16 / 139
人生何が起こるかわかりません
真実と虚構
しおりを挟む
こんなはずではなかった、村での生活が平穏なリズムを以って動き出すようになった頃に、思い描いた姿との大きな相違に対してヒルデガルドは戦略修正をどうするべきか、知恵を絞っていた。
元々の戦略の元となる分析はほぼ正鵠を得るものであった、侍女として家事をはじめとする雑用業務はまったく経験はないとはいえ、それはユリアーヌスやイゾルデも似たようなものであり、趣味レベルとはいえ、刺繍などをしていた自分の方が若干優れた点すらあるのではないか?亡きラファエルとの思い出や悲しみを共有でき、以前から面識のあるエレーナとの距離は自分が一番近く、最もうまく接していけるはずではないだろうか?彼女はそう予想していた、その予想は完全にあっていたが、最後の読みだけは大きく外し、それが致命傷となってしまっていた、彼女の誤算はテオドールが自分に全く興味を示さない事だった。
彼女は冷静に自分とユリアーヌスとを比べていた、美貌という点において好みの差はあるかもしれないが、10人いたら8~9人は自分の方が美しいと言ってくれるのではないか?そう考えていた、しかも自分の方がはるかに若く二択であるならば、絶対に負けるはずがないとまで考えていた、その上自分が受け入れる姿勢を見せているのであれば、落ち着き次第自分の寝所に忍んで来る、そして一度でも自分と関係を持てばあんな肉の弛み始めたババアには絶対に負けるわけがない、と思っていたのだ。
極めてひどい評価だが彼女の評価は公平性という点ではかなり正確なものであった、ところが蓋を開けてみれば顔に醜い傷痕のある隻腕の侍女のところに時々出入りしていた、この事実を知った時彼女のプライドは崩壊せんばかりであった、大見得を切って出発しながら極短期間で帰るなど絶対にプライドが許さず、それ故に戦略修正に知恵を絞っているのであったが妙案はなかなか浮かばず、悶々とした日々を送っていた。
日常が落ち着いてくるといつしか女性陣のみでのお茶会が毎日の日課となっていった、交代ででお茶を淹れるのだが、やはりエレーナとアルマが安定しており、二人が当番の日はお茶プラス簡単な焼き菓子まで出るので好評であった。
イゾルデは基本的なお茶淹れは元より問題なくできており、ユリアーヌスの評価は『微妙』という評価から全く抜け出せないでいた、ヒルデガルドの評価は『ユリアーヌスよりマシ』であり低レベルな争いで鎬を削っていた。その日のお茶会の当番はエレーナという事もあり、安定したお茶とクッキーの茶菓子までついており、自然と会話もはずんでいた。
「エレーナ様はお料理もお上手ですが、家事全般もおできになり、嫁入りした身としては片身が狭いことこの上ないです」
軽い笑みを浮かべながらもあくまで優雅にユリアーヌスが言うと、エレーナもわりと軽い調子で微笑みながら返す。
「私は末端の貧乏騎士家の出身ですから、使用人を雇う余裕どころか結婚までは一日一食の生活が長かったくらいで、こちらに嫁いでから豊富な食材で一日三食作って食べられる事がうれしくてしょうがなかったくらいですからね」
アルマはニコニコと聞いていたが、他の三名はやや引きつったような笑いを浮かべるしかなかった、そんな苦労とは無縁で生きてきた三名にとって内心で『笑っていいところなんだろうか?』と、どうしても引きつった笑いとなってしまっていた、なんとか話題を変えようと、イゾルデが話始めた。
「嫁がれると言えば、大奥様が先代のレギナント様と戦場で出会っ話は王都の吟遊詩人達にも大人気で、城に呼び寄せた吟遊詩人の戦場ロマンスに私も姫様も夢中になったものです」
「ああ、たしかに!是非当事者の口から聞きたいと思っていたのよ!」
イゾルデの発言に乗っかるように話したユリアーヌスであったが、両者の言う事は事実であった、少女時代に戦場で恋に落ちるラブロマンスのヒロインに淡い憧れの感情を抱き、今まさに物語のヒロインが目の前にいるのである、当初は夫と息子を立て続けに亡くしたエレーナを慮って何事にも遠慮がちであったが、最近やっと距離感を縮めた話ができるようになってきたところであった。
しかし、その話を振られるとエレーナはどうも照れくさそうな、それでいて少し引きつったような笑いを浮かべ、対照的にアルマとヒルデガルドはいかにも楽しそうに笑いを堪えるような表情を浮かべていた。その様子を見たユリアーヌスはちょっと一石を投じる軽い気持ちで、ヒルデガルドに話しかけた。
「ヒルデガルドさんは、何かご存じですの?」
「ええ、まぁ・・・」
と言いつつ、少し悪戯気味な笑みを浮かべながらエレーナの方を見ると、エレーナも『しょうがないわね』と言わんばかりの、苦笑を浮かべつつ軽くうなずいた、彼女のうなずきを確認するとヒルデガルドは面白そうに事の顛末を語りだした、
「以前この村に旅の吟遊詩人が訪れた事があったそうなんです、その時に領主屋敷にて当の本人達の前でその英雄譚を披露したんですが、途中からレギナント様やカイは大笑いを始めエレーナ様も苦笑いを浮かべるしかないような内容だったそうなんです。吟遊詩人は『何か失礼でもあったでしょうか?』と怯えて尋ねたそうですが、レギナント様は『たいへんおもしろかった』と褒美を渡されたそうです。何故大笑いをされたかと言えば、あまりにも事実とかけ離れ美化された内容だったため、ついつい大笑いをしてしまったという事だったそうです」
彼女もこの事実をしゃべりたかったのか弾んだ声で一気にしゃべり切って見せた。
「はぁ~、実際はどんな感じだったのですか?」
この話題に関してはイゾルデの方が興味を持っているのかイゾルデがエレーナに尋ねるが、
「まぁ、それはいずれ・・・」
と、あっさりと躱されてしまった。
「エレーナ様は私にも教えてくださらないんですよ」
勢いがついたのか、ヒルデガルドも続けるが。
「大切な思い出だから大事にしまっておきたいのよ」
少し寂しそうに語るエレーナを見て、踏み込みすぎたと焦りもしたが、それほど深刻な状態になることなく、お茶会はお開きとなった。ただ、このお茶会での会話がヒントとなりヒルデガルドには今後の展開に変化をもたらすかもしれない一つの策が思いついたのだった。
元々の戦略の元となる分析はほぼ正鵠を得るものであった、侍女として家事をはじめとする雑用業務はまったく経験はないとはいえ、それはユリアーヌスやイゾルデも似たようなものであり、趣味レベルとはいえ、刺繍などをしていた自分の方が若干優れた点すらあるのではないか?亡きラファエルとの思い出や悲しみを共有でき、以前から面識のあるエレーナとの距離は自分が一番近く、最もうまく接していけるはずではないだろうか?彼女はそう予想していた、その予想は完全にあっていたが、最後の読みだけは大きく外し、それが致命傷となってしまっていた、彼女の誤算はテオドールが自分に全く興味を示さない事だった。
彼女は冷静に自分とユリアーヌスとを比べていた、美貌という点において好みの差はあるかもしれないが、10人いたら8~9人は自分の方が美しいと言ってくれるのではないか?そう考えていた、しかも自分の方がはるかに若く二択であるならば、絶対に負けるはずがないとまで考えていた、その上自分が受け入れる姿勢を見せているのであれば、落ち着き次第自分の寝所に忍んで来る、そして一度でも自分と関係を持てばあんな肉の弛み始めたババアには絶対に負けるわけがない、と思っていたのだ。
極めてひどい評価だが彼女の評価は公平性という点ではかなり正確なものであった、ところが蓋を開けてみれば顔に醜い傷痕のある隻腕の侍女のところに時々出入りしていた、この事実を知った時彼女のプライドは崩壊せんばかりであった、大見得を切って出発しながら極短期間で帰るなど絶対にプライドが許さず、それ故に戦略修正に知恵を絞っているのであったが妙案はなかなか浮かばず、悶々とした日々を送っていた。
日常が落ち着いてくるといつしか女性陣のみでのお茶会が毎日の日課となっていった、交代ででお茶を淹れるのだが、やはりエレーナとアルマが安定しており、二人が当番の日はお茶プラス簡単な焼き菓子まで出るので好評であった。
イゾルデは基本的なお茶淹れは元より問題なくできており、ユリアーヌスの評価は『微妙』という評価から全く抜け出せないでいた、ヒルデガルドの評価は『ユリアーヌスよりマシ』であり低レベルな争いで鎬を削っていた。その日のお茶会の当番はエレーナという事もあり、安定したお茶とクッキーの茶菓子までついており、自然と会話もはずんでいた。
「エレーナ様はお料理もお上手ですが、家事全般もおできになり、嫁入りした身としては片身が狭いことこの上ないです」
軽い笑みを浮かべながらもあくまで優雅にユリアーヌスが言うと、エレーナもわりと軽い調子で微笑みながら返す。
「私は末端の貧乏騎士家の出身ですから、使用人を雇う余裕どころか結婚までは一日一食の生活が長かったくらいで、こちらに嫁いでから豊富な食材で一日三食作って食べられる事がうれしくてしょうがなかったくらいですからね」
アルマはニコニコと聞いていたが、他の三名はやや引きつったような笑いを浮かべるしかなかった、そんな苦労とは無縁で生きてきた三名にとって内心で『笑っていいところなんだろうか?』と、どうしても引きつった笑いとなってしまっていた、なんとか話題を変えようと、イゾルデが話始めた。
「嫁がれると言えば、大奥様が先代のレギナント様と戦場で出会っ話は王都の吟遊詩人達にも大人気で、城に呼び寄せた吟遊詩人の戦場ロマンスに私も姫様も夢中になったものです」
「ああ、たしかに!是非当事者の口から聞きたいと思っていたのよ!」
イゾルデの発言に乗っかるように話したユリアーヌスであったが、両者の言う事は事実であった、少女時代に戦場で恋に落ちるラブロマンスのヒロインに淡い憧れの感情を抱き、今まさに物語のヒロインが目の前にいるのである、当初は夫と息子を立て続けに亡くしたエレーナを慮って何事にも遠慮がちであったが、最近やっと距離感を縮めた話ができるようになってきたところであった。
しかし、その話を振られるとエレーナはどうも照れくさそうな、それでいて少し引きつったような笑いを浮かべ、対照的にアルマとヒルデガルドはいかにも楽しそうに笑いを堪えるような表情を浮かべていた。その様子を見たユリアーヌスはちょっと一石を投じる軽い気持ちで、ヒルデガルドに話しかけた。
「ヒルデガルドさんは、何かご存じですの?」
「ええ、まぁ・・・」
と言いつつ、少し悪戯気味な笑みを浮かべながらエレーナの方を見ると、エレーナも『しょうがないわね』と言わんばかりの、苦笑を浮かべつつ軽くうなずいた、彼女のうなずきを確認するとヒルデガルドは面白そうに事の顛末を語りだした、
「以前この村に旅の吟遊詩人が訪れた事があったそうなんです、その時に領主屋敷にて当の本人達の前でその英雄譚を披露したんですが、途中からレギナント様やカイは大笑いを始めエレーナ様も苦笑いを浮かべるしかないような内容だったそうなんです。吟遊詩人は『何か失礼でもあったでしょうか?』と怯えて尋ねたそうですが、レギナント様は『たいへんおもしろかった』と褒美を渡されたそうです。何故大笑いをされたかと言えば、あまりにも事実とかけ離れ美化された内容だったため、ついつい大笑いをしてしまったという事だったそうです」
彼女もこの事実をしゃべりたかったのか弾んだ声で一気にしゃべり切って見せた。
「はぁ~、実際はどんな感じだったのですか?」
この話題に関してはイゾルデの方が興味を持っているのかイゾルデがエレーナに尋ねるが、
「まぁ、それはいずれ・・・」
と、あっさりと躱されてしまった。
「エレーナ様は私にも教えてくださらないんですよ」
勢いがついたのか、ヒルデガルドも続けるが。
「大切な思い出だから大事にしまっておきたいのよ」
少し寂しそうに語るエレーナを見て、踏み込みすぎたと焦りもしたが、それほど深刻な状態になることなく、お茶会はお開きとなった。ただ、このお茶会での会話がヒントとなりヒルデガルドには今後の展開に変化をもたらすかもしれない一つの策が思いついたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
滅せよ! ジリ貧クエスト~悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、ハラペコ女神の料理番(金髪幼女)に!?~
スサノワ
ファンタジー
「ここわぁ、地獄かぁ――!?」
悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、気がつきゃ金糸のような髪の小娘に!?
「えっ、ファンタジーかと思ったぁ? 残っ念っ、ハイ坊主ハラペコSFファンタジーでしたぁ――ウケケケッケッ♪」
やかましぃやぁ。
※小説家になろうさんにも投稿しています。投稿時は初稿そのまま。順次整えます。よろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる