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第七章
141.最後の別れ
しおりを挟むーー大晦日前日。
翔はイタリアンレストランの勤務終了後に、同日シフトに入っている従業員一同に別れの挨拶を告げた。
「今日でここを辞める事にしました。今まで大変お世話になりました」
「残念ね。今井くんが辞めちゃうと女性客が減っちゃいそうね」
女性マネージャーは残念そうにフッとため息をつく。
翔と慣れ親しんだ従業員一同も、最後のお別れに寂しそうな表情を浮かべて翔を労った。
同日、シフトに入っている咲は、輪の中に入りながらも声をかけるどころか顔を上げる事が出来ない。
別れに納得してないが、もう何をしても心が動じる事がないと思っているので、ただ傍で話を聞く事しか出来なかった。
ーー12月下旬に愛里紗と念願の再会を果たした翔は、終業式の日に咲と別れてから毎日思いふけっていた。
街を出てから、約束していた手紙を送り続けても愛里紗とはコンタクトがとれなかった。
音沙汰がなかったせいもあって、頭の片隅では何処かで諦めをつければならないと思っていた。
連絡がつかない現実を受け止めようと思い、咲ちゃんと交際する事に。
彼女を選んだ理由は、複雑な家庭事情に苦しんでいた数年前の自分と重なって見えたから。
俺が愛里紗に心を救ってもらったように、今度は自分が誰かの支えになれればいいなと考えていた。
咲ちゃんに愛里紗の姿を重ねて、自分なりに忘れる努力をしているつもりだった。
しかし、幾度となくデートを重ねても恋心は動かない。
愛里紗に恋をしてた頃のように、ワクワクドキドキしたり、怒ったり泣いたり、小さな事でムキになったり、些細な事でも嬉しかったり、傷付いた時には心配して寄り添ってくれたり。
当時は人生の中で最もかけがえのない時間を過ごしていたし、甘酸っぱい恋の味を知ってしまっているだけに、心に浮き沈みのしない恋愛に魅力を感じなかった。
そんな中、奇しくも渋谷で野口と再会。
愛里紗と再会への道筋にひとすじの光が差し込んだ。
咲ちゃんと野口は同じ高校の知り合い。
驚愕的な事実に悶々とする日々を送っていたが、その後偶然にもバイト先で愛里紗と再会した。
咲ちゃんは愛里紗の親友。
しかし、それが判明したと同時に……。
『聞いて、あのね………。彼がいま付き合ってる人なの。名前は今井翔くん。私が中学生の頃から好きな人』
彼女は愛里紗にこう紹介した。
1分でも長く再会の余韻に浸りたかったのに、思いもよらぬ展開に。
その瞬間、フィルターがかかって自分の気持ち以外見えなくなった。
でも、長い歳月を経て考え方が変わった。
会えないじゃなくて、会いに行けばいい。
待ってるだけじゃ何も変わらないと痛感したから。
高二の今は、あの頃に無かった行動力が備わっている。
神社に行けばもう一度会えるのではないかと思い、電車を乗り継いで神社へ向かった。
そしたら願いが通じたのか、偶然にも再会。
愛里紗は少しやつれた顔をしながら古い消印の手紙を差し出して、全て読んでないと……。
その様子を見た瞬間、心の居場所がはっきりした。
小六当時、学校を休んだ時に愛里紗が家に来て握ってくれた丸型のおにぎり。
あの時は無心に貪った。
それが温かくて、
柔らかくて、
美味しくて。
冷えきった家庭環境に飯代だけ握らされていた幼き俺。
こんなに旨い飯が食えるのはいつ以来だろうって。
愛情がこもったものを口にするのは久しぶりだなって。
そう思いながら食べていたら、米を噛みしめる度に涙が溢れてきた。
恋の味は忘れられない。
神社で久しぶりに愛里紗の顔を見たら、昔の思い出が溢れかえってきた。
と同時に、自分の気持ちに正直になりたくなった。
翔は自宅のベランダで、愛里紗とお別れの日に渡したお揃いのイルカのストラップを指に絡めながら考えていた。
ところが、ある事を思い出した途端ハッと目を開かせた。
そのある事とは、交際当初から聞き続けていた咲の《親友》の話。
咲はいざという時の保険として、親友に彼氏がいる事を明かしていた。
つい最近、親友が愛里紗と気付いたばかり。
その恋人の存在に気付いたと同時に愛里紗との未来に新たな障害が生まれた。
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