レイヴン戦記

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人生何が起こるかわかりません

密談

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 ヴァレンティン侯爵、オルトヴィーン伯爵、広大な領地を持つ大諸侯二人が村一つしか持たない田舎領主の青年を巡って争うなど非常に滑稽な話であり、まずありえないと言ってよかった。
 事の起こりは、ユリアーヌスとテオドールが連れ立って庭の散策に出かけるタイミングまで遡る。なんとかフリーズ状態から立ち直ったオルトヴィーンは家士に手短に指示を出すと、ヴァレンティンに近づくと親しげに話しかけた。

「ヴァレンティン侯爵、お若い二人が話す間にこちらでも相談したいことがあるのですが、いかがでしょうか?一応後見人としての立場もあるものですから」

「ええ、そうですな、貴公と二人で話すなどいつ以来でしたかなあ・・・」

 ヴァレンティンの態度は余裕に満ちており、オルトヴィーンをより一層焦らせたが、努めてその焦燥を表面に表さないようにしていた。

「冷たいものなど用意しておりますので、どうぞこちらへ」

 別室に移り、給仕係を下がらせ三人だけになるとさっそくオルトヴィーンが口火を切った、

「いや、わざわざお時間をとらせてしまってすいませんな」

「いやいや、王室からの降嫁ともなると、レイヴン卿も色々とたいへんでしょうからな、卿も後見人として色々おありでしょうしな」

「もうすでに『この婚姻がなった』とでも言いたげに聞こえますが?」

「覆ると?」

「まぁまず覆らんでしょうな」

 オルトヴィーンは会談を始める前から自分の敗北を悟っていた、先にテオドールと接触しながら後手後手に回ってしまった己の不明を呪ってさえいた、しかしいかに損害を最小に抑えるか、傷を小さく済ませるか、それを狙っての会談だったのだが、糸口さえ見いだせずにいた、せめてもう一人年頃の娘でもいれば行儀見習いという名の側室として押し込むことも可能であったろうがそんな娘は都合よく存在していない、縁戚の適齢の娘を押し込むのではいかにも露骨すぎて王家と張り合う姿勢を示す事になりかねない、彼に残された手は口約束とは言え、先代領主であったレギナントと交わした約束のみであった、話の矛先を変えるようにオルトヴィーンは話始める、

「先代領主であったレギナント殿には何度も戦場で助けられましてな、その恩返しの意味もかねてご子息の縁談では決して苦労なきように取り計らうと約束したものです」

「ほぅ、たしかにレギナント殿は英雄譚においても、エレーナ殿と戦場のロマンスによって結ばれたとドラマチックに語られておりましたが、たしかに嫁取りに苦労されておられたとも聞いた事がありましたな」

 やっと話の糸口は見つかり、とっかかりはできたがここからどう強引に持って行けるか、懸念材料は山ほどあった。

「結婚式は祝勝会と合わせて行われ盛大でしたのをよく覚えています、その席上で私が『子供が生まれたらその縁組は是非私に任せてもらいたい』と言う申し出を行い、彼も『そうおっしゃっていただければ心強い』と了承されたものです」

「ふむ!しかし、これ以上なき嫁を迎えられたらレギナント殿も喜んでいるのではないかな?それ以上に貴公が手を差し出すのはいささか過剰であるように思われるが?」

 正論であるがオルトヴィーンもここでは引けなかった。

「テオドールのみの問題ならそうでありましょうな、ただラファエルの件もあるのです」

「ラファエル?ああ・・・此度レギナント殿と共に亡くなった長子か、たしか貴公の娘と婚約が成っていたと聞いている。」

 それがどうした?と、言わんばかりのヴァレンティンに対しオルトヴィーンは続ける、

「幼い頃からの付き合いでしたから、ラファエルに対しても実子のような思いを持っていたのですよ、家どうしが勝手に決めたと言えばそれまでですが、本当に二人の仲が良かったもので、もしラファエルに心残りがあるとするなら、ヒルデガルドの行く末ではないかと、そう感じている次第なのです」

「ふむ・・・」

 オルトヴィーンの言葉を聞きながら、ヴァレンティンはここに至るまでの経緯の予想がほぼ的中している事を感じていた。もし早急に手を打たれヒルデガルドとテオドールの婚約成立を宣言されていたら、いかに王族といえど横槍を入れるのは憚られたであろう、そうしなかった理由は当主レギナントを亡くした領地の行く末に対する不安、テオドールという人物が未知数であったこと、ヒルデガルドがあくまでラファエルに固執したことが挙げられるが、ヴァレンティンはここまでの経緯をほぼ予想していたが、オルトヴィーンの話からより確信に近いものとなった。その上で彼の考えはシンプルであった『おまえはどこに落としどころを持って行くつもりなのだ?』と。言い出しづらいであろうオルトヴィーンへの誘い水として、ヴァレンティンが提案を開始した。

「たしかに、娘の行く末は心配の種でしょうな・・・私も軍に身を置く身としては残された者達への配慮は軽々に扱える問題でもありませんからな。もしよろしければ、しかるべき嫁ぎ先を手配いたしましょうか?」

 オルトヴィーンにとって想定内の提案であった、そこからの切り返しは慎重に言葉を選びながらの、提案となった。

「いえ、お心遣いはありがたいのですが、娘のラファエルへの想いが断ち切れるまでは、新たな縁組を凍結するつもりでおりました、その想いにしっかりとピリオドを打つためにもユリアーヌス様の侍女として、アルメ村へ同行させていただけるようお口添えいただけないでしょうか?」

 実質的には、側室として送り込もうという、この提案はヴァレンティンにとって予想外のものではあったが、考えなくてはいけない問題との兼ね合いを考えると口ごもってしまった、ユリアーヌスの輿入れに際して最大の懸案事項は『子を成すことができるのか?』とう点であった、その事は本人も自覚しておりテオドールとの話を進める前に、若い侍女を付けいざという時はその侍女が産んだ子をユリアーヌスの子として届け出を出すというところまで内密に話が進んでいた、テオドールが聞いたら本人不在のところでどこまで話が進行しているのだと、憤慨を通り越して呆れたかもしれないが、さすがに王女付きの侍女を誰に任せるかの決定までは行われていなかったが、その侍女の役をヒルデガルドに任せていいものかどうか、この場での即答は到底できるものではなかった、考えた末に出した回答は若干歯切れの悪いものであった。

「姫様と相談してみないとなんとも言えませんが、ご希望になるべく添えるよう尽力いたします」

 その言葉を受けオルトヴィーンは少々の安堵感と共に、早急に早馬で妻に娘の説得をするよう促しなんとか成立させるよう頭を切り替えていた。
 もしこの二人が、同じタイミングで行われていた、ユリアーヌスとテオドールの会話内容を知っていたら、また違った反応になっていたかもしれないが、この二人にはこの段階でその内容を知るすべはなかった。
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