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第九章
213.寂しそうな瞳
しおりを挟む私達二人の間の空気はより一層最悪な状態に。
今日の為に準備してきた言葉も最悪。
それを、理玖の前で口にした私自身も最悪だ。
「こんな事は聞きたくないけど………。ごめんって事は俺と別れたいって意味?」
返事をするのが怖かった。
でも、今日は向き合う覚悟をしてきたからコクンと頷いた。
「うん……」
「もしかして、別れる理由はあいつ?」
「それは違う。彼とはもうお別れしてきたから」
「そっか……」
理玖はそう言うと、口から魂が抜けてしまいそうなほど深いため息をついた。
そうだよね……。
理玖にとって翔くんは目の上のたんこぶだもんね。
《別れ》と言う残酷な二文字は、話し合いを始めた3分前と今の間に大きな壁を作った。
私達はなかなか次の言葉が見つからない。
肩を並べてベンチに座っているだけ。
荒れ狂う感情と葛藤している自分達とは対照的に、月夜は粛々と夜空を彩っている。
先に沈黙を破ったのは理玖の方。
「俺達……、もうダメかな」
「……んっ」
愛里紗は首を軽く縦に二回頷かせて、精一杯の想いを語り始めた。
「理玖と付き合えて本当に幸せだった。笑わせてくれるし、迷惑かけても寛大に許してくれて、落ち込んでいる時はそっとしてくれて、辛い時は元気づけてくれて、一緒にいる事が心地よくて。
こうやって久しぶりに会いに来ても文句一つすら言わない。理玖なら何でも許してくれるだろうって、優しさに甘えてる自分がそこにいた。
だけど、大切にしようと思えば思うほど上手くいかなくて、気づけば距離を置き始めていた。理玖に恋すれば幸せだった。友達や家族にも応援してもらえるし、笑顔を絶やさぬ毎日を送れたと思う。……でも、それが叶わなかった。努力だけじゃ実らなかった。……だから、ごめんなさい」
今すぐ逃げ出したいほど胸が苦しい。
でも、理玖は私以上にやるせない気持ちを抱えているはず。
理玖が傷付く事はわかってるけど、これ以上傷付けない為にはいま別れを決断しなければならなかった。
すると、理玖は言った。
「……俺、ここ数日間ずっと考えてた。交際は順調だったのに、あいつに会った途端、俺達の関係は冷え込んでいく一方だったから、もうダメなんじゃないかなって。あいつはお前にとって忘れられない人だったんだろ」
「うん。忘れられない人だった」
「あいつさ、俺と変わらないくらいお前を大切に思ってた。だから、いつか奪われちゃうんじゃないかと思ってヒヤヒヤしてた。……でもさ、結局あいつがどうこうじゃなくて自分次第だったんだよな。お前の心を掴みきれてない時点で敗北していた。でも、後悔してない。俺はお前と再会してから毎日全力だった。だから、告白にイエスの返事をしてくれた日は最高に幸せだったよ」
「うん」
「それに、お前もちゃんと向き合ってくれた。お前からのキスや、手作りのマフィンや、誕生日の時にあげたネックレスを大切にしてくれた事や、無くした時に必死に探してくれてる姿勢とか、これとないくらいに目に焼き付いて幸せだった」
「理玖……」
「だから、悔いはないよ」
理玖はくたっと寂しそうに微笑むと、私の頭をポンポンと軽く二回叩いた。
ーーそれが、4ヶ月間真っしぐらに愛し続けていてくれた私への最後の言葉だった。
再会してからのこの8ヶ月間は努力の塊だった。
再び動き出した時間の中で、ありったけの想いをその都度万遍なく伝えてくれた。
だからこそ、心にズレが生じ始めた時はとうに見透かされていた。
それに、理玖の返事は想像していたものとはだいぶかけ離れている。
首を縦に振るなんて思っていなかった。
その上、私を責める言葉なんて一つもない。
理玖は最後のひと時でさえ自分の気持ちは後回しにしている。
だから、余計胸が苦しい。
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