初コイ@進行中 〜忘れられない初恋相手が親友の彼氏になっていた〜

伊咲 汐恩

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第九章

188.不器用な時間

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  ーー現在の時刻は23時12分。
  母親が寝室に入っていく音を聞き取った後にキッチンに立って、2年前のバレンタインの時に購入したお菓子の本を開いた。

  本を開くのは中学生以来だから、マフィンのページ以外折り目はついていない。


  無気力のまま材料を計量して投入したボウルの中の材料を泡立て器で混ぜた。
  生地を型に流し込んでオーブンに入れてからマフィンが焼けるまでの時間は、少しでも身体を休める為にダイニングテーブルにうつ伏せになった。


  ピーッ ピーッ ピーッ……


  シンと静まり返るキッチンにオーブンの終了音が鳴り響く。
   重い身体でフラリと席を立ってミトンを装着してからオーブンに手をかける。


  気が逸れていたせいか、腕前は2年前と同じ。
  焦げたマフィンは当時の気持ちを引きずっているかのよう。
  マフィンを取り出してテーブルに置いて冷ます事に。


  カチ カチ カチ……

  オーブンの作動音が止まった後は、掛け時計の秒針を刻む音が届く。
  再びダイニングテーブルに両腕を置いて腕の中に顔を埋めた。

  その時思い浮かんできたのは、理玖の馬乗り状態から解放されたばかりの翔くんの姿だった。


  翔くん……。
  あれからちゃんと家に帰ったかな。
  ケンカを止めた後は身も心も置き去りにしてしまったから後ろ髪を引かれている。



  彼を思い描いた途端、物置に眠ったままの手紙を思い出した。
  二通目までは読めたけど、心に余裕がなかったせいもあって三通目に手をかけていない。


  玄関に傘を取りに行った後、冷蔵庫のフックにかかっているエプロンのポケットから物置の鍵を取り出した。
  リビング窓から傘をさして物置へ。
  鍵を開けて中に入り、右手前に傘を立てかけた。


  スマホのライトで物置内を照らして、左前方のスチール棚の前へ行き、残りの手紙が入っている菓子缶を手に取って蓋を開けた。
  手紙をガサッと鷲掴みにして封筒の数を数える。



「……14、15、16」



  一番新しい消印は3年2ヶ月前。
  この手紙を出した頃は咲と出会ってたんだよね。
  こんなに沢山手紙を送ってくれたのに、受け取れたのは再会後だった。



  愛里紗は古い消印の封筒は菓子缶の中に置いて、一番新しい消印の封筒の便箋を取り出した。

  便箋を開いてライトを照らしてみると、びっしり書き詰められていた一通目、二通目の手紙とは違う。
  中央に書かれていたのはたったの三文字。

  たった三文字だけど、そこには当時の心境がギュッと凝縮されていた。



『好きだ』



  もし、消印通りに手元に手紙が届いていたら、私も彼も今とは違う結果が訪れていたはず。


  恋焦がれた時間も。
  涙に包まれた時間も。
  灰色の空だった時間も。

  全部全部、別の色に塗り替えられていたはずなのに、どうして……。



「翔くん……翔くん……翔くんっ……」



  愛里紗は溢れんばかりの感情に押しつぶされると、便箋にぽたぽたと涙を落とした。



  一通も返事が届かなくて寂しい想いをしていたのに、気付いてあげれなくてごめんね。
  気持ちに応えてあげれなくてごめんね。

  何度謝っても足りないくらい翔くんを傷付けてきた。

  私がポストを開けていた頃、きっと彼も同じようにポストを開けていただろう。
  自分が書いた手紙が届いていない事を知らぬまま、返事を待ち続けていたはず。



  両肩に触れれば、彼が抱きしめてきた感触が蘇ってくる。

  大きな身体で包み込む暖かさと。
  揺れる恋心と。
  優しく奏でる恋の鼓動と。
  耳元で好きだと言ってくれた低い声。

  忘れられないけど、忘れなきゃいけない。
  それが私の運命。


  来世では必ず一緒になろうね。
  傷付けた分も幸せにしてあげるから。
  もう二度と辛い想いはさせないから。
  翔くんの耳にタコができるくらい、いっぱい好きだと伝えていくから。

  だから、恋心は封印させてね。



「ゔああぁぁ……っあっ……あぁっ……」



  愛里紗は天井に叩きつける雨音に包まれながら、届かぬ手紙を書き続ける姿と先程置き去りにしてきた様子を思い描くと、我慢していた感情が込み上げてしまい、地べたにおしりをストンと落として声を荒らげながら泣き崩れた。

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