初コイ@進行中 〜忘れられない初恋相手が親友の彼氏になっていた〜

伊咲 汐恩

文字の大きさ
208 / 226
第九章

206.たった一度だけ

しおりを挟む


  神社に到着して、三歩前を歩く彼に続いて鳥居をくぐる。
  最後に二人で鳥居をくぐったのは、彼が引越して行ったあの日以来で実に5年ぶり。
  当時から比べると、真後ろから眺めた神社の光景が変わった。


  彼は池より少し奥に進み参道で振り返る。
  目線が重なったと同時に私も足を止めた。
  彼は感情的に気持ちを伝えてきたあの時とは別人のように穏やかな目をしている。



「この前はいきなり抱きついてごめん」

「ううん……」



  目線が瞳の中に吸い寄せられていくとハートビートは駆け足気味に。



「彼、大丈夫だった?  あの時激怒してたから……」

「大丈夫だよ。それより翔くんは怪我しなかった?」


「怪我はしてないよ。迷惑かけてごめん。……こうやって会いに来るのは今日で最後にするから」

「うん」



  今日で最後という事は、きっと永遠の別れを意味してるんだよね。
  先日は突き放してしまったし、咲の件もあったから今更傍にいてもメリットがないよね。

  でも、諦めようとする一方で、彼の言葉一つ一つを胸に刻んでるうちに悲しい気持ちになった。



「俺が会いに来なかったせいで色んな人を巻き添いにしていた。咲ちゃんに、今の彼氏。きっと俺に会えた時は、懐かしいという気持ちよりも板挟みになる事が多かったと思う。それに、街を去ってから随分泣かせてたみたいで……」

「ううん。沢山手紙を書いてくれてありがとう。読むのは遅くなっちゃったけど、嬉しかったよ」


「お前が待ち続けてくれたように、俺も恋しかった。お前と過ごした時間が幸せの頂点だったと気付いたのは離れてからすぐ。忘れた日は一日もない」

「……んっ」



  恋のスパイスは刺激が強くて苦味が留まっている。
  涙で歪み始めた彼の姿を瞳に映しながら大きく頷き、いま自分が出来る限りの精一杯の返事をした。



「泣かないで。この話は今日で最後にするから」

「うん……」



  震える返事と共に頬に伝った一粒の涙がポロっと床に砕け散った。



  やっぱりそうだ。
  先日の別れ方があやふやになっていたから、翔くんはケリをつける為に会いに来たんだ。

  でも、これが正解だね。
  もう二度と会わなければ、お互い苦しみから解放されるかもしれないね。



  恋しい気持ちを切り離そうとしている一方で、涙腺は崩壊寸前に。
  涙の蛇口をあと一センチ緩めたら取り返しがつかなくなる。
  しかし、これ以上の感情を表沙汰にしてはならない。


  先日、一度ミスをしたら守り通していたモノが壊れてしまった。
  その後に待ち受けていたのは絶望感。
  だから、いま以上大切なモノを壊さぬように息を呑みながら涙を堪えた。



「好きだ。迷惑なら二度と現れない。……でも、迷惑じゃないなら諦めない。それに、ライバルが誰でも関係ない。俺が向き合うのはお前自身だから」

「……っ」


「これからは神社で両手を合わせてくれた日以上に幸せにする。流した涙以上に大切にする。寂しい思いをさせた分以上に楽しい思い出を作っていく。失った5年間分を幸せな未来で埋めつくしていく。約束する。……だから、俺の傍にいて欲しい」



  彼の愛が全身に染み渡った瞬間、力が抜けてしまったかのように堪えていたはずの涙が溢れた。



  早く忘れなきゃっいけないと思っているのに、好きだなんて言わないでよ。
  我慢して気持ちにそっぽを向いて堪えているのに。


  正直に言うと会いに来て欲しくなかった。
  まだ気持ちが整理しきれてないし、これから時間をかけて忘れていこうと思っていたし、理玖と再スタートを切っていくつもりだったから。

  それなのに、どうして好きだと言いに来たの?

  私だって翔くんが好きなのに。
  一人の女性として好きな人に好きと言われた時が人生で最高に幸せなんだよ。



  ……もう、我慢できない。
  どうして私だけが我慢しなきゃいけないの。

  好きな人がいま目の前から去ろうとしてるのに、運命に見放されただけで引きとめる事すら許されないの。
  翔くんは長い歳月がかかったとしても、私を忘れずに会いに来てくれたのに。
  今日ここで別れたらもう次はないのに。


  だから、お別れをする前に一度だけ本音を言わせて。
  建前とか全て取り払って想いを伝えさせて。

  これで最後にするから。
  もう二度と口にしないから。

  たった一度だけ想いを伝えたら、今まで通りの居場所にちゃんと戻るから……。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺に抱かれる覚悟をしろ〜俺様御曹司の溺愛

ラヴ KAZU
恋愛
みゆは付き合う度に騙されて男性不信になり もう絶対に男性の言葉は信じないと決心した。 そんなある日会社の休憩室で一人の男性と出会う これが桂木廉也との出会いである。 廉也はみゆに信じられない程の愛情を注ぐ。 みゆは一瞬にして廉也と恋に落ちたが同じ過ちを犯してはいけないと廉也と距離を取ろうとする。 以前愛した御曹司龍司との別れ、それは会社役員に結婚を反対された為だった。 二人の恋の行方は……

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

愛のかたち

凛子
恋愛
プライドが邪魔をして素直になれない夫(白藤翔)。しかし夫の気持ちはちゃんと妻(彩華)に伝わっていた。そんな夫婦に訪れた突然の別れ。 ある人物の粋な計らいによって再会を果たした二人は…… 情けない男の不器用な愛。

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?

藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。 結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの? もう、みんな、うるさい! 私は私。好きに生きさせてよね。 この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。 彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。 私の人生に彩りをくれる、その人。 その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。 ⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。 ⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。

先生

藤谷 郁
恋愛
薫は28歳の会社員。 町の絵画教室で、穏やかで優しい先生と出会い、恋をした。 ひとまわりも年上の島先生。独身で、恋人もいないと噂されている。 だけど薫は恋愛初心者。 どうすればいいのかわからなくて…… ※他サイトに掲載した過去作品を転載(全年齢向けに改稿)

友達婚~5年もあいつに片想い~

日下奈緒
恋愛
求人サイトの作成の仕事をしている梨衣は 同僚の大樹に5年も片想いしている 5年前にした 「お互い30歳になっても独身だったら結婚するか」 梨衣は今30歳 その約束を大樹は覚えているのか

処理中です...