レイヴン戦記

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鴉の旗

虚しい勝利

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 制圧した正門前に佇み、来る可能性は低いと考えながらも領主屋敷の制圧の合図が来るのを彼はジっと待っていた、合図が来る確率は30%くらいではないだろうか?そんな事を考えていた。
 正門の前に立ち、昨夜の罠の後から障壁に続く構造を見ながら感心していた。この地形に合わせ、この地形の特性を最も有効に使うために考え抜けれた配置であった、もしこの構造を理解した上で再度挑むならいかにすべきであろうか?そんなことを考えながら歩を進める、周りには昨夜犠牲になった兵士達の死体が野ざらしになっており、急ごしらえのぬかるみに体半分埋まっている死体もあった。
 共に戦ってくれた者達の死体を見るにつけ、自分の行動は本当にこれでよかったのだろうか?そんな自責の念に駆られる、出口のない迷路のような人生に力ずくで差し込ませた一筋の光明、それにすべてを賭ける事に皆同意はしていても結果を見ると慙愧の念に苛まれる。
 さらに歩を進め障壁に着くが、そこはもはや戦場ではなくなっていた、味方はさらに前進し、ここに残されているのは死体か、死を待つ重傷者のみであった、障壁の構造をシゲシゲと眺め、この障壁が簡易的に組み上げられた臨時の物である事を見て取ると、この領主の用心深さに感銘すら覚えた。
 出入りの商人に見られてもいいように、障壁など存在しないように普段から周りにはそう見せている、諜報対策も徹底していると言う事か。そんな事を考えながら障壁周りの様子を見ていると、待望の合図である警笛の音が聞こえた、彼にはその合図が意味するところが分かると、周りを見渡したぶん中心地があるであろう方角、中央広場の方へ向かいゆっくりと歩きだした。
 彼の顔は諦観と慙愧の念もあったが、晴れ晴れとしてもいた、広場までの道で力尽きた仲間の死体を済まなそうに見つめると同時に、建物の配置を工夫することによって、少しづつ敵を削りながら誘導して行った過程を眺めると、村内部に侵入を許しても簡単に前進できないよう、極めて綿密な配置の元に家々を建てられている事に感嘆しながら、己が完敗を噛み締めていた。

 広場周辺も激戦地となっていた、指揮官らしき人物がいるここを落とし、人質に取る事ができれば一気に終わらせる事が出来るかもしれない、そんな期待感から屋敷に向かった者以外の全員がここに集結してきたのだ、建物を上手く使いなかなか突破できないでいるところに、声が響き渡った、

「アルメ村の指揮官と話がしたい、もうすぐそちらの援軍が来る、戦争は我が方の負けだ!」

 彼が聞いた合図の警笛は領主屋敷陥落を告げるものではなく、道中に残した偵察兵からの敵援軍接近を知らせるものだった。 
 その言葉で戦場は静まり返ったが、一呼吸置き村人達から歓声が上がった、さらに少し間を置き「攻撃しないから一人で来い」という返答があり、スタスタと男は前進する、周りでへたり込む兵士達に「すまなかったな」と声を掛けながらの歩行だが誰からも返事はなく、皆敗戦の涙に濡れていた。


 エレーナは立位でその指揮官を待ち構えていた、周りには護衛や、いざという時に備えた狙撃手が隠れる事なく待機していた。
 それ以上近寄るようなら静止を命じようというタイミングで男は立ち止まり口上を述べた。

「お初にお目にかかります、エレーナ様とお見受けいたします、聊か事情があり当方の姓名はご容赦ください」

 その発言は優雅ですらあった、不快感はなかったが、この男がどのような交渉をするつもりなのか皆目見当がつかなかったため、率直に尋ねる事とした。

「卿にも事情はあろう、そこはよい、何を交渉しに来たのだ?」

 軽く笑みを浮かべると、彼は話始めた。

「お話が早くて助かります、私の首と引き換えに他の者は捕虜ではなく、無条件に解放してはいただけないでしょうか?」

 その場にいた一同に騒めきが走る『何を都合のいいことを言っているんだ?』皆がそう考えていると、彼は続ける。

「都合のよいお願いですが、メリットもあると考えます、拒否されるなら死ぬまで戦いましょう、さすれば被害はさらに増える事と思われます。私の首と引き換えに全員を武装解除の上で解放するのであればこれ以上の損害は出ないでしょう」

 言っている事は理解できた、死兵と化し最後まで戦われたら当然のように最後こちらが勝利しても損害はさらに広がる、今生き残った者を奴隷として売り払って得られる利益と、最後まで戦う事によって生じる損害を天秤にかければ自ずと解答は出て来る。ただし、身内や仲間を殺された者達の感情を抑える事がどこまで可能であるかを考えると非常に微妙な問題でもあった。
 エレーナが迷っていると、その回答を聞くこともなく、男は短剣を抜き放ち、大声で敵味方に聞こえるように叫んだ。

「我敗れたり!死を以って他の仲間の助命、解放を懇願する!」

 叫び終えると自らの首に短剣を突き立てた、唖然として制止も間に合わず、そのまま事切れるのを見守るほかなかった、エレーナもそれに乗じるように叫ぶ。

「武装解除せよ!さすればしかる後、解放を約束しよう!」

 結果的に武装解除に応じたのは生き残りの半数程度であった、他半数の生き残りは指揮官に倣いその後を追った。
 ゲルトラウデ達の到着が最後の一押しになったとはいえ、戦闘に間に合わず村人から多数の死傷者を出した結果に、村を離れていた遠征組はやり場のない怒りを、降伏した敵兵にぶつけそうになる気持ちをギリギリのところで抑えていた。
 こうして『鴉戦役』と名付けられた所属不明の集団によるアルメ村への奇襲攻撃は結果だけ見れば、防衛成功として幕を閉じた。
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