レイヴン戦記

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人生何が起こるかわかりません

伯爵

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 つつが無く一行は進んで行き明日は伯爵領首都カーセレスに到着しようとしていた。しかし、伯爵家とはどうしても片づけねばならぬ問題があり、それは避けては通れない問題であった。

「さて、明日はいよいよ伯爵様と面会となっておりますが、口上等大丈夫ですか?」

「たぶん・・・」

「まぁよっぽど失礼なことがない限りは問題ないと思いますが、頭の痛い問題が一つ、どうすればいいか私にもなんとも言えないのです」

「知ってる、ヒルデガルト様でしょ」

「左様です」

 テオドールとカイが宿の一室で明日の伯爵との面会に伴う相談を行っていたが、いい解決方が浮かばない問題が一つあり、どうしたものかと頭を悩ませていた。
 先に亡くなったラファエルの婚約者である伯爵令嬢のヒルデガルトをどうするかという問題である。彼女は生まれる前からラファエルとの婚約を約束されていたこともあり、幼い頃から互いの領地を行き来し、二人の仲は非常に親密なものであった、それ故にラファエルの訃報に対し半狂乱で嘆き、食事も碌にとれないくらいに落ち込んでおり、間違いを起こさぬようにと誰かが常に傍に着いている状態であると報告されていた。

「正論を申し上げるなら、テオドール様が婚約を引き継ぐという話になるかとは思われますが・・・」

 カイも口ごもる、そうすんなり話がまとまるかどうか、なんとも言えない上に、あまり伯爵に無理強いすれば関係の悪化も視野に入れなければならなくなる。
 テオドールが吟遊詩人に語られるくらいの美貌の持ち主ならまだなんとかなったかもしれないが、『冴えない小男』としか言いようのない外見をしていた、どう見ても亡くなられたラファエル様の方がはるかにいい男だったからなぁ、と心の中で不敬な事を考えていると。

「とりあえず、何も言わないのもおかしいから『お見舞い申し上げます』くらいに言ってあとはあちらの出方しだいって感じが無難なのかなぁ?」

「それでよろしいかと」

 相変わらず、現実的な思考は早いな、先代、先々代の才を受け継いだのはラファエル様ではなくテオドールの方なのかもしれない、カイは心中でそんな事を考えていた。



 伯爵のオルトヴィーンはかなり困惑していた。どうしたものかと結論が出せない状態でいた。元々は山中の小さな村一つを領有するだけのどうでもいい近隣領主と侮っていたが、戦争の際にはその小領主の働きでどれだけ救われたか計り知れないものがあり、それと同時に絶対に敵にはしたくないという恐怖の対象ですらあった、それ故にその息子には自らの娘を嫁がせ最大限の友好関係を築くよう努めてきた、跡取りであるラファエルに関しても自領へと招きその人柄を見てまずまず無難な人物であり、娘との仲も良好であることに安堵していたが、その未来展望が一気に崩れてしまった。
 継承する事になったテオドールという弟に格下の嫁の世話でもしようものなら『侮っている』としていらぬ反発を招きかねない、そもそも後を継ぐ事になったテオドールとやらがどんな人物であるのかがまったくの未知数、ただ伝えられているのは双子であるがゆえに農夫として素性を伏せて育てられたという事だけ、一縷の望みがあるとすれば、双子であるならば亡きラファエルと容姿が似ており、ヒルデガルトもテオドールとの婚約を受け入れ立ち直るのではないだろうか?という点であったが、それもまずは面会して少しでも生きた情報を得ないとなんとも言えない、そんなまとまらぬ思考でモヤモヤとしながら明日の面会に思考を巡らせていた。



 顔には出ないように気を付けたが、どうしても失望の色が出てしまっていたかもしれない、オルトヴィーンですらそうなのだから、ヒルデガルトはなお露骨だった。
 テオドールはテオドールで自分に向けられたヒルデガルトの視線から居た堪れない思いを感じていた、そしてとっとと挨拶だけ終わらせて王都に向かうのがお互いのためであろうと考えていたが、そこでオルトヴィーンから晩餐会と一泊の提案を受けた、断ることもできず提案を受け入れたが、晩餐会にヒルデガルトの姿はなかった。
 晩餐会のテーブルでオルトヴィーンは盛んに先代との武勇伝を語っていた、話のとっかかりから少しでもこの新領主がどんな人物なのかを探ろうとしての行動であった。

「そなたの父上であるレギナント殿にはどれだけ戦場で助けられたことか、合流の予定がまったく現れずイライラしていたら、かなり遅くなってからヒョッコリ現れたもんだから嫌味の一つでも言ってやろうと思っていいたんだよ、そしたら『いや~こいつ捕まえるのに手間取っちまってどうもすいません』って言って縛り上げられた敵の大将を担いできたもんだから唖然としたよ、あの時はたしかカイ、君もいたよな?」

「はい、よく覚えています、あの後の3日3晩続いた盛大な祝賀会もよき思い出です」

 過去を懐かしむような目でカイが応じると、テオドールも続けて応じる、

「たしか25年ほど前の戦役の話ですよね?今回王都行きのメンバーの中には当時参加した者もおり、村でもよく自慢話を聞かされたものです」

「さもあろう、ただ本当に恐ろしいのはそれと似た事を3度に渡って行い、味方から一人の死者も出さなかった事だ、死神の化身と恐れられ、鴉と死神の旗を見ただけで震え上がったものだ、私ももし敵だったらと考えただけで頭が痛くなったよ」

「私は父には遠く及ばないでしょう、若輩な上に騎士としての教育等まったく受けておりません、どうか折に触れご指導の方よろしくお願いいたします」

 こんなテーブルの上での会話ではどれだけの素養があるのかは分からない、ただ少なくとも『そこまで馬鹿ではなさそうだ』というのがオルトヴィーンのここまでの印象であった、もし未来のオルトヴィーンがこの時点のオルトヴィーンに助言をするなら「説き伏せてでもヒルデガルトを説得し、一緒に王都に連れて行け」と言ったであろう、死神と恐れられたレギナントに互する才があることが発覚するのにそこまでの時間はかからなかったのだから。

「代替わりの承認のために王都で陛下に謁見する必要があるが、中央に伝手はあるのかな?」

 唐突に聞かれテオは一瞬思考停止した後、チラッとカイを見たが、カイも困惑した顔で戸惑っている様子がうかがえた、すると伯爵はそれを見逃さず。

「いや、レギナント殿も戦は滅法強かったが、中央と関わるなど政治的な立ち回りはひどく苦手としていたからな。王都まで私が同行しよう、手続きなど中央とつてのある私が動けば早く済むだろう」

「ああ・・・そうしていただけると非常に助かります」

 そこまでやってもらっていいものだろうか?と疑問に思いつつも申し出は素直にありがたかったので謝意を述べその好意を受ける事とした。

「病床のレギナント殿から、自分の没後の事は頼まれている、後見としていくらでも力を貸そう、困ったことがあったら頼ってくれて一向にかまわないからな」

「ありがとうございます、深く感謝いたします」

 オルトヴィーンとしては、この時100%の好意からこの申し出を行ったのではなかった、うまく恩を売れば寄騎として部下のように使えるかもしれない、新たに嫁の世話をするに際して伯爵令嬢よりはるかに格下の嫁を世話することになるかもしれない後ろめたさがこの申し出の根幹をなす部分であったと思われる。それでも彼は後に「もっと恩を売っておけばよかった」と少し後悔することになる。


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