レイヴン戦記

一弧

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新世代

ヒロイン

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 伯爵邸に到着するとフリーダは主不在と言う事を理由に別室で待機することとなった、給仕係りが一人ついているが、監視の意味合いが強い事は明白であった。
 こういう状況にも慣れていた、旅芸人として各地を回ると、領主貴族の館に招かれて芸を披露する機会もあったが伽を命じられるケースはそれ以上に多かった、しかし金払いの良さはもあり、そういった意味で領主貴族はいい商売相手ですらあった。所詮は平民以下の身分とさげすまれる身でありながら、気に入られて愛妾となった芸人の話もかなり聞く、そういった意味では屋敷に入り混めただけでまずは成功といえた。
 今回のケースとて善意からの行動ではなかった、旅芸人である彼女が王都で芸を披露する場所を確保できるはずもなく、地方貴族のお供で上京してきたお上りさんを助ける事によって恩を売り、なんとか取り入ることが真の目的であった。お上りさんらしき一団に目を付け、さらにその一団を付け狙う男に着目していたからこそのタイミングであり、彼らが被害に合うのを今か今かと待っていたというのが真相であった。


 辺りが暗くなる頃、主が帰還し直接礼を言うという事で謁見する運びとなった。

「当方の客人を救っていただき誠に感謝する、辺りも暗くなってきたことだし、今夜は当屋敷に逗留して行かれたらどうであろうか?」

 この誘いを受けると同時に、この誘いの意味がオルトヴィーンによる伽の誘いであると判断し内心で喝采を上げた、これでかなりの褒美が期待できるとほくそ笑んでいると、同席していた人物が横合いから口を挟んできた。

「当家の者がどうもありがとうございました、ところで芸人さんとのことでしたが、得意なのはどんなジャンルなのでしょうか?」

 客人と言っていたが、この人物が伯爵の客人で助けたのはその部下だったのか、そんな事を考えながら回答し始めた。

「はい、得意は英雄歌であります」

 少し考えるようなそぶりを見せるとその男は言い出した。

「せっかくですから、皆に披露してはいただけないでしょうか?もちろん御礼はさせていただきますよ」

 彼女は心中でさらに喝采を上げた、本来の芸でも謝礼を貰えれば二度おいしい、金星であると飛び上がりたい気分になっていた。


 広間に移動すると、この屋敷の家人や客人達が集まって来ており、立派な貴族の邸宅で大勢を前に謳い上げるのは初めてであるだけに緊張と高揚感でテンションが上がるのが感じられた。

「リクエストはありますか?」

 彼女の問いかけに、伯爵の愛人であろうか、客人の妻にしては年上過ぎるし、母親にしてはまったく似ていない、そんな微妙な年齢の女性が答えた。

「テオドール・キルマイヤーのはある?できるだけ面白おかしくしたような内容ので」

 場がクスクスと笑いが起こり言い知れぬ違和感を感じた、誰だか一瞬分からなかったが、たしかレイヴン卿を継いだ人物がそんな名前だったのを即座に思い出した、王姉を妻にし、その後も野盗退治などで戦果を挙げ死神を継ぐ者として知名度をそれなりに上げていた人物であると同時に伯爵家の令嬢を第二夫人として迎えている事も考えれば、伯爵家との関係があまり良好とはいえないのであろうか?娘を第二夫人の地位で迎え入れられて内心面白く思っていない者達がここぞとばかりにこき下ろすような内容で溜飲を下げようという嗜好だろうか?客人というのがレイヴン卿その人である可能性もなくはないが、十二の試練を乗り越えたと言うのは脚色にしろ、死神の化身と恐れられた先代を継ぐ者としてはいささか貧相過ぎるため別人であろう事が予想できた。

「かしこまりました」

 フリーダは一礼すると、非常に面白おかしくコメディ的なノリで謳い始めた。内容は超がつくほどの女好きなテオドールが盗賊退治の褒美にユリアーヌスを希望する、当然のように断る口実として絶対不可能としか思えない十二の試練を与えるも非常にインチキ臭い方法で次々にクリアして行き、最後に『王族たるものが約束を違えていいんですかぁ?』と嫌味混じりに要求を呑ませる。そういった流れで物語は進行して行った、辺りからは爆笑が巻き起こっていたが、客人と言われた貧相な男だけは若干の引き笑いに終始していた。
 さらに物語が進むと兄嫁であった傷心のヒルデガルドの美貌にも目を付け、こっそりと伯爵の城に一人忍び込み亡くなった兄が生き返ったふりをして口説き落とす、このシーンでは酒場受けを狙う時は若干の下ネタを交えるのだが、伯爵家でそれをやるとどうなるか分からないと判断したことから、極めてムーディーな調子のメロドラマに挿げ替えて甘く謳い上げた。伯爵家の実家であるだけにどうしても遠慮はあるが、リクエストに答える上ではどうしても避けられない話であった。反応は先ほどまでの爆笑から一転して若干沈んだ雰囲気が感じ取れたが、そこはメロドラマ調の流れでなんとか乗り切るよう努めた、酒場では下ネタが入れられるから楽なのだが、さすがに不謹慎に関係者の前では不謹慎過ぎて怖くて言えるものではなかった。
 話がさらに進むと復讐に燃えるエンゲルベルトが大軍を率いて復讐戦に挑んでくる、しかし山の地形を利用した奇襲戦術で一兵の損害も出すことなく奇跡のような勝利を演出してみせる。そのシーンになると沈んだ雰囲気とも違う物語を楽しむかのような雰囲気が生まれてきていたが、ラストシーンで見せしめの意味を込めて生きたまま串刺しにするシーンでは様々な反応が生まれていた。

「その手もあったか、確かに掘られる苦しみを味あわせるのも手だったわね」

 誰かがボソッと呟くのが歌の合間に聞こえたが、誰が言ったのかまでは確認できなかった、女性の声なのだけは分かったが、到底貴族の令嬢の言葉とは思えず、たぶん使用人が言ったのだろうと無理やり信じるよう自分に言い聞かせていた。
 捕えた捕虜を生きたまま串刺しにして街道に曝し『死神の後継者ここにあり』という事を強くアピールする事で物語は終了を迎え、会場からは盛大な拍手が沸き起こったが相変わらず、客人と言われた人物は若干引き笑いをするにとどまっていた。

「いや、よかったわよ、ただ私とヒルデガルドでかなり扱いに差がなかった?」

 拍手がひとしきり鳴りやむと最初にリクエストした女性が話しかけてきた、『私?』この瞬間にフリーダは致命的なミスに気が付いた、彼女は登場人物の一人であろうこと、しかも年齢などから考えるとユリアーヌスその人である可能性が極めて高い、そうなればずっと引き笑いをしていた客人というのもテオドールその人である可能性が極めて高い事にこの時ようやく気が付いた。
 
『噂と違いすぎるだろ!貧相な小男なんて聞いてねぇよ!』

 彼女は心の中で叫びたかったがそう叫んだ瞬間に首が物理的に刎ねられる事は目に見えていたので、どう答えていものか出るはずのない回答を模索して悪戦苦闘していると予期せぬ所から助け舟が入った。

「しょうがないじゃない、ヒロインと脇役で扱いに差が出るのはしょうがないでしょ?」

 その声の主は歌の合間に聞こえた串刺しもありだと言った声と酷似していた、そしてそう発言するところをみると彼女がヒルデガルドであろう事も簡単に予想が出来てしまった。

「物語聞いてた?どう見ても私が正ヒロインであなたはサブでしょ?」

「分かってないわね、こういう話ではたいていメインヒロインよりサブのポジションの方が人気出るのよ、ねぇあなたもそう思わない?」

 急に振られて戸惑いの色を隠せないフリーダであったが、どう答えていいものか回答が出るはずもなく、戸惑っているとテオドールがオズオズとながら助け舟を出してくれた。

「色々なヴァージョンがあるんだし、別にどっちでもいいんじゃないかなぁ」

「よくない!」
「よくない!」

 そこからは二人係で延々とテオドールに対してああでもない、こうでもないと物語におけるヒロインポジションの重要性について語り続け、周りも巻き添えになるのを避けるために遠巻きに眺めるしかない状態であった。
 自分に助け舟を出してくれたテオドールには感謝したが、この場から一刻も早く逃げ出したい心境だったフリーダは金星だと思った伯爵邸への招きにとんでもない落とし穴が待っていた事に暗澹たる気持ちになってしまっていた。
 
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