レイヴン戦記

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王国動乱

三姉妹の憂鬱

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 王都オレンボーにもたらされる報告は喜ばしいものばかりであり、そこでの思わず漏れる笑みを噛み殺し、気を引き締めるのに苦労する有様であった。

「はい、にやけない、たるんでる証拠よ」

 戦争が落ち着けば宰相に就任する事がほぼ確定しているフリートヘルムに対しそう言い切れる人物など一人しかいないであろう、そう声を掛けられると一気に苦虫を噛み潰したような顔になる。テオドールはよくこんなのと毎日顔を突き合わせて平気でいられるものだと感心してしまっていた。

「戦勝報告はどうしても喜ばしいことではないか、そろそろ論功行賞の下準備も必要になるだろうしな」

 そのフリートヘルムの言葉にため息を吐きながら応じる。

「必要ないわ」

「必要ないわけないであろう、これ以上の継続は不可能だ、もう終戦を睨んだ準備が必要な時期であろう、まさかアンヴェールも落とせと言っているのではないだろうな?さすがに無理があるぞ」

 険しい顔で反論するフリートヘルムに対し微妙に醒めた顔でヒルデガルドは応じる。

「落とすぞって無言の脅しをかけて相手に泣きつかせてからでいいのよ、こっちの内情なんて正確には把握できてないんだから、今こちらから声をかけたら苦しい内情を暴露するようなものよ、外交はハッタリなんだから」

 側で聞いているイゾルデにすればどう考えてもヒルデガルドの方が宰相にふさわしく感じた、ユリアーヌスといいヒルデガルドといいテオドールはよくこんなのと普通に生活できたものだと改めて感心してしまった。
 フリートヘルムにとってもそれは理解していた、しかしタイミングを見誤れば泥沼化するうえに、敵地の奥深くにいるテオドールとヴァレンティンが孤立する可能性さえ出てくる、そう考えると早期の和平を考えるのも十分に理解できる事であった。

「平気よ、テオドールなら敵地のど真ん中で孤立しても何とかするでしょうから」

 信頼なのだろうか?フリートヘルムもイゾルデも信頼しているつもりであっても実際にそのような事態になったらどうなるかを考えるだけで胃が痛くなる気がした。もちろん本心ではヒルデガルドとて、ギリギリでの駆け引きをしている実感はあった、余裕のあるふりをしたチキンレースである以上リスク0で勝ちを得ることなどできるはずもない事を理解しているが故の虚勢であったが、他人の目にそれは自信としか映る事はなかった。



 王宮に居を移してからの彼女の息抜きは顔なじみとのお茶会であった、エルゼも居を移し現在は王宮で生活していたため、よくお茶会に参加していた、エルナと違いヒルデガルド達とのお茶会を行った事がなかったためその雰囲気は新鮮に感じられた。
 フェルディナントの側近として親征に参加していたエルゼの夫はフェルディナントが捕らえられた際に殺害された事が報告されていたが、まったく悲しいという感情が興らず、慰めようとしたヒルデガルドを少し驚かせたが、その仮面夫婦ぶりを薄々は知っていただけにすぐに納得していた。
 ヒルデガルドにすれば婚約者だったラファエルの死を想起したが、もし今テオドールが急死したとしてもラファエルの時のように泣き叫ぶことはないのではないかと考えていた、愛情の深さの問題ではなく、当時と今とでは背負うものが違い過ぎてしまっており、あの頃は自分の身に起きた不運を嘆いていればそれでよかったが、今は国の運命さえ一部背負っているという自覚があった、テオドールが死んだとして、次の展望はどうするべきであろうか?そんな事を考えると泣き叫ぶ余裕などどこにもなくなってしまう事が容易に想像できた。
 夫や息子の死に直面しながら領地の運営や家の存続を考え気丈に振舞ったエレーナの気持ちも以前よりダイレクトに理解できるようになった気がした。
 背負うものが多いと感情よりも理論理屈でものを考えるようになる、それがはたして人として正しい在り方なのかどうかを考えると微妙になるが、一周回ると王宮や王都で暮らしたくないというテオドールの考えに強く賛同したくなってしまう自分がいた、毒されたのか毒が抜けたのかは微妙なところであろうが。

「アラベラも来ればいいのにね、別に毒なんて盛ろうとも思ってないんだから」

 そんな事を言い出すユリアーヌスであったが、来ずらい気持ちは分からなくもなかった。お腹の子の事がなければ、カトリーンと一緒にカリンティアに向かいたいところであったが、馬車に揺られての旅を考慮して泣く泣く次の機会を待つことにしたのであったが、どちらに着くのか?という判別方法で行けば間違いなくフェルディナントに着く事がはっきりしていただけにグリュック派しかいないお茶会など針の筵以外の何ものでもない事は明白であった。

「正直アラベラに関しては全く悪感情はないんです、むしろ彼女が相手をしてくれたからこそ、私はそんなに呼ばれることがなく、むしろ呼ばれると憂鬱な気分になるくらいでしたから」

 その発言にはテオドールと関係を持つことが嫌で嫌でしょうがなかった当初の記憶が甦りなんとも言えない気分になったが、小さくため息を吐くと意を決したように語り出した。

「私にも経験があるから分るんだけど、嫌々相手をしてるってのは伝わるのよね、そのせいで結局溝が深まるのよ、感情の問題もあるけど難しいわよね」

 お義理でさえ求められた事のないイゾルデは完全に蚊帳の外であったが、その事情は薄々知っていただけに、変われば変わるものだと、少し懐かしむような想いに駆られてしまった。

「まぁ次はいい相手を見つけるよう努力するわよ、今度は私達が主導で見つけるからいい相手を見つけられると思うわよ」

 戦争の終結がなれば国最高の権力者一族となる可能性が強く、貰い手には事欠かない事が予想され、まさに選り取り見取りなだけに、選択肢は豊富にあるように思われた。

「私達の事より心配なのはエレンなんです、どうしているのかも心配ですが、戦後どういう扱いになるのかがどうしても心配で仕方ないんです」

 エルゼとエルナにとってやはり最も心配なのは長姉エレンの事であったが、中々怖くて直接聞けない問題であった、結婚や配偶者の話が出たのをこれ幸いと切り出したのだったが、ユリアーヌスもヒルデガルドもこの質問には少し困ったような顔をするしかなかった。

「正直ね、どうしようか保留中なのよ、男児を生んでるわけだし野放しってわけにもいかないし、幽閉するのもかわいそうだし、オスカーの事どう思ってるのかも分からないし、まぁしばらくは様子見ね、処刑するとかは考えてないからそこは安心してもらっていいんだけどね」

「早く解放されるといいんですが」

「あっ、それはないわ、しばらく公爵は放置する事が決定してるから」

 ユリアーヌスの予想外の言葉に二人は驚きよりも腑に落ちない、理解できないといった感想をその言葉から感じ取った。王位を簒奪した人間を放置して野放しにしておくなど普通に考えるならどう考えても悪手であるようにしか思えなかったからである。

「理由はあるわよ、グリュックを即位させたけど内心面白くない人間も出てくると思うのよ、だからこそ不満分子の受け皿として存続させておくつもりなの、しばらくはね」

 グリュックの即位はかなり強引論法に基づいたものであり、正当性や理屈的にも突っ込みどころは多かった、だからこそ、文句のある者はフェルディナントやオスカーに組するのも自由であると公言していた、実際に滅亡の際に追い込まれたオスカーや他国に亡命した状態となっているフェルディナントを支持する人間がどれだけいるかは未定だが、いくら正統性を声を大にして叫ぼうと、実際に誰からも支持されていないという事実を突きつけるだけで、グリュックの優位を内外に示す格好の宣伝材料となるという目論見からであった。
 他にもただでさえ評判のよくないテオドールの息子であるだけに、敵にも温情を掛けるというアピールによって今後を考えるならなんとか人気を取っておかないと、外交に支障をきたすレベルであると判断した側面も否定できなかったが。
 外交や戦後について思いを巡らすユリアーヌスとヒルデガルドであったが、この事件の真の黒幕が誰であるのかまではこの時点で知る由もなかった。
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