を迎えていた。
「谷崎くんの存在に気付いていたのに、自分の気持ちを優先させる為に隠し通すなんて。それに、彼の心を刺激する為に私自身に同じ髪型を結わせて告白をしに行くなんて……。私がどれだけ谷崎くんに会いたがっていたか知っていたのに。ヒドイ……」
「確かに翔くんの存在が明らかになった時に伝えなかったのは悪かったと思ってる。自分でも後悔してる」
「私達親友なのによくそんな真似が出来るね。だからあんなに理玖を推し勧めていたの?」
「それは違う! 幸せを願ってたのは本心だよ。理玖くんが愛里紗を大切にしてくれているのがこっちまで伝わってきたから、本気で応援してた。それだけは信じて!」
「どうかな……? 後付けしたようにそう言われても信じられない」
「後付けじゃない! 理玖くんなら、私の代わりに愛里紗を任せられると思ったから」
「今はどんな言葉も信じられないし、受け入れられない。もう、咲なんか知らないっ! 大っっ嫌い……。二度と近付かないで! もうこれ以上話したくない!」
「愛里紗っ……」
愛里紗は話をする気力がなくなると、涙をこぼしながら追いつかれぬように全速力でその場から離れた。
ーー何かが壊れていく音がした。
『聞いて、あのね……。彼がいま付き合ってる人なの』
『名前は今井翔くん。私が中学生の頃から好きな人』
あの時は、意図的に紹介したなんて思いもしなかった。
てっきり彼氏自慢でも始めたのかと。
でも、実際は私と谷崎くんの関係を遮断させる為。
自分の恋を守り抜く為に私の過去を犠牲にした。
正直者が馬鹿を見るというけれど、今はまさにソレ。
残念ながら簡単に許せる問題じゃない。
私は理玖から指摘されていた悪い癖から抜けきれず、不意に訪れた現実に立ち向かえずに逃げ出してしまった。
強い人間じゃないから、咲の過ちがどうしても許せない。
一方の咲は、顔面蒼白のまま愛里紗の後ろを追いかける。
中庭から校舎に入り、二つの足音が廊下を駆け抜けていく。
お互い荒く息を切らしているが、等間隔で走り続けている。
「ハァッ……ハァッ……待って……愛里紗。……お願いだから」
届かぬ手を精一杯伸ばしても。
身体中の力を振り絞って全速力で走っても。
名前を大声で発して声で引き止めようとしても……。
結局、最後まで追いつく事ができなかった。
「愛里紗………。最後まで話を聞いて。まだ全部伝えてない。私だって愛里紗と同じく初恋だったんだよ……」
咲は追いつけなくなると膝をガクッと落として地べたに座り込み、顔を押さえてワッと泣き崩れた。
お互い大切に思っていた親友。
くだらない話をして一緒に笑ったり、テスト前には一緒に勉強したり。
時には、誰にも言えないような悩みを相談をしたり。
まるで仲良い姉妹のように心から信頼してた。
しかし、たった一つの隠し事とかけ違えたボタンによって、温めてきた信頼関係に亀裂が入った。
それは、予想以上に深い傷になり、後悔の念に苛まれてしまう。
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