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人生何が起こるかわかりません
元婚約者
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アルメ村への道中は天候にも恵まれ何事もおこらず、日程通りに到着する運びとなった。
伝令によって到着があらかじめ知らされていることもあり、出迎えは盛大なものとなった。村人たちの興味は嫁に来た王族の姫に集中し、一目見ようと村中の人間が集まって来ていた。約二カ月の間とは言え村から一度も離れたことのないテオドールにとって、この二カ月間は色々な事がありすぎ、村への到着により大きな安堵感に包まれた、ただ出迎える村人の中にアルマの姿を見た時は罪悪感を感じた、あまり感情を露わにしないのはいつもの事だが、こちらに後ろめたい感情がある時ほど彼女の目は責めているような見えてきてしまう。
翌日村人へのアピールとして開かれたユリアーヌスとの結婚式においても、笑顔なき彼女の表情は胸に来るものがあった、もっとも満面の笑みで祝福されたとしたら、それはそれで別種の悲しみが押し寄せて来るであろう事は想像に難くないのだが。
それ以外でもエレーナは努めて冷静にしていたが、テオドールがユリアーヌスを嫁として連れ帰って来た時にはどうしてもラファエルとヒルデガルドの事を連想してしまった、そのヒルデガルドも侍女として連れられて来ている事を確認すると、やりきれない思いに駆られた。何もかもぶちまけて全てを壊してしまいたい、そんな感情にすら駆られたが、その行動が亡き夫や息子に対する背徳行為であることも理性で分かっており、ギリギリのところで踏みとどまっている形であった。戦場を経験し年輪を重ねた彼女であったからこそ表に出さずに済んでいた側面があり、その内心に気付ける者はほとんどいなかった。
結婚式に際して倉から出されたワインやエールが大量に振舞われ村人はたいそうご機嫌であったが、テオドールとともに王都に向かったメンバーは若干食の進みが悪く、周りを心配させた。
「おう!いつもいつも勧められてもいねえのにバカスカ飲み食いするおめえがどうしたってんだよ、調子でも悪いのか?」
ルヨに村の居残り組が尋ねると、ルヨは少しため息交じりに言う。
「いやさ、王都に到着したり途中の伯爵領とかでさ、なんか頻繁にたらふく飲み食いしたせいで、ちょっと食傷気味なんだよね・・・」
この後当然のようにルヨは居残り組に袋叩きにされていた、他の遠征組もとばっちりはごめんだとばかりに三々五々避難して行った。こうした喧噪の中結婚式の夜は更けていった。
涙を溜め祈りを捧げる彼女の後ろから近づく一人の影があった、彼女にはその足音が誰のものなのか分かっていた。
「お久しぶりです、お義母様」
ヒルデガルドは後ろの人物に向かって話しかけた。
「よかったの?」
無言で答えないが彼女が祈りを捧げているのは亡き婚約者であったラファエルであり、その心中を察する事はエレーナにもできなかった。平静ではない事は分かっていた、しかしいくらでも選択肢があるであろう彼女が何故またここに戻って来たのかは完全には理解できなかった。
本当は到着初日に墓参りに来たかったが、人の目もありどうしても結婚式の喧騒に浮かれたこの日になってしまった、エレーナにもそれが分っていたからこそ、ここで何も言わずとも落ち合えたのであった。
「いつか思い出として笑い合える日が来るといいですよね」
そんなヒルデガルドの言葉であったが、テオドールが実の子ではなく、唯一人の子であるラファエルを失ったエレーナにはそんな日が来るとは思えなかったが、そこで同じようにラファエルの死を悼んでくれているヒルデガルドに当たり散らす事も出来ず「そうね」とだけ答え、連れ添うように屋敷に帰って行った。
一夜明け、ユリアーヌスの私室に割り振られた部屋にアルマは呼び付けられていた、ある程度は覚悟を決めていた、お姫様にとって私など目障りな小蠅のような存在なのだろうから、侍女を解雇されて元の村娘に戻されるだけ、そう考えると特に思う所はなかった。
彼女の私室を尋ね、部屋の扉を叩き了承を得て中に入ると、テーブルで優雅にお茶を飲みながらユリアーヌスが待機していた。
「どうぞおかけなさい」
ユリアーヌスの正面に位置する席を促され、恐る恐る着席する、王族のお姫様と同席するという事の意味を田舎娘の彼女は理解していなかったが、宮廷貴族が見ていたらその首は間違いなく胴から切り離されていたであろう。
「どうぞ、お茶です」
丁寧にお茶を入れてくれた、彼女にはお茶を入れて貰えるなどまったく思っていなかったため、『処刑される前のせめてもの温情みたいなやつかな?そこまでされるのかな?』と不安にしかならないような待遇であった。
王族の対面に座り、貴族令嬢が淹れたお茶を農民の娘が飲むなど絶対にありえない話だとさすがの田舎娘でも理解できた。若干震える左手でお茶を飲むが味などまったくわからないほどに緊張していた、その緊張感を察したユリアーヌはなるべく穏やかに話しかけた、
「ああ、そんなに緊張しなくていいのよ、決してあなたに危害を加えるような事はしないって誓ってもいいわよ」
「はぁ・・・」
なんと答えていいのか分からず、完全に委縮してしまっている彼女を見ると、テオドールかエレーナのように顔見知りを同席させた方が話がスムーズに行ったかもと一瞬考えたが、最終的にどちらも悪手となる事が予測されたので、ここは単刀直入に言うのが一番早いと思い直し、語りは始めた。
「あなたはテオドールの婚約者だったけど、その婚約を拒絶していたと聞いている、断っていた理由はその右手かしら?」
その問い掛けに、うつむき沈黙してしまうアルマを見てユリアーヌス自身も、分かってはいたけど惨い質問をぶつけたものだと、心苦しい思いを持った、しかし今後のためにもはっきりさせておくべき問題だとも思っていたので、あえて沈黙を無視して続けた。
「テオドールと私の結婚の話になった時に彼は一つだけ条件を付けてきたのよ『自分には婚約者がいる、絶対にその娘に危害や不利益になるようなことは一切しないなら』って条件だったのよ。そこまで大切に想っている相手がいるってのはやっぱり女としてちょっと面白くなかったのよね、だから夫となってから興味本位も手伝ってあなたと彼の婚約のいきさつも聞いたのよ」
アルマはまだうつむき沈黙したままユリアーヌスの言葉を聞いていた。
「同情と義務感から婚約を承諾したと思っているならたぶん勘違いよ、さすがに結婚承諾の条件にあなたの身の安全まで要求するとは思えないしね」
その時ユリアーヌスの言葉を受けるようにしてアルマもか細い声で返答する
「遠い町とか村へご紹介いただければ、そちらに移ります、ご迷惑おかけするのは心苦しいです」
「う~ん・・・それじゃまるで私があなたを追放するみたいじゃない・・・ちょっと質問の仕方を変えていい?あなたは怪我をする前までテオドールのことどう思っていたの?」
少し考え込むようにしながらアルマは答える。
「友達かな・・・」
「ああ・・・特に意識とかしてなかったのね・・・」
まぁたしかに公平に見て特別いい男でもなく、背もアルマとたいしてかわらず、ユリアーヌスよりはるかに小さいテオドールを見てトキメク娘は少ないと公平に見てもそう思えてしまう。
そんなもんだったんだろうなぁと思いながら、理と情で絡めるようにするのがいいのだろうか?と考えさらに質問の方向性を変えてみた。
「ねぇ、ちょっと極端な話だけど、あなたが首括ったらどうなると思う?」
このかなり剣呑な質問にアルマは怯えの色をはっきりと浮かべ、傍らに控えていイゾルデさえも険しい顔をした、当然のようにアルマからは返答などできようはずもなかった。
「あなたの怪我は小さな子供達を守るために狼とやりあってできたって聞いたわ、守られた子供達の親はあなたに感謝しているでしょうね。そんなあなたが人生を悲観し首を括ったりしたら、さぞや嘆き悲しむんじゃないかしらね?」
アルマにもユリアーヌスの言っていることが正論であることは理解できていた、領主屋敷で侍女としての採用も、当時名主の息子だったテオドールとの婚約の成立も、その親達を中心とした働きかけによって成されたのであった。
読み書きも全くできず利き腕を失った事で家事もおぼつかなくなっていた彼女を侍女という名目で雇い、給金を出してくれた先代の領主様やエレーナ様には深く感謝している、実際に当初は侍女とは名ばかりで、エレーナ様に読み書きを教わったり、最低限の礼儀作法を教わるのがほとんどで仕事と呼べるものなど何一つすることもなく給金をいただいていた、その事実だけをもってしても領主一家には深く感謝している。名主の息子でもっといい条件の縁談がいくらでもあったであろうテオドールも特に嫌な顔をせずに婚約を承諾し、その後もごく自然に接してくれていた、だからこそ余計に惨めに思えてしまっていたのである、できることなら放っておいてほしい、そんな心境になってしまうのであった。そんな彼女の心情を慮った上でさらにユリアーヌスは続ける、
「『マイナスがあったからこそ、プラスもあった』そう考えて前向きに生きてた方がいいと思うのよね、ちなみにあなた処女?」
いきなりな質問に対し、質問されたアルマも傍らで聞いていたイゾルデもギョッとした顔をした後、赤面しつつ小声で「はい・・・」と答えた、同じく赤面しつつ関係ないといった顔をしているイゾルデだったが、経験がないのは彼女も一緒だった。
「王族なんて不自由なものでね、個人の感情で恋愛できるわけでもなく、配偶者は全部周りが決定するのが普通、状況如何によってはなかなか相手が決まらずいつの間にか修道院コース、なんてのもよくある話なのよ、私は今後子を成すことができると思う?」
さっきまでのは努めて明るく若干の軽妙ささえ感じる口ぶりで話していたが一転して落ち着いた口調で語りかけてきた、さりとてなかなか即答しづらい質問であった、アルマの目に映るユリアーヌスはたしかに美しかったが、つい最近村で結婚したり出産した村人達よりはるかに高い年齢であることは明白であった、かといって『きついんじゃないですか?』なんて言えるはずもなく、沈黙せざるを得なかった、ユリアーヌスも回答など最初から期待していなかったので、彼女の沈黙を確認したうえで続ける。
「本当に嫌いじゃないんだったら、テオドールとの関係を進めてみたらどう?私に遠慮はいらないし、もし子供ができたらその子供は私が産んだって事にしてもいいわよ、不満かしらね?」
その言葉を聞くと彼女は静かに立ち上がり片腕のみで器用に服を脱ぎ始めた、ユリアーヌスにもイゾルデも彼女の行動の意図は読めなかったが努めて冷静に彼女の行動を見守っていた、彼女が服を脱ぎ上半身が露わになると、イゾルデは思わず「うっ」と小さく声を挙げた、ユリアーヌスも声にこそ出さなかったが、内心で『これが原因か』と理解した。
彼女の切断された右上腕部半ば及び右胸には焼き鏝で焼かれた火傷の跡がむごたらしく残されていた、さらに左手で顔の右半分を覆っている前髪を書き上げると、そこにも火傷の跡が惨たらしく残されていた。
「これが総てです」
彼女の静かにそして吐き捨てるように言い、しばしの沈黙が空間を支配した。
伝令によって到着があらかじめ知らされていることもあり、出迎えは盛大なものとなった。村人たちの興味は嫁に来た王族の姫に集中し、一目見ようと村中の人間が集まって来ていた。約二カ月の間とは言え村から一度も離れたことのないテオドールにとって、この二カ月間は色々な事がありすぎ、村への到着により大きな安堵感に包まれた、ただ出迎える村人の中にアルマの姿を見た時は罪悪感を感じた、あまり感情を露わにしないのはいつもの事だが、こちらに後ろめたい感情がある時ほど彼女の目は責めているような見えてきてしまう。
翌日村人へのアピールとして開かれたユリアーヌスとの結婚式においても、笑顔なき彼女の表情は胸に来るものがあった、もっとも満面の笑みで祝福されたとしたら、それはそれで別種の悲しみが押し寄せて来るであろう事は想像に難くないのだが。
それ以外でもエレーナは努めて冷静にしていたが、テオドールがユリアーヌスを嫁として連れ帰って来た時にはどうしてもラファエルとヒルデガルドの事を連想してしまった、そのヒルデガルドも侍女として連れられて来ている事を確認すると、やりきれない思いに駆られた。何もかもぶちまけて全てを壊してしまいたい、そんな感情にすら駆られたが、その行動が亡き夫や息子に対する背徳行為であることも理性で分かっており、ギリギリのところで踏みとどまっている形であった。戦場を経験し年輪を重ねた彼女であったからこそ表に出さずに済んでいた側面があり、その内心に気付ける者はほとんどいなかった。
結婚式に際して倉から出されたワインやエールが大量に振舞われ村人はたいそうご機嫌であったが、テオドールとともに王都に向かったメンバーは若干食の進みが悪く、周りを心配させた。
「おう!いつもいつも勧められてもいねえのにバカスカ飲み食いするおめえがどうしたってんだよ、調子でも悪いのか?」
ルヨに村の居残り組が尋ねると、ルヨは少しため息交じりに言う。
「いやさ、王都に到着したり途中の伯爵領とかでさ、なんか頻繁にたらふく飲み食いしたせいで、ちょっと食傷気味なんだよね・・・」
この後当然のようにルヨは居残り組に袋叩きにされていた、他の遠征組もとばっちりはごめんだとばかりに三々五々避難して行った。こうした喧噪の中結婚式の夜は更けていった。
涙を溜め祈りを捧げる彼女の後ろから近づく一人の影があった、彼女にはその足音が誰のものなのか分かっていた。
「お久しぶりです、お義母様」
ヒルデガルドは後ろの人物に向かって話しかけた。
「よかったの?」
無言で答えないが彼女が祈りを捧げているのは亡き婚約者であったラファエルであり、その心中を察する事はエレーナにもできなかった。平静ではない事は分かっていた、しかしいくらでも選択肢があるであろう彼女が何故またここに戻って来たのかは完全には理解できなかった。
本当は到着初日に墓参りに来たかったが、人の目もありどうしても結婚式の喧騒に浮かれたこの日になってしまった、エレーナにもそれが分っていたからこそ、ここで何も言わずとも落ち合えたのであった。
「いつか思い出として笑い合える日が来るといいですよね」
そんなヒルデガルドの言葉であったが、テオドールが実の子ではなく、唯一人の子であるラファエルを失ったエレーナにはそんな日が来るとは思えなかったが、そこで同じようにラファエルの死を悼んでくれているヒルデガルドに当たり散らす事も出来ず「そうね」とだけ答え、連れ添うように屋敷に帰って行った。
一夜明け、ユリアーヌスの私室に割り振られた部屋にアルマは呼び付けられていた、ある程度は覚悟を決めていた、お姫様にとって私など目障りな小蠅のような存在なのだろうから、侍女を解雇されて元の村娘に戻されるだけ、そう考えると特に思う所はなかった。
彼女の私室を尋ね、部屋の扉を叩き了承を得て中に入ると、テーブルで優雅にお茶を飲みながらユリアーヌスが待機していた。
「どうぞおかけなさい」
ユリアーヌスの正面に位置する席を促され、恐る恐る着席する、王族のお姫様と同席するという事の意味を田舎娘の彼女は理解していなかったが、宮廷貴族が見ていたらその首は間違いなく胴から切り離されていたであろう。
「どうぞ、お茶です」
丁寧にお茶を入れてくれた、彼女にはお茶を入れて貰えるなどまったく思っていなかったため、『処刑される前のせめてもの温情みたいなやつかな?そこまでされるのかな?』と不安にしかならないような待遇であった。
王族の対面に座り、貴族令嬢が淹れたお茶を農民の娘が飲むなど絶対にありえない話だとさすがの田舎娘でも理解できた。若干震える左手でお茶を飲むが味などまったくわからないほどに緊張していた、その緊張感を察したユリアーヌはなるべく穏やかに話しかけた、
「ああ、そんなに緊張しなくていいのよ、決してあなたに危害を加えるような事はしないって誓ってもいいわよ」
「はぁ・・・」
なんと答えていいのか分からず、完全に委縮してしまっている彼女を見ると、テオドールかエレーナのように顔見知りを同席させた方が話がスムーズに行ったかもと一瞬考えたが、最終的にどちらも悪手となる事が予測されたので、ここは単刀直入に言うのが一番早いと思い直し、語りは始めた。
「あなたはテオドールの婚約者だったけど、その婚約を拒絶していたと聞いている、断っていた理由はその右手かしら?」
その問い掛けに、うつむき沈黙してしまうアルマを見てユリアーヌス自身も、分かってはいたけど惨い質問をぶつけたものだと、心苦しい思いを持った、しかし今後のためにもはっきりさせておくべき問題だとも思っていたので、あえて沈黙を無視して続けた。
「テオドールと私の結婚の話になった時に彼は一つだけ条件を付けてきたのよ『自分には婚約者がいる、絶対にその娘に危害や不利益になるようなことは一切しないなら』って条件だったのよ。そこまで大切に想っている相手がいるってのはやっぱり女としてちょっと面白くなかったのよね、だから夫となってから興味本位も手伝ってあなたと彼の婚約のいきさつも聞いたのよ」
アルマはまだうつむき沈黙したままユリアーヌスの言葉を聞いていた。
「同情と義務感から婚約を承諾したと思っているならたぶん勘違いよ、さすがに結婚承諾の条件にあなたの身の安全まで要求するとは思えないしね」
その時ユリアーヌスの言葉を受けるようにしてアルマもか細い声で返答する
「遠い町とか村へご紹介いただければ、そちらに移ります、ご迷惑おかけするのは心苦しいです」
「う~ん・・・それじゃまるで私があなたを追放するみたいじゃない・・・ちょっと質問の仕方を変えていい?あなたは怪我をする前までテオドールのことどう思っていたの?」
少し考え込むようにしながらアルマは答える。
「友達かな・・・」
「ああ・・・特に意識とかしてなかったのね・・・」
まぁたしかに公平に見て特別いい男でもなく、背もアルマとたいしてかわらず、ユリアーヌスよりはるかに小さいテオドールを見てトキメク娘は少ないと公平に見てもそう思えてしまう。
そんなもんだったんだろうなぁと思いながら、理と情で絡めるようにするのがいいのだろうか?と考えさらに質問の方向性を変えてみた。
「ねぇ、ちょっと極端な話だけど、あなたが首括ったらどうなると思う?」
このかなり剣呑な質問にアルマは怯えの色をはっきりと浮かべ、傍らに控えていイゾルデさえも険しい顔をした、当然のようにアルマからは返答などできようはずもなかった。
「あなたの怪我は小さな子供達を守るために狼とやりあってできたって聞いたわ、守られた子供達の親はあなたに感謝しているでしょうね。そんなあなたが人生を悲観し首を括ったりしたら、さぞや嘆き悲しむんじゃないかしらね?」
アルマにもユリアーヌスの言っていることが正論であることは理解できていた、領主屋敷で侍女としての採用も、当時名主の息子だったテオドールとの婚約の成立も、その親達を中心とした働きかけによって成されたのであった。
読み書きも全くできず利き腕を失った事で家事もおぼつかなくなっていた彼女を侍女という名目で雇い、給金を出してくれた先代の領主様やエレーナ様には深く感謝している、実際に当初は侍女とは名ばかりで、エレーナ様に読み書きを教わったり、最低限の礼儀作法を教わるのがほとんどで仕事と呼べるものなど何一つすることもなく給金をいただいていた、その事実だけをもってしても領主一家には深く感謝している。名主の息子でもっといい条件の縁談がいくらでもあったであろうテオドールも特に嫌な顔をせずに婚約を承諾し、その後もごく自然に接してくれていた、だからこそ余計に惨めに思えてしまっていたのである、できることなら放っておいてほしい、そんな心境になってしまうのであった。そんな彼女の心情を慮った上でさらにユリアーヌスは続ける、
「『マイナスがあったからこそ、プラスもあった』そう考えて前向きに生きてた方がいいと思うのよね、ちなみにあなた処女?」
いきなりな質問に対し、質問されたアルマも傍らで聞いていたイゾルデもギョッとした顔をした後、赤面しつつ小声で「はい・・・」と答えた、同じく赤面しつつ関係ないといった顔をしているイゾルデだったが、経験がないのは彼女も一緒だった。
「王族なんて不自由なものでね、個人の感情で恋愛できるわけでもなく、配偶者は全部周りが決定するのが普通、状況如何によってはなかなか相手が決まらずいつの間にか修道院コース、なんてのもよくある話なのよ、私は今後子を成すことができると思う?」
さっきまでのは努めて明るく若干の軽妙ささえ感じる口ぶりで話していたが一転して落ち着いた口調で語りかけてきた、さりとてなかなか即答しづらい質問であった、アルマの目に映るユリアーヌスはたしかに美しかったが、つい最近村で結婚したり出産した村人達よりはるかに高い年齢であることは明白であった、かといって『きついんじゃないですか?』なんて言えるはずもなく、沈黙せざるを得なかった、ユリアーヌスも回答など最初から期待していなかったので、彼女の沈黙を確認したうえで続ける。
「本当に嫌いじゃないんだったら、テオドールとの関係を進めてみたらどう?私に遠慮はいらないし、もし子供ができたらその子供は私が産んだって事にしてもいいわよ、不満かしらね?」
その言葉を聞くと彼女は静かに立ち上がり片腕のみで器用に服を脱ぎ始めた、ユリアーヌスにもイゾルデも彼女の行動の意図は読めなかったが努めて冷静に彼女の行動を見守っていた、彼女が服を脱ぎ上半身が露わになると、イゾルデは思わず「うっ」と小さく声を挙げた、ユリアーヌスも声にこそ出さなかったが、内心で『これが原因か』と理解した。
彼女の切断された右上腕部半ば及び右胸には焼き鏝で焼かれた火傷の跡がむごたらしく残されていた、さらに左手で顔の右半分を覆っている前髪を書き上げると、そこにも火傷の跡が惨たらしく残されていた。
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