レイヴン戦記

一弧

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新世代

歌姫の憂鬱

 翌朝の朝食の席にはスッキリとした顔のユリアーヌスと少しむくれたような顔のヒルデガルドと二人の顔色を窺うようなテオドールがいた。それを見ると昨晩どちらと閨を共にしたのかが一目瞭然であり、非常に分りやすいと思えてしまう反面、神経が保つのだろうか?とフリートヘルムなどは単純に心配になってしまった。
 そんな三人をフリートヘルムの妻であるグレーティアは不思議な者としか思えず、困惑気味であった、まるで物語のように愛し合うと言うのはまだ理解できた、しかしお互いが邪魔な存在であるはずなのに、どうしても陰湿さが感じられないのである。

「しかし、お前があそこまで思い入れを持っているとは少し意外だったな」

 朝食の席で少しからかうようにフリートヘルムがヒルデガルドに絡んで行く、グレーティアにしても自分からその話題を振るのは避けたかったが、興味のある話題であるだけに無関心を装いつつ、反応を窺っていた。

「分からないのかしらね?女は競ってこそ華よ」

 「ふむ」と言って頷くフリートヘルムであったが、グレーティアにはその真意が理解できなかった、正妻の座を争う敵であるならばもっと平気で陰湿な方法をとる事も辞さないそんなタイプの人間であると思われたヒルデガルドがかなり正攻法に終始している事が意外であった。

「それはやはり独占欲からですか?」

 テオドールは意外だった、グレーティアが能動的にしゃべる姿はほとんど見た事がなく、まるでお飾りのような印象を見る者に与える人物であったからだ、もっともお飾りと言うにも微妙であり、フリートヘルムと並ぶとどうしても見劣りがしてしまった。もっともヒルデガルドと並んだ自分をイメージすると、より鬱な気分になってしまうのだが。
 ヒルデガルドは少し考えるようなそぶりをすると語り出した。

「少し違うわね、競うからこそより輝ける、正直テオドールはどうでもいいかもね」

 『夫をどうでもいいと言い切った』皆が唖然とする中で一番しょげていたのはもちろんテオドールであった、オルトヴィーンにしてもすまなそうにテオドールを眺めるしかなかった。

「いくらなんでも、どうでもいいはないんじゃないの?」

 さすがにユリアーヌスが見とがめるように注意を促すが、全く意に介する事もなく続ける。

「いいのよ、私が輝けばこの人はメロメロになって君が居なきゃ僕は死んじゃうって毎晩のように煩いくらいだからね」

 『あれ?そんな事言ったっけ?寝言?酔ってた?』そんな事をテオドールは考えたが、言うと問題が大きくなりそうだから黙っていた、周りもそれとなく察したが、黙っている他なかった。
 グレーティアにはイマイチ言っている意味が分からなかった、彼女は名門宮廷貴族に生まれ、周りの段取りによって伯爵家に輿入れし、自分で能動的に動く必要性がほとんどなくここまで生きてこれた人物であった、領主貴族令嬢として父の配下への対応、領地運営などを見てきたヒルデガルド、宮廷内で生き残るために鎬を削っていたユリアーヌスとは、同じ貴族でありながらまるで別種の人物だったのだから。
 彼女はその答えに満足してはいなかったが、興味も失ってしまった、そんな彼女の心の変化を皆も感じ取ったが、そこから別方面へと話は飛び火して行った。

「所詮女には分からん話だ」

 フリートヘルムのその呟きに、グレーティアはまったく無反応であったが、ヒルデガルドが反応した。

「ん?私はなんだってのよ?」

「お前は半分以上男のようなものだろう、もしお前が男であったら、私など追放・幽閉・暗殺、その三択くらいしかなかっただろうが」

 テオドールもオルトヴィーンもこの点に対しては完全にフリートヘルムに同意していた、ヒルデガルドの勝利する未来しか予想できなかった。
 しかし、ここで口喧嘩を開始されても長くかかるだけに、テオドールは強引にでも話題の変更を試みた。

「そういえば、伯爵様、昨晩の歌姫ですが、謝礼もまだでした、居候の身で厚かましいのですが王都滞在中逗留させていただいてよろしいでしょうか?」

 オルトヴィーンとしても、家人達への娯楽の提供にちょうどいいと思っていた節があったので、快く許可を出した。
 そんな話をテオドールとオルトヴィーンがしている横で延々と兄弟による口喧嘩は続き、グレーティアはグレーティアで我関せずとばかりにお茶を口にしていた。
 『ああ・・・話題の強制変更失敗か・・・』心の中でため息をつくしかなかった。



 フリーダは傍目に見ても緊張が見て取れた、朝食をアルメ村の村人達と一緒に取った時も心此処に在らずといった感じであった、歌い終わった後で、用意された寝室で横になったが、眠れるものではなかった、伽に呼ばれるなどの考えは完全に吹き飛んでしまっていた。
 朝食後に呼び出しを受けた際はいったいどのような事を言われるのか戦々恐々としていた、案内された部屋に入るとテオドールとオルトヴィーンが待ち構えており、彼女は二人の姿を認めると思わず平伏し昨晩の非礼を詫びた。
 しかし、意外にも二人とも笑いながら、昨晩の英雄歌を褒め称えた、意外な気分で顔を上げる彼女の前にイゾルデが皮の袋が乗った小さなトレーを持って近寄ってくると、それを差し出し、微笑みながら語り掛けた。

「昨晩渡しそびれた謝礼です、非常に面白かったです、別の話も期待していますね」

 トレーの上に載せられた革袋は小さ目ながら一曲披露した報酬としては十分な金額が入っているように思われた、貰う物を貰って早く退出しようと思い、革袋に手を伸ばすと、予期せぬ提案がなされた。

「うちの者達に王都の案内を申し出ていただいたそうですが、私からもお願いできませんか?しばらく一緒に逗留し夜にはまた英雄歌でも披露していただきたいのですが、いかがでしょうか?」

 彼女の革袋に伸ばした手はピタリと止まり、頭の中では言われた言葉を反芻し、目まぐるしく計算が開始された、宿泊費用+食事代が無料、報酬がさらに貰える可能性大、伽を求められればさらに報酬アップもあり得る、さらに気に入られたら妾にしてもらえるかもしれない。断る理由が何一つ見当たらなかった、

「是非こちらからよろしくお願いします、ないとぞ御贔屓に!」

 彼女は平伏すると勢いよく売り込みに入った、ニコニコとしながら革袋を手に取った時に中身が若干少なそうなのが不満だったがそれでも大当たりであろうとウキウキとした気分で退出した、退出後革袋の中身を確かめ、銅貨ではなく銀貨である事が判明すると一瞬気を失いそうになった。『人生の運を全て使い果たしたかもしれない』そんな事を真剣に考えてしまった。
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