15 / 33
14.巨大水槽
しおりを挟む――土曜日。
私たちは電車に乗って水族館へ。
週に一度は休日デートをすることを約束していたので少し遠出した。
入口でチケットを購入して中に入ると、薄暗い館内には小さな水槽が並んでいる。
「うわぁ、かわいい。こっちはカクレクマノミ。アニメにでてきたことのある魚だよね」
「有名だよね。昔スキューバーダイビングをしていた時に見たことがあるよ」
「へぇ、スキューバーダイビングをしたことあるんだぁ! この説明書きにはフィリピンやインドネシア西武太平洋や沖縄の海に生息しているって書いてあるけど、旅行かなにかで?」
「あーー……、うん……。家族旅行の時にね」
「すごいねぇ! 多分海外旅行だよね。実は藍の家はお金持ちだったりして」
「……別にフツーだよ。旅行くらい誰でも行くだろ」
「そ?」
先日ひまりちゃんが、藍がホテルで暮らしてる的な話をしていたからそれに乗っかってみたけど、そうではない様子。
人の隙間を抜けて次の水槽に移動していると、すれ違ったばかりの女の子の会話が耳に入った。
「いますれ違った人かっこよくない?」
「私も思ったぁ! 超イケメンだったね!!」
振り返ると、高校生らしき女子二人がちらちらこっちを見ながらキャアキャアと賑っている。
いますれ違った人……、とは藍のこと?
私は男として見てないけど、彼はたしかにモテる。
身長は175センチ超えで顔はイケメンだし。
で、でもっ!!
私の中では断然梶くんの方がイケメンだし。
そのまま後ろ向きで歩いていたら、藍の背中にドンッと衝突した。
「おいおい。よそ見してたら危ないよ」
「ごめーーん……」
「ほら、向こうの巨大水槽を見てみようよ。魚がいっぱい泳いでるよ」
彼が指をさした先は、照明がてらされてブルーに輝いているダイナミックな世界の巨大水槽。
エイやサメなど大きな魚から、普段食卓に並んでいるアジやカツオなどの回遊魚がスイスイと泳いでいる。
私たちは水槽前でブルーの光を浴びたまま魚たちを目で追った。
「こんなに広々としていると泳いでいるだけでも気持ちよさそうだよね」
「羨ましいな。こんな広い世界でのびのびと生きていて……」
「それ、どういう意味?」
「あっ、えーっと……。小さな水槽にいた魚たちは他の魚がのびのびと泳いでることを知らないんだろうなって」
たしかに小さな水槽の魚たちは、生まれた頃から何百倍何千倍もの大きさの水槽を知らないのかもしれない。
「そうかもしれないね。でも、案外幸せかもよ?」
「どうして?」
「敵に襲われる心配はないし、時間になれば餌はもらえるし」
「でも、孤立しているから他の水槽の存在さえ知らない。どんな魚がいるとか、どんな世界があるんだろうとか興味さえ奪われてしまってるような気がする」
時より見せる、影を被った表情。
もしかしたら、なにか深い意味でもあるのかな?
「そんなことないと思うよ」
「えっ」
「きっと、大きな水槽よりも沢山の笑顔を吸収しているはず。小さな水槽だからこそ、一人一人が足を止めてじっくり見るくらいだからね」
にこりとして言うと、彼はクスッと笑った。
「あやかって優しいね。そーゆーとこ、すげぇ好き」
「ちょ、ちょっと……。所構わずに好きとか言わないでよ! 周りの人に聞かれたらどうするのよ」
「俺は別に気にしないけど?」
「藍っっ!!」
「……あははっ。あやかのお陰で少し元気出たかも」
「どうして?」
「ううん、なんでもない」
時々、彼がなにを考えてるかわからないことがある。
ひまりちゃんへの態度が冷たかったり、こうやって小さな水槽の中の魚の心配をしたり。
すると、目の前に藍の手がすっと差し出された。
「あのさ、せっかくのデートだから手を繋がない?」
顔を見ると、少し恥ずかしそうな表情。
急に変なことを言い出したから私まで恥ずかしくなる。
「えぇっ?! 無理!」
「だって、他のカップルがいちゃいちゃしてて悔しいんだもん。俺らだってカップルなのに」
「ダメダメ! 絶対ダメ!! 最初に手を出さないって約束したでしょ?」
「手を出すって、そーゆー意味だったの? ……ってことは、チューはいいってこと?」
「ちちち……ちがーーうぅ!! そんなこと言ってない!!」
「ダメなの?」
「当たり前でしょ!! ……いい? 私に指一本でも触れたら承知しないからね!」
「ちえっ」
彼はふてくされていると、人混みの向こうの壁際に見覚えのある顔と目が合った。
「あれ、ひまりちゃん?」
帽子を目深く被っていたから合ってるかどうかわからない。
ただ、毎日顔を見ている分そっくりに思えた。
「えっ、どこに?」
「人混みに紛れちゃってるから本人かわからないけど、そっくりだったな」
「これだけ人が沢山いれば見間違えるだろ」
「んーーっ、でも本当にひまりちゃんに見えたんだけどなぁ」
「ひまりがこんなところにいるわけないだろ」
「そうだよね。見間違えかもしれないよね」
転校してきたばかりだから一人で水族館へ来るわけないか。
でも、本当にそっくりだったなぁ……。
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
罪悪と愛情
暦海
恋愛
地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。
だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる