レイヴン戦記

一弧

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人生何が起こるかわかりません

行き場なき王姉

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 テオドールは未だパニックが収まっていなかった『なにがどうなっているんだ?』という自問自答に対して有効な回答はなく、出た結論は圧倒的な情報不足というものでしかなかった。
 なるべく冷静におかれた状況を把握しようとしても、まず出される解答は覆ることはないという物である、密室ならまだしも大勢の前であのような宣言をされ、それを断るとなると面子を完全に潰す事に他ならない、だとしたら、あの姉弟と侯爵の思惑はどういったものであるのかが、圧倒的な情報不足からまったく分からないため対処のしようがない。
 完全にフリーズしてしまっているテオに対して、ヴァレンティン侯爵が庭の方に目をやりながら努めて穏やかな口調で語りかける、

「庭園でも散策しながら、お二人でお話でもされたらいかがですか?周りの目があると中々ゆっくりとお話もできないことでしょうから?」

 その提案に対し堂々と「ええ、そうね」と答えるユリアーヌスに対し「ええ」と小声で解答するしかできないテオは傍目にも格の違いを見せつけられ、多くの人物に矮小な人物と映った、本人は周りに映る自分の人物像まで考慮する余裕は欠片もなくなっていた。
 庭に出ると彼女はスタスタと進んでいき、テオはその後をついて行くのみであった、どう見ても姫と従者にしか見えない構図に参加者の一部からは失笑が洩れるほどであった。
 ある程度進むと彼女は立ち止まり、優雅に振り向くといたずらっぽく微笑みかけながら語りかけてきた。

「このくらい離れれば、何を言っているか誰にも分からないでしょう?よっぽど険悪な表情を浮かべたり、怒鳴り散らしたりしない限りはね」

 先制攻撃とでも言うべき彼女の言葉であったが『一対一で本音をある程度語っていい』という風に解釈したテオドールは少し落ち着きと冷静さを取り戻した。
 ここはストレートに聞くのが一番いいのではないかと考え、率直に疑問を口にした。

「ではお聞きしますが、なぜ私なのですか?宮廷の事は全くと言っていいほど分かりませんが、ド田舎の小領主よりはいい条件の相手がより取り見取りでいると思ったのです、まさか一目惚れなんてことはないでしょうしね」

「ええ、それはないわね」

 最後の一言は半分冗談ではあったが、キッパリと否定されると引きつった笑いしか出てこなかった、そんな引き笑い中の彼を尻目に、彼女は続ける。

「逆に『ええ一目惚れなの、あなたを一目見てこの胸がどんなに高鳴ったことか!』なんて言ったら納得した?」

「まぁ、そうですね・・・胡散臭いと言うか、嘘臭いと言うか・・・」

 いかにも芝居がかった様子で言う彼女の様子に、テオドーールも少なからず緊張を緩ませつつあり、言葉も次第にフランクなものとなっていった、その様子に彼女は楽しそうに続ける。

「私とフェルデナントって、けっこう年が離れてるように見えなかった?」

「ええ、まぁ・・・」

 親子ぐらい離れてるように見えたって本音を言ったら処刑されそうだなぁ、とまではさすがに言えなかった、そんな彼の感想を知ってか知らずか、彼女は続ける。

「当初私に求められたのは次期女王という立場だったの、そうなると結婚相手は有力諸侯の子息などでしかも有能な人物が望ましい、その条件で婿候補のピックアップが進んでいったの」

 ここで、一息入れテオの様子を見てみたがイマイチ反応が薄かった、王族や有力諸侯の縁組どころか先日まで農夫で、貴族になりたての彼には無理からぬことであった。
 身分差という点でみれば先のラファエルとヒルデガルドとの婚約でさえかなり格差があり、テオドールとユリアーヌスともなれば、それを聞いていた貴族が全員あっけにとられたのも無理からぬことであったが、事態の本当の意味での深刻さをテオはまったく理解していなかった。
 反応の薄い事に手ごたえのなさを感じつつも、彼女はさらに続けた。

「ところがここで弟のフェルデナントが産まれる、もしこの子が成人した時に私が強い権力を持っていたら国が二つに割れる可能性が生じてしまう、だからそうならないためには私の婚姻相手は巨大な領地や私兵を持たない宮廷貴族などが望ましい、しかし宮廷貴族と結婚して王都に残ると色々火種になる、制限が厳しくなったのよね」

「なるほど・・・相手の選定を二転三転させているうちに、きちんと釣り合いの取れた相手がいなくなってしまったって感じですか?」

「ええ、ほぼそういう事ね、フェルデナントが産まれたといっても成人するまでは予断をゆるさない、しかもお父様も亡くなられて、侯爵を後見人に立てて今よりさらに幼かったフェルデナントを即位させたりしたもんだから、自分の結婚どころじゃなかったのよね」

 だいたいの事情は呑み込めたが、それでもテオドールには疑問がわいてきた、

「事情はだいたい分かったのですが、なぜ私なのですか?よくわかりませんが、もうちょっとマシな相手がいるんじゃないですか?」

 大きく息を吐くと彼女はゆっくりと心情を吐露するように語り始めた。

「私はね王位にまったく興味ないのよ、弟と血みどろの権力闘争なんて心底望んでないのよ、では権力と完全に縁を切るというアピールとして、修道院にでも行って余生を過ごすっていうのもできればイヤなのよね、そこで新たに候補者を見てみると、一応最低限爵位持ち、反乱を起こせるほどの力を持っていない、独身である、こんな都合のいい条件の相手は残念ながらいないのよね、あなた以外」

 一気に言われたが、どうもピンとこなかった、ついこの前まで農家の跡取り息子でしかないテオには無理からぬことではあるのだけれど。

「う~ん・・・そんなに特殊なんですかねぇ?」

「忌憚なく言わせてもらえば、極めて特殊ね。」

 キッパリと言い切りさらに続けた、

「第一に小さな村一つの領主が準男爵の爵位を持っていることが異常、第二に村持ち領主が未婚というのもまずありえない、そして第三に戦には滅法強いとは言っても限界動員兵力が100人位?とてもじゃないけど、王家に反旗を翻せる兵力とは言い難い」

 テオドールがそんなもんなのであろうか?と思いを巡らせていると、さらに彼女は続ける。

「まぁ巻き込んでしまった事に関してはちょっとすまないと思ってもいるのよ、でもねメリットもそれなりにあるし、けっこう譲歩もするつもりよ」

 どのようなメリットがあるのか?等と言われても理解できる範疇を大幅に逸脱した問題であった、領地運営、中央との関係など、領主を継承するという話が持ち上がってから間もないテオにはまったく伝えられておらず、かなりギリギリの状態でここまで来てしまっており、質問をぶつけられる下地すらできていない状態であった。
 テオとしても自らの無知さを理解していたため、避けようのない婚姻であるならば、懸念事項の解決だけでも確約として得ておきたいと考え、その解決のための口火を切った、

「多くは望みませんが一つだけお願いがあります。」

「聞かせて」

 彼の返事を『了承』と受け止め微笑みながら即応したが、その『願い』の内容を聞き、その目にほんの一瞬だが不快な色を浮かばせることとなった。
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