レイヴン戦記

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人生何が起こるかわかりません

王都の隠れ家

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 王都オレンボーまでの6日の道程は快適そのものであった、オルトヴィーンの部隊が先導し、後をついていくだけでよく、伯爵家の紋の入った豪華な馬車を目にすると街道をわきに寄り、大きく道を開けた。
 村から同行した兵力は年期の入った荷馬車一両、騎馬2名、装備もバラバラな歩兵30名、それに対して伯爵の部隊は約3倍、その部隊が先導したため、旅人はトラブルを恐れて率先して道を空けていった。
 王都オレンボーの巨大な城壁には圧倒された、伯爵領のカーセレスの町も巨大ではあったが、規模的に王都オレンボーは5倍はあろうかという規模の大きさを感じた、王都内にある伯爵の邸宅で荷を下ろすと、今日、明日というわけにはいかないから、それまでは王都見物等自由行動となった、ルヨなどはかなり浮かれていたが、その点はしっかりと釘を刺されたうえ、単独行動は基本的に全員禁止されていた。
 荷を下ろし終えてすぐに、テオドールはカイに連れられて悪所ににある一軒の宿屋を訪問していた、宿屋までの道中でいきさつを聞いていたが、要約すると、伯爵宅に泊まれなければ泊まる予定の宿屋であり、先代領主レギナントの縁者が運営しているとの事であった、悪所にあり、周りの店の様子、宿屋の雰囲気からして、どういった店なのか想像に難くない店である事は予想ができ、女性経験のないテオドールにすればそういって店が集まる界隈に行くだけで少し緊張してしまった。
 宿屋に入って行くと受付には若い頃はそれなりに美人だったんだろうなぁといった感じの女性が座っていた、彼女はカイを見ると奥に向かって受付の交代、奥の部屋の使用を告げると目でついてくるように促し奥へと進んでいった、テオドールはただカイの後をついていくしかなかった。
 奥の部屋と言われた部屋はわりと広く、ゆっくりと話すにはかなり余裕のある造りになっていた、先導した女性はグラスの用意と酒の用意を終え、今席に着こうとしているところであった。カイは何も語ることなく一席に着くと目で座るように促してきた。
 どうも状況がよく呑み込めないまま着席すると、女性はシゲシゲとテオの顔を眺め、努めて素っ気なくつぶやいた。

「どっちにも、似てないねぇどっかの馬の骨なんじゃないのかい?」

 初対面でなんて失礼なババァだと少しムッとしたが出生にまつわる事をどこまで知っているのか?先代とどういう関係の人物なのか?という興味が先に立った。
 どう返答すべきか迷っているうちにカイが返答した。

「当たらずとも遠からずですな、初代ジギスムント様の孫にあたります、レギナント様から見ると甥にあたります」

 隠す事無く事実を告げたカイの言葉で、この女性がそれなり以上の信頼を寄せられている人物なのであろう事が予想できた。

「ふ~ん、まぁあまり興味はわかないねぇ」

「これだけは直接手渡すように申し付かりましたのでお渡しいたします、レギナント様からのお手紙と遺髪の一部です」

 カイが懐より取り出した蠟封によって封じられた手紙を差し出すと、小声で後で読んでおく、と言ったその言葉は少し震えているように思われた、その目は葬儀の際のエレーナの目と同じ目をしており、二人の関係がどういったものであったのかがなんとなく察することができた。
 一呼吸おき、グラスの酒を一気に飲み干すと、その女性はカイに向かって挑発的に話しかけた

「で、手紙を届ける目的だけで、ここに来たのかい?」

「基本的にはそれだけです、私は2代に渡って大恩があります、生涯仕える誓いを立てています、ただ、あなたはレギナント様への想いから協力していただいていました、それ以上の協力する義理はないと言われればそれまでですから」

 その言葉を受けてその女性はイラっとした様子を隠そうとしなかった「仲間はずれにされて、スネてる子供」そんな印象を不謹慎にもテオドールは持ってしまった。手持無沙汰であったこともあり、自分の前に置かれた酒を飲んでみると、かなり高級なのであろうが、極めて強い蒸留酒であり、こんなものよく一気に飲めるなと感心しながら二人のやり取りを眺めていた。
 落ち着き払ったカイに何を言ってもあまり効果がないと見切ったのかその女性はテオドールをターゲットに切り替えてきた。

「ああ、あんた、なんってったけ?あたしはマレーヌ」

「テオドールです、テオでけっこうです」

 舐めるように飲んでいた蒸留酒のグラスを置くと慌てて返答した。

「あっそう、テオね、で、あんたが新領主なんでしょ?あんたどうなのさ?」

「すいません、状況がまったく呑み込めてない上に、ほとんど説明も受けないまま来たんで何が何やらわからないってのが正直な本音です」

 言われてキョトンとしたマレーヌは再度怒りの矛先をカイに向けた。

「てめー顔合わせでもなんでも、きちんと説明くらいしてから連れて来い!だいたいてめーは最初に会った時から斬り捨ててしまえとかあたしに恨みでもあるのか?ああ!」

「懐かしいですねえ、レギナント様の懐の財布を狙ってあっさり捕まって斬られるかもしれない恐怖で漏らしてたのが昨日の事のようですねぇ」

 マレーヌの顔が怒りと羞恥心で真っ赤になってカイに掴みかからんばかりになっていた、テオドールはその様子にどう口を挟めばいいのかわからず、この怒り方からすると事実なんだろうなぁ、とかなりとぼけたことを考えていた、しかいこのままでは埒が明かないと思い、声をかけてみることにした。

「あのー、すいません、完全に状況を理解したわけではないのですが、昔レギナント様の財布を掏ろうとして捕まって、その縁でお付き合いされるようになり、現在まで色々と協力していただいている。という感じでよろしいのでしょうか?」

 意識して失禁の事は伏せて話したのが功を奏したのか、それを聞いて若干落ち着いた様子で着席すると、自分で空いたグラスに蒸留酒を注ぎ一気に飲み干すと。

「だいたいあってる」

 吐き捨てるように言い放った。

「ねぇマレーヌさん、彼いい洞察力してると思いませんか?碌に説明していなくてもあなたの様子や私との会話でここまで組み立てられるんですよ、最初は興味がないって言っていましたが興味が少しわいてはきませんか?」

 フンッと鼻で息を吐くと再度空いたグラスに蒸留酒を注ぎ、軽くグラスを揺すりながら語り始めた

「レギナントには世話になったよ、斬り捨てられても文句言えなかったところを助けてもらって、いつどこで野垂れ死にするかもしれないような生活してた私がこうやって店まで持てたのも全てあいつのおかげだ、死んでくれって頼まれたら笑って死んでやるくらいの想いは持ってたつもりだよ」

 そこまで言うとグラスの蒸留酒をまた一気に飲み干し吐き出すように語りだした、

「だけど、この想いは全部あいつに対してなんだよ、なんであいつの甥にまで肩入れしなきゃなんないのさ?泥棒猫に寝取られるはムカつくったらありゃしないよ!だいたい、あんたはあたしに何をしてくれるってんだい?あいつが私にしてくれた以上の事をしてくれるってのかい?できっこないだろう!」

 そこまで喚くように言うと持っていたグラスを思いっきり床に叩きつけ、ものの見事に砕け散ってしまった。マレーヌは肩で息をしながらも溜め込んでいた想いを爆発させて幾分落ち着いたようにも見えた。
 かなり支離滅裂な言い分ではあったけれど、要するに『納得する報酬をよこせ』って事でいいのかなぁ、と口に出して言おうものなら完全に暴れ出しそうな事をテオドールは考えながら、努めて気の抜けたような調子で語り始めた。

「レギナント様以上の物をご用意することは不可能かと思いますが、隣を空けておくので後はいつかあの世で泥棒猫と直接対決ということでいかがでしょうか?」

 一瞬カイとマレーヌは沈黙した後でハモるように声を発した。

「はぁ?」

 当然の反応であろうと考えられた、わざと少し論点をずらし、しかも湾曲した表現を使う事で一呼吸入れる目的も込めていた。

「ですからレギナント様の墓所の隣は空けておきますから、その後の事は直接対決でケリをつけていただくのがいいかなぁって思ったのですよ。あんまり人の色恋に口挟むもんじゃないんじゃないかなぁって思っているもんですから」

 テオが話終わると、キョトンとしていたマレーヌは笑いがこみあげてきて、泣き笑うように話し出した。

「おもしろいなぁ、見た目はともかく、たしかに血縁を感じさせる、引き続いて協力してやる」

 貴族の社会で愛人の立場にいる者は墓地の片隅にでも葬ってもらえればいい方であり、隣を提供するなどという事は破格の事であったが、当然のようにそんな貴族社会の風習や常識についてテオドールは全く知らなかった、仮に知っていたとしてもそんな事はどうでもいいと感じたかもしれない。

「ありがとうございます、ところでどういった協力だったのですか?そのあたりまったく聞いていなかったものですから?」

 その言葉でさらにマレーヌのツボに入ったようで、笑い転げながら内容も知らずに契約するなんてアホだといった内容を言っていた、たいして面白くもないと思うが、飲みすぎたことによって少しおかしくなっていたのだろう思われた。
 帰りの道でカイから聞いた話では王都オレンボーや近隣諸国に多数の密偵を放ち、その纏め役を引き受けてくれているそうだった、元々はレギナントが作った組織であったが、それを王都で一括管理するようになり今の形に落ち着いたという話であった。
 なんらかの動きがあった時に領地にいち早く知らせるなど、極めて面倒な戦役に不参加を決め込むことができたケースなどもあり村としてはかなり有益に働いていたという事であった。
 最後に『泥棒猫』については聞かなかった事にしておきます、となんとも言えない表情で少し面白そうに語っていた。
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