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第九章

186.紛失したネックレス

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  理玖のお陰で身体は濡れなかったけど、自宅の玄関照明で理玖の右半身がズブ濡れな事に気付いた。
  焦って浴室からバスタオルを持ってきて、コートを叩くように水滴を染み込ませてから傘を貸して家に帰した。

  今まで見た事のないくらい元気のない背中。
  まるでいまの天気のように、理玖の心の中も悪天候だろう。



  濡れた身体をバスタオルで拭いた後、ルームウェアに着替えようと思ってブラウスに手をかけた。
  ところが、ブラウスが首に擦れる感触がいつもと違う。

  一瞬嫌な予感がして右手で首元を触ったが、本来在るべきはずのものが付いていない。



  ない!
  理玖から誕生日プレゼントにもらったハートのネックレスが首についてない!



  ネックレスが忽然と姿を消した瞬間、頭が真っ白になった。

  ブラウスに手をかけた時に床に落ちてしまったのかと思って、すかさず床を這いずり回ったけど見当たらない。
  着替え終えてから、辿ってきた廊下や部屋や玄関を食い入るように見回ったが、ネックレスは一向に姿を現さない。



  どうしよう……。
  フックが壊れてたから何処かで落としちゃったんだ。
  いつ落としたんだろう。
  よく考えなきゃ。

  朝、制服に着替えた後にネックレスをつけたのは覚えてるから、学校で体育の着替えをした時?

  ううん。
  その時は無くさないように外して、制服の胸ポケットにしまった後にまた付け直した。

  じゃあ、その後?
  心当たりがないから全然わかんないよ。

  いつもネックレスが外れた時は、身体を撫でるような感触があってすぐ気付いたのに、今日はどうして気が付かなかったんだろう。


  あのネックレスはプレゼントしてもらった時から大のお気に入りだったのに。
  毎日肌身離さず身に付けていたのに。
  前々から壊れている事に気付いてたから、すぐ直しておけば良かった。

  私、バカだ……。



  大切なものはどうして次々と目の前から消えて行くのかな。
  消えていくのは一つだけじゃなくて、シャボン玉が弾ける度に一つずつ失っていく。

  もう、嫌になる。
  これ以上失いたくないと思っているのに、大切なものを失う度にやりきれなくなる。


  昼間まで定位置にあったはずのネックレスが紛失してから、後悔ばかりが押し寄せてくる。
  何度も指先で首元を触れても出てくるはずがないのに。
  まさか、こんなに早くお別れの日が来るなんて……。

  頭では理解してるけど一向に諦めが悪い自分がいる。
  理玖から貰ったネックレスはそれくらい大切にしていたから。



  自己嫌悪に陥ると、込み上げてくる涙が止まらなくなった。
  布団に包まって声を殺しながら泣いても、何の解決にもならないのに。

  今日はただでさえ様々な問題に心狂わされて心身共に疲れていたのに、それに加えてネックレスの紛失。
  身体は更に憔悴しょうすいしていった。

  熱い涙を拭った袖はもうビショビショに。
  涙が湧き出て来る理由はネックレスの紛失だけじゃなくて、今日一日我慢していたものが一斉に弾けてしまったからかもしれない。


  頭の中には翔くんと理玖の顔が交互に浮かび上がる。
  二人が歪み合ってる姿が目に焼き付いてしまって、なかなか頭から離れていかない。

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