レイヴン戦記

一弧

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鴉の旗

惨劇の痕

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 老人が村へ帰って間もなく、フリートヘルムを先頭に武装解除した老人達が村から出てきた、伯爵の兵からは歓声が上がったが、テオドールは手放しでは喜べない気分でいた。
 状況視察で村に入ると、中はひどいものであった、放置され時間の経った死体からは死臭が立ち昇り、むせ返るようなような死臭が村中に充満しており、皆顔をしかめ、吐き気を催している者もいた。

「外の陣幕の中で休んでいた方がいいんじゃないか?」

 テオドールがヒルデガルドに声を掛けるが、彼女は拒絶の意思を示した。

「ふざけてるわよね!安住の地を得るためだか何だか知らないけど、村人全員皆殺しなんて解放の約束なんてするんじゃなかったって改めて思うわ!」

 彼女の怒りはよく分かる、実際にこの村の住人と直接の面識のない自分やヒルデガルドでさえ憤りを感じずにはいられなかった。
 しかし最も悲惨さを醸し出したのは伝令で隣村へ報告を行い、この村唯一の生存者となった男だった、伯爵の軍の行軍に参加し、解放された村の惨状を見て半狂乱となっていた。
 実際に見るにつけ居たたまれなさを感じたテオドールはヒルデガルドに尋ねた。

「うちの村を襲撃し、ユリアーヌス達と引き換えに得た身代金で何をするつもりだったのかな?」

 チラっとテオドールの顔を見ると、前を見据えながらヒルデガルドは言う。

「小さな領地と騎士称号でも買うつもりだったんじゃない?この国と隣接していないような国で小さな土地を得て小領主になる、そうすれば生きる場所もなく参加したメンバーにとっても晴れて安住の地が手に入る、そんな所じゃないの?」

 彼女の言い分は理に適っているように思われた、しかし自分達の安住の地を得るためにここまでしなくてはいけないのであろうか?そんな疑問が頭を過る。

「生きる場所がないってのはつらい物でしょうね、たとえ他の何を犠牲にしても得たいってのは、あのババァ見てると少しだけわかる気もするわ」

 誰の事を言っているのかすぐに分ってしまうが、たしかに安住の地がないというのはつらいのかもしれない、殺戮の痕を見ると到底許容する事はできない問題ではあるけれど。
 しかし、死臭漂う村を見て回っていると、アルメ村がどうなっているのかが気にかかり、一刻も早く帰りたい衝動に駆られたが、3騎のみで村へ向かうのは、道中で盗賊等と出くわす可能性もあり、避けるべきであろう事は理解できた、理解できるが故に焦りの感情が大きくなっていた。

「早く村に帰りたいわよね」

 そんな彼の焦りを見透かすように、ヒルデガルドは言う、彼女の言葉を聞き若干の落ち着きをとりもどすと、小さく「うん」と頷くが、言葉はそれ以上続かなかった。

「焦りは相手につけこまれるわよ、あいつなんて露骨に怒らせにきてたものね」

 交渉の席に着いたこの村に居残った中の責任者らしき男を思い浮かべた。

「あいつはなんで、怒らせようとしたのかな?怒らせても得になる事なさそうに思うけどね」

 この疑問は微妙に腑に落ちないものであった、何度となく考えてみたのであるが整合性のある解答には辿り着けないでいた。もし気付くタイミングが遅かったなら、救援は間に合わず、陥落後に到着という事になる、そうなればそこから人質を盾にしての交渉という運びとなろう、しかしユリアーヌスの存在がいれば交渉材料は十分足りフリートヘルムは早期に釈放しても問題はないと思われる。
 仮に早期に援軍を送っていたなら、敵は挟み撃ちにあい壊滅、交渉の意味はなくなっている事だろう。
 しかしどちらであるにせよ、かなり距離のあるここからでは状況を知る事もできず、こちらの様子から探ろうにも、こちらだって知らないであろう事は時間経過的に分っていたはずである。
 そんなテオドールの疑問にヒルデガルドは素っ気なく回答する。

「本当は意味なんてなかったのかもね、ただ自分達の夢を賭けた策を見抜いた敵に嫌味の一つも言ってやりたかった、そのくらいの感情なのかもね」

 その理屈の方がまだ理解できた、しかし自分達の夢のためとは言え、ここまで凄惨な光景を作り出す事に寒気を覚えた。
 先代の日記にも村一つ全滅させた記録が書き残されていたが、自分には戦術的に正しい、効果的であると考えた時にここまでできるのだろうか?そんな事を考えてしまう。
 すぐには結論が出そうになかったので目下優先的に考えねばならない事を考えてみる事にした、村のため、村人のため、という観点から次にどうすればいいのか?という事について。

「村に人的被害が出ている場合、他村からの受け入れを視野に考えて行く事になるのかな?」

「被害規模にもよるでしょうけど、この村の再建もあるから伯爵領からの移民は厳しいものがあるかもしれないわね」

 ヒルデガルドの即答を受け、テオドールは彼女が為政者として、被害を感情的な面よりも数字的な側面で捉えている事を再確認できた。しかし、それすら見透かすかのように彼女は続ける。

「いいわ、そういうのは私とユリアーヌスが引き受けるから、ただし場合によってはあなたも非情な決断をする覚悟はしておきなさいね」

 彼女は言わなかったが、夫婦でさえ仮面を被ったような関係がありふれた貴族社会において、自分の感情をストレートに表現できるテオドールとの関係やアルメ村の環境は気に入っていた、彼女にとっての安住の地を踏みにじる者がいれば排除する事に手段は選ばない、たとえ魔女と呼ばれようとかまわない、そのくらい強い愛着も持っていた。
 そんな思いを持っていた彼女に不意打ちのような一言が投げかけられた。

「髪がまた伸びてきたけど、やっぱりそっちの方が綺麗だね」

 不意打ちであった、普段あまり褒めたり持ち上げたりするタイプではないだけに、少し面食らった気分になり、顔を赤らめながら微妙に噛み合わない返答を返した。

「そう思うんだったら、普段からもっと大切にしなさいよ」

 言われて困ったような顔をしていた『わりと気をつかって大切にしてるつもりなんだけどなぁ』顔にそう書いてあるかのようであった。
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