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鴉の旗
一歩遅れの到着
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村の惨状を見て遠征組は言葉を失っていた。
正門は突破され、その先には罠にかかった敵兵の死体が放置されていた、さらに先に進むと、緊急時に増設される障壁まで破られ、敵兵の死体に混じり村人の死体も横たわっていた、唖然とするゲルトラウデを余所に村長のマルティンが支持を出す。
「生きてる味方の救護!敵兵に気を付けろ!絶対に単独行動するんじゃねぇぞ!」
村人が散っていく中で、その場に残されたゲルトラウデは本来自分がすべき事を呆然としてできず、代わってもらった、マルティンに素直に礼を言った。
「すいません、本来私が出すべき指示だったのに」
「いいんだよ、喧噪も止んでいる、たぶんもう終わったんだろう、門が破られる前に到着してりゃあ被害をもう少し減らせたんだろうがな」
彼の言葉には悔しさが滲んでいた、彼女もまた自分の無力さを恥じていた、惨状を目で見ながらしばし沈黙していたが、マルティンが移動を促してきた。
「たぶん本営は中央広場だろう、まずは大奥様に帰還の報告だな、次いであんたは領主様から伝言とか預かってるんじゃないのか?」
その通りだと気づき移動を開始する。
中央広場に到着すると現場は殺気立っていた、捕縛された敵兵を憎しみの籠った目で見る村人達は今にも殴りかからんばかりであったが、ギリギリのところで自制しているのが見て取れた。
広場中央で指示を出すエレーナを見つけ駆け寄ると、エレーナもゲルトラウデを見つけ少し安堵の表情を見せた。
「大奥様遅れて申し訳ありません!」
跪き許しを乞うゲルトラウデに、エレーナは軽く首を振り答える。
「完全に虚を突かれたのに早い方だ、不眠不休で駆け付けたのだろう?誰の責任でもない」
本心ではあったが、それにしても早すぎる、という疑問を感じていた、エレーナにしてみれば襲撃によって外部との連絡が取れなくなり、外部の者が異変に気付き、そこから救援となると、早くても2~3週間はかかるものと覚悟していた、それ故に襲撃4日目に到着した事はまったくの予想外であった。
「大奥様、村の方はとりあえず我々でなんとかしますので、屋敷でお休みください」
マルティンの申し出に対し、疲労が溜っていた事もあり受け入れる事とした。
「そうか、ではまかせる、ただし捕虜への暴行は一切禁ずる、気持ちは分かるが宣言した上での約束だ、堪えてくれ」
「はっ!」
「ゲルトラウデ行くぞ」
「はい」
ゲルトラウデを伴い屋敷へと赴くエレーナの足取りは重いものがあった、理由は戦死者報告の中にアルマの両親が含まれており、それを告げるのはどうしても気の重い問題であった。
屋敷までの道中でゲルトラウデに、援軍到着までの速さの理由を尋ねると、襲撃の報告以前に敵の動きを察知し、先読みで出撃させた援軍であったという事をゲルトラウデは興奮気味に語った。
「カイやお前でも気付かなかった敵の意図をテオドールは読み切ったという事か?」
エレーナは質問しながら、血のなせる業に感嘆と共に空恐ろしささえ感じていた。
「はい!流石です!」
それに対し、レギナントの後継者としてテオドールに、絶対の信頼を寄せているゲルトラウデは無邪気に主の慧眼を誇っていたが、沈んだ表情のエレーナに気づくとすまなそうに。
「あっ、でも間に合いませんで・・・」
口ごもってしまった、それに対しエレーナは少し笑い、軽く頭を撫でながら言った。
「援軍が奴らの降伏の決め手になった、十分助かったよ」
エレーナの慰撫で、すまなそうな、嬉しそうな表情をしながら、屋敷へと歩を進めて行った。
エレーナ達が屋敷に到着すると、屋敷は愁嘆場と化していた。
母の遺体に泣きすがるアルマと、それを見守るユリアーヌスとイゾルデの姿が真っ先に目についた、屋敷近くで亡くなったため屋敷に運び込まれ、イゾルデが己が失敗を詫び戦死を伝えていた。
彼女に限らず、今までは戦時中でゆっくりと悲しむ暇もなかったが、戦闘終了によってやっと悲しむ余裕ができたともいえた、あちこちで身内や知り合いの死を悲しむ愁嘆場が繰り広げられていた。
「ゲルトラウデ、皆に飲み物でも用意してやれ」
繰り広げられる愁嘆場に呆然としていたゲルトラウデだったが、エレーナの言葉で我に返り「はい」と返事をすると、給仕の準備を開始した。
「アルマ、身体に障る、悲しいのは分るが今はゆっくりと休め」
父の死も知らせるべきかどうか迷ったが、これ以上の負荷を一気に与えるのはまずいと思い、その場は休息を指示した。
「私はいいわ、アルマについていてあげて」
ユリアーヌスはイゾルデに言うとエレーナに近づいてきた。
「村の方はよろしいのですか?」
「ああ、遠征組が帰って来てくれた、村長達が中心になってくれるから少し休める」
増援が駆け付け、屋敷へと帰ってきたことで緊張の糸が緩み、4日近く不眠不休で指揮を執り続けた疲れがドっと出た、何よりも今は眠りたい、そんな欲求に駆られていたエレーナを察しユリアーヌスが言う。
「ゆっくりお休みください、その間は私やイゾルデ、ゲルトラウデで切り盛りいたします」
「いいのか?」
アルマに比べても彼女の悪阻は酷く、けっこう消耗していた事を知っているだけに、任せきっていいものかどうか思案していた。
「エレーナ様は以前の戦で、身重な身体で先頭に立ち、村人達を鼓舞し続けたと聞きます、悪阻ごときで横になっていたのでは死んでいった者達に申し訳が立ちません」
絶対に引かないのだろうと、その顔から決意を読み取り、素直に提案を受け入れる事とした。
「何かあったら遠慮なく起こしてくれ」
「はい」
結局丸2日間寝続ける事となった、起きてすぐは長時間寝続けた事で少し呆けたようであったが、戦の後始末はこれからが本番とばかりに、冷水で顔を洗い新たな戦場に向かうかのように気合を入れなおすのであった。
正門は突破され、その先には罠にかかった敵兵の死体が放置されていた、さらに先に進むと、緊急時に増設される障壁まで破られ、敵兵の死体に混じり村人の死体も横たわっていた、唖然とするゲルトラウデを余所に村長のマルティンが支持を出す。
「生きてる味方の救護!敵兵に気を付けろ!絶対に単独行動するんじゃねぇぞ!」
村人が散っていく中で、その場に残されたゲルトラウデは本来自分がすべき事を呆然としてできず、代わってもらった、マルティンに素直に礼を言った。
「すいません、本来私が出すべき指示だったのに」
「いいんだよ、喧噪も止んでいる、たぶんもう終わったんだろう、門が破られる前に到着してりゃあ被害をもう少し減らせたんだろうがな」
彼の言葉には悔しさが滲んでいた、彼女もまた自分の無力さを恥じていた、惨状を目で見ながらしばし沈黙していたが、マルティンが移動を促してきた。
「たぶん本営は中央広場だろう、まずは大奥様に帰還の報告だな、次いであんたは領主様から伝言とか預かってるんじゃないのか?」
その通りだと気づき移動を開始する。
中央広場に到着すると現場は殺気立っていた、捕縛された敵兵を憎しみの籠った目で見る村人達は今にも殴りかからんばかりであったが、ギリギリのところで自制しているのが見て取れた。
広場中央で指示を出すエレーナを見つけ駆け寄ると、エレーナもゲルトラウデを見つけ少し安堵の表情を見せた。
「大奥様遅れて申し訳ありません!」
跪き許しを乞うゲルトラウデに、エレーナは軽く首を振り答える。
「完全に虚を突かれたのに早い方だ、不眠不休で駆け付けたのだろう?誰の責任でもない」
本心ではあったが、それにしても早すぎる、という疑問を感じていた、エレーナにしてみれば襲撃によって外部との連絡が取れなくなり、外部の者が異変に気付き、そこから救援となると、早くても2~3週間はかかるものと覚悟していた、それ故に襲撃4日目に到着した事はまったくの予想外であった。
「大奥様、村の方はとりあえず我々でなんとかしますので、屋敷でお休みください」
マルティンの申し出に対し、疲労が溜っていた事もあり受け入れる事とした。
「そうか、ではまかせる、ただし捕虜への暴行は一切禁ずる、気持ちは分かるが宣言した上での約束だ、堪えてくれ」
「はっ!」
「ゲルトラウデ行くぞ」
「はい」
ゲルトラウデを伴い屋敷へと赴くエレーナの足取りは重いものがあった、理由は戦死者報告の中にアルマの両親が含まれており、それを告げるのはどうしても気の重い問題であった。
屋敷までの道中でゲルトラウデに、援軍到着までの速さの理由を尋ねると、襲撃の報告以前に敵の動きを察知し、先読みで出撃させた援軍であったという事をゲルトラウデは興奮気味に語った。
「カイやお前でも気付かなかった敵の意図をテオドールは読み切ったという事か?」
エレーナは質問しながら、血のなせる業に感嘆と共に空恐ろしささえ感じていた。
「はい!流石です!」
それに対し、レギナントの後継者としてテオドールに、絶対の信頼を寄せているゲルトラウデは無邪気に主の慧眼を誇っていたが、沈んだ表情のエレーナに気づくとすまなそうに。
「あっ、でも間に合いませんで・・・」
口ごもってしまった、それに対しエレーナは少し笑い、軽く頭を撫でながら言った。
「援軍が奴らの降伏の決め手になった、十分助かったよ」
エレーナの慰撫で、すまなそうな、嬉しそうな表情をしながら、屋敷へと歩を進めて行った。
エレーナ達が屋敷に到着すると、屋敷は愁嘆場と化していた。
母の遺体に泣きすがるアルマと、それを見守るユリアーヌスとイゾルデの姿が真っ先に目についた、屋敷近くで亡くなったため屋敷に運び込まれ、イゾルデが己が失敗を詫び戦死を伝えていた。
彼女に限らず、今までは戦時中でゆっくりと悲しむ暇もなかったが、戦闘終了によってやっと悲しむ余裕ができたともいえた、あちこちで身内や知り合いの死を悲しむ愁嘆場が繰り広げられていた。
「ゲルトラウデ、皆に飲み物でも用意してやれ」
繰り広げられる愁嘆場に呆然としていたゲルトラウデだったが、エレーナの言葉で我に返り「はい」と返事をすると、給仕の準備を開始した。
「アルマ、身体に障る、悲しいのは分るが今はゆっくりと休め」
父の死も知らせるべきかどうか迷ったが、これ以上の負荷を一気に与えるのはまずいと思い、その場は休息を指示した。
「私はいいわ、アルマについていてあげて」
ユリアーヌスはイゾルデに言うとエレーナに近づいてきた。
「村の方はよろしいのですか?」
「ああ、遠征組が帰って来てくれた、村長達が中心になってくれるから少し休める」
増援が駆け付け、屋敷へと帰ってきたことで緊張の糸が緩み、4日近く不眠不休で指揮を執り続けた疲れがドっと出た、何よりも今は眠りたい、そんな欲求に駆られていたエレーナを察しユリアーヌスが言う。
「ゆっくりお休みください、その間は私やイゾルデ、ゲルトラウデで切り盛りいたします」
「いいのか?」
アルマに比べても彼女の悪阻は酷く、けっこう消耗していた事を知っているだけに、任せきっていいものかどうか思案していた。
「エレーナ様は以前の戦で、身重な身体で先頭に立ち、村人達を鼓舞し続けたと聞きます、悪阻ごときで横になっていたのでは死んでいった者達に申し訳が立ちません」
絶対に引かないのだろうと、その顔から決意を読み取り、素直に提案を受け入れる事とした。
「何かあったら遠慮なく起こしてくれ」
「はい」
結局丸2日間寝続ける事となった、起きてすぐは長時間寝続けた事で少し呆けたようであったが、戦の後始末はこれからが本番とばかりに、冷水で顔を洗い新たな戦場に向かうかのように気合を入れなおすのであった。
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