レイヴン戦記

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人生何が起こるかわかりません

謁見

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 謁見の日取りは決まったがとりあえず宮廷儀礼についてのおさらいをしていた、誰かに代わってもらいたいと真剣に考え胃が痛くなる毎日であったが、誰も代わってくれる者などおらず、やるしかないのは分かっていただけに、より一層気が重くなっていた。
 空いている時間はよくオルトヴィーンの昔話に付き合わされたが、言っている事に違和感しか感じられなかった、ほとんど伝説のように語られるレギナントの戦績だが、少なくともテオドールの知るレギナントは村を平素な姿で碌に供回りもつけずフラフラしているような印象を持っていた、書庫にあった日記や戦術について本人が書き残した物も見たが、どうしてもテオドールの知る人の好さそうな小男という印象と重ならなかった。
 オルトヴィーンとしてはそんなやり取りの中でこのテオドールという人物の真価を見極められればとも考えていたが、つい先日まで農夫として育てられた人間が伯爵を前にすれば委縮してしまい、受け答えはほぼ相槌レベルのものとなってしまっていた。

「時に王がどのような人物か知っているのかね?」

 唐突に聞かれた質問に儀礼や作法ばかりが頭にあり、王がどのような人物かまるで思考の埒外であったことに気付いた。もしとちったりしたら『無礼者!』とか言われて処刑されるなんて事はないだろうか?そんな心配が頭をもたげてきた。

「なに、心配はいらんよ、王はまだ15歳になったばかりだ、卿とたいして変わらぬ年齢だ、そう考えると少し気楽にならんかね?」

 表情から情報がないのを読み取ったオルトヴィーンの言葉を聞くと、そんな年齢の国王で国は回るのだろうか?別の心配が沸いてきた、しかし威厳のある王様が怖そうな目で睨んできたら正直一生懸命覚えたセリフや作法が全て吹っ飛ぶ可能性もあると思っていたため、その情報はありがたいものであった。

「しかし、その年齢の国王で大丈夫なんでしょうか?国は」

 安心感や連日会話を繰り返していると若干慣れてきた事もあり、少しは質問を返せるところまでは来ていた。そんな質問を受けると、テオドールという青年がどこに目を付けどこをより興味を持つのかと言う事を知るいい機会なだけに、余すところなく答えた。

「現在実験を握っているのはヴァレンティン侯爵という人物だ、先代国王からの信任も厚く軍の支持もある、心配するような腹黒い人物ではなく剛毅で実直な人物だ、だからこそ幼い国王の後見を託されたくらいだからな」

 軍部出身の剛毅な人物と言うのはイメージ的に厳つい外見の怖そうな人物で少し苦手な印象だが、腹黒そうで人の粗を探して嵌めようとする人物よりは、まぁマシなのではないだろうか?そんな事を考えているテオドールにオルトヴィーンは続ける。

「レギナントの事を中央に招きたがっていたのは有名だったがな」

「中央というと?軍に招聘したがっていたのですか?」

 軍隊の話をテオドールに振ったのには意味があった、どこまでの理解力を有するか試そうと言う試みだった、しかし基礎知識をどれほど持っているか分らぬ状況ではどこから切り出していいものなのか判断に迷い、率直な質問に切り替えた。

「卿は中央の軍と地方の軍の違いが分るかね?」

「王様の兵を将軍が指揮する、領主とか諸侯とかの場合領地からかき集めた兵力が私兵として軍になる、みたいな感じでしょうか?すいません、付け焼刃で」

 テオドールとしては正直にわりと最近知ったばかりの知識を精一杯答えたつもりであった、その回答を聞き少し面白そうにオルトヴィーンは答える。

「まぁ、間違えてはおらんよ、中央の軍、つまり王の直轄の軍は基本的に宮廷騎士と言われる連中が中心になっているんだよ、当然指揮権を持つ将軍も高位の宮廷騎士が就任する、諸侯であるヴァレンティンが就いている現在の方が異例と言っていいだろうな」

 気になる内容であったが、そんな事を聞いていいものかどうか非常に悩ましい所であったが、どうしても好奇心が勝って質問を開始した。

「あの~、何を聞いてもよろしいでしょうか?」

「ああ、かまわんよ、ここにいるのは儂だけだ、謀反の相談でも受け付けるぞ」

 笑いながら話すオルトヴィーンだったが、テオドールは全く笑えなかった、微妙な引き笑いをするに留めながら本題に入った。

「中央の軍の指揮権を持ち、更に自領の私兵を多数持つって、反乱でも起こすつもりならやばいんじゃないですか?」

 その質問を受けると、オルトヴィーンとしては満足のいくものであった、つい先日まで騎士としての教育をまるで受けていなかった人物が、これだけの話でこの権力構造の危険さに気付くだけで上等と思えたからだった。

「危険だな、その気なら王位を好きにできるだけの力を持っていることになるのでな、しかしな王がしっかりしていればいいんだが、現国王フェルディナンド陛下が即位されたのは7歳の時だ、諸侯を抑える力などないからどうしても信頼できる大物を中央に招聘せざるを得なかったのだ」

 政治の事など分からないテオドールでも完全に飾りだったのが理解できた、宮廷騎士だけでは私兵を持つ諸侯貴族の抑える事が困難なためどうしても私兵を持つ人物が睨みを効かせるしかなかった、しかし人選を誤れば事態は最悪の結果を招くだけに、よほどヴァレンティンという人物は先代の国王に信頼されていたことが伺えた。

「憶測ですが、軍才があるけれど小さな領地で少数の兵しか持たないレギナント様は、ヴァレンティン侯爵にとって反乱の可能性の極めて少ない、使い勝手のいい駒になると考えたのですか?」

 その回答を聞くと思わず笑みが零れた、バカな隣人など願い下げであり、願わくば先代レギナント並の軍才の持ち主である事が望ましかったが、話た内容からそこまで考察できるのであればかなり頭の回転は速そうに感じられた、レギナント並の能力を望むのは酷かもしれないが、優秀な寄騎と考えれば十分かもしれないと腹の中で計算していた。

「そんな所であろうな、もうじき国王の親政も始まるだろうが、先代の死により即位した頃は不穏な噂もいくつも流れたからな」

 逆算して8年ほど前であろうか?その頃内乱があったという話は聞いた事がない、山奥の村では関係がなかっただけかもしれないが『噂があった』とは言ったが、反乱が起きたとは言っていないことからヴァレンティンが睨みを効かせた事で一応の平穏は保たれたということであろう、しかしそうなると招聘に応じなかったレギナントの事を恨みその八つ当たりの対象にされるのではないだろうか?そんな事を不安に思ってしまったが、そこまでヴァレンティンの心情をオルトヴィーンが知っているとも思えなかったので、その件はそれで終わった。



 謁見は城中の広間にて行われ、王より剣を授けられ忠誠を誓い滞りなく終了する予定であったが、予期せぬ展開というものは悪い方にばかり起きるように思われる、まさにこの時がそうであった。
 叙勲が無事終わり、退出しようとした矢先に少年王の傍らに控えていた偉そうな人物が声をかけてきた。

「レイヴン卿、無事叙勲も終わった所で一つ頼みごとがあるのだが、よろしいだろうか?」

 慣れない呼び名で呼ばれ、しかもとっとと帰りたいと思っていた所を呼び止められ、しかもしかも疑問形の言葉を発しながら実質的に断れないような事言いやがってと腹の中では毒づきながら、努めて平静を装い返答した。

「なんでございましょうか?」

 返事をしながらも、立ち位置やオルトヴィーンとの話から、こいつがヴァレンティンでやっぱり恨みに思ってるんじゃないだろうか?そんな事を考えてしまったが努めて平静を装いながら次の言葉を待った。

「王都の近場で盗賊団が拠点を作り旅人や商人の流通の妨げとなっている、本来は王都に駐在する騎士団で討伐すべき案件なのだが、3度に渡って空振りに終わっている、こと戦術において卿の父君を上回る人物は私の知る限り一人もいなかった、卿の初陣としては物足りないかもしれんが、盗賊征伐引き受けてはくれんだろうか?」

 聞いてねぇよと言いたかったが絶対にそんな事言える雰囲気ではないのは理解できた、チラッと一瞬同席していたオルトヴァーン伯爵を見たが困惑の色を顔に浮かべるのみで、断っていいものではなさそうな雰囲気しか感じ取れない、あまり長く沈黙しているわけにもいかず、意を決して返答した。

「お引き受けいたします、できますれば王都近辺の地理に疎いものですから、盗賊の根城の位置を含めもう少し細かな情報をいただきたいのですが」

「ああ、もちろんだ!寄騎として騎士団の者を遣わすので十分そこから情報を得てくれ、吉報を期待しているぞ!」

「では、失礼いたします」

 これ以上余計な注文を出されたらたまったもんじゃないと、そそくさと退出した、もしこの時にもう少し注意深く観察していれば、少年王、およびその傍らに控えていた王姉から彼を観察するような視線を感じ取れたかもしれないが、初めての王城での謁見の最中にそこまでの洞察力を発揮するのは無理難題と言えることだろう。
 帰りの馬車の中ではさっそく伯爵との相談が始まっていたが、出てくる言葉はどうしても愚痴っぽくなってしまった。

「招聘を断ったレギナント様のことを恨んでいて、意匠返しに自分に恥をかかせてやろうって、理由なんですかねぇ?」

「そういった策謀を練るタイプではないと思うんだがなぁ・・・予想ではあるが、卿を試したのではないかな?」

「忠誠心をですか?」

「いや、奴は言っていただろう『卿の父君以上の人物を知らない』と。その点に関して私も全面的に賛同するところだね」

 伯爵はそこまで言うと、チラっと品定めをするような目でテオを見ながら面白いオモチャを見つけた子供のような素振りで続けた。

「だから、試してみたくて課題を出したのかもしれないと思っているんだよ」

「う~ん・・・それにしちゃあハードルが高くないですか?騎士団の精鋭が失敗してる任務なんて、無茶振りもいいところかと・・・」

「常識的にはそうなのだが、そなたの父上なら鼻歌まじりにやってのけたような気がするぞ」

 たしかに無茶振りもいいところだが、レギナントであれば軽くやってのけたと伯爵は本心から思っており、テオドールがどこまでできるのか、その才を見極める絶好の機会が来たと、内心でほくそ笑んでいたのもこの時点での事実であった。
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