これが一生に一度きりの恋ならば

伊咲 汐恩

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21.彼の本音

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 ――自宅から自転車で向かった先。
 そこは、藍と初めてデートをしたあじさい寺。
 なぜここに来たかと言うと、オルゴールを聞いていた時に藍のお気に入りの場所だということを思い出したから。

 現在の時刻は21時20分過ぎ。
 少し茶色がかっているあじさいに挟まれながら道を行く。
 もちろん夜の時間帯ということもあって付近に人影はない。
 でも、ここに来れば藍に会えそうな気がしている。


 自転車を押しながら2~3分ほど歩くと、藍と一緒にオルゴールを聞いた広場に到着。
 そこでベンチに座って月夜を眺めている男性の姿を発見する。

「藍!」

 遠目から見てもその人が藍だと確信していた。
 すると、彼は少し驚いたように目を見開く。

「電話しても繋がらなかったのに……。まさかここで会えるなんて」
「偶然って、すげぇな」

 彼はそう言って弱々しく微笑む。
 今日花火大会で会うはずだったのに、急遽会えなくなって。
 でも、会いたいと思っていたら、約束もしていない場所で会えた。

 ……なんか不思議だね。

 私は小屋の横にある自転車置き場へ自転車を置いてから彼の隣に座る。

「どうして花火大会に来なかったの? ずっと待ってたのに」
「…………ごめん。理由はちょっと言えない」
「そっ、そうだよね! ごめんね~。何度も何度も聞いちゃって。私ったらなに言ってるんだろ」

 丸1日藍のことを気にしていたせいか、詰め寄りすぎた自分を反省した。
 自分でもそこまで気にする理由がわからない。

 すると、彼はそのまま横に倒れて私の肩に頭を乗せる。

「ごめん、少しだけこうさせて……」

 少し泣いてるような声が届いた。
 普段の彼では考えられないほど……。

「どうしたの?」
「こう見えても俺、結構ギリギリでさ……。限界迎えてんのに大事なことがなに一つ出来てなくて、そんな自分が情けなくて……」
「それ、どういうこと? 限界って、なんのこと?」

 それが悩みだと気付いたけど、遠回しに伝えられているせいかよくわからない。
 私に伝えたいのか、それともつい本音がこぼれてしまったのかさえ不明なまま。

「……やっぱ、なんでもない」
「私ならなんでも聞くよ? あんまり力になれないかもしれないけど、言いたいことがあったら遠慮なく言ってね」
「いや、知らなくていい」

 彼はそう突っぱねる。 
 こんな時、自分にはなにができるだろうか。
 そう考えていたら、ふとある物の存在を思い出した。
 カバンを開いてからそのある物を取り出して彼の目の前に差し出す。

「じゃあ、これ食べて元気になって!」
「えっ、ラムネ?」 
「藍がついこの前好きだって言ってたでしょ。私もあれから毎日ラムネを食べるようになったんだよ。そしたら元気いっぱいになれたから」

 彼は頭を上げてからラムネの容器を受け取ると、蓋を開けて二粒取り出してから口へと放り込む。
 ボリボリと噛み砕くそしゃく音と、辺りに充満するラムネの香り。
 大好きなお菓子ということもあってかフッと笑う。

「……やっべ。元気出るわ」
「よかったぁ! 元気がないからずっと心配してたんだよ!」
「俺、あやかといる時は唯一心が自由かもしれない」
「えっ」
「安心するんだ。その優しさに……」

 まっすぐに見つめられた穏やかな瞳に、私の目線は吸い込まれていく。
 先ほどの心配がクリアされてしまうくらい。

「藍……」
「ありがとう。……このままお前がずっと彼女でいてくれたらいいのにな」

 私は自分の中の答えがまだ出ていない。
 だから、うんともすんとも言えずに黙りこんでいると……。

 ガッシャァァーーーーン!!

 突然背後から大きな音がした。
 振り返ると、小屋の横に停めておいたはずの自転車が倒れている。

「あれ? スタンドを立てておいたのに倒れちゃったみたい」
「風吹いてないのにな」
「自転車の停め方が悪かったのかなぁ」
「もしかして、幽霊の仕業だったりして……」
「やめてよ~!」

 ――私たちの関係はうまくいっていた。
 むしろ、いままでどうして接点がなかったんだろうと思うほど。
 でも、それが恋かと言われるとわからない。
 あと10日ほどで答えを出さなきゃいけないのに、私は自分に甘えていた。

 彼の秘密が、私の想像をはるかに超えるほどのものだとも知らずに……。
 
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