レイヴン戦記

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王国動乱

絡新婦

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 惨敗としか言いようのない結果であった、公爵領から出兵した5千の兵の内、本拠地ヘロナに帰り着いた兵は100人に満たない人数であった、討ち取られたか逃げ出したかは定かではないが、もはや軍の維持が困難な状態で辛うじて辿り着いたといった状態であった。
 オスカーは荒れに荒れていたが、エレンは落ち着いたものであった。エレンの落ち着きには理由があった、どうでもよかったからである。貧乏宮廷騎士家の娘などせいぜい似た境遇の家から夫を迎え子を産み脈々と貧乏騎士家を存続させていくくらいしか人生の選択肢はないのが普通であった。迎え入れた夫が英雄の資質を持つ人物であり、あれよあれよと出世していくなど英雄歌のような話など絶対にないと言っていいことを知っていた。知っているからこそ、一時とは言え公爵夫人としての栄誉を味わえると、この縁談に乗ったわけだが、オスカーという男は一言で言えば狂人であった、そしてすべてに絶望した。
 狂人にも色々なタイプの狂人がいるが、オスカーの質たちの悪さは一見して分かりずらい事にあった、平素は多少傲慢な人物くらいにしか写らないのだが、とにかく抑えというものが利かないところがあった。そんな男に付き合わざるを得なくなった時から彼女は少しずつ狂って行ったのかもしれない。

「貴様の言うようにはならなかったぞ!今後どうするつもりだ!」

 全く強制権もない女の言葉を真に受けて動き、失敗したら全て人のせいにする、思った通り過ぎて笑いを堪えるのに苦労するほどであった。

「勝敗は兵家の常と申します、もしお気に召しませんでしたら、謀反の張本人として私の首を差し出し降伏されるのはいかがでしょうか?」

「よく言った、策敗れたならその血を以ってあがなう覚悟は見事、その首を以って許してやろう!」

 ここまでもやはり予定通りだった、そんな事で簡単に許されると思っている辺りがバカ過ぎて話にならないのである。
 剣を抜き近寄ってくるオスカーに対し、エレンは目を閉じ覚悟を決めたように跪き最後に呟く。

「血に飢えた死神が私の首のみで満足する事を心よりお祈りしておきます」

 その一言により振り上げた剣をピタリと止めた、貧相な小男としか見えないテオドールであったが、今回の戦術の裏にあの男がいるのであれば、数々の武勇伝も誇張ではなく真実の可能性が高いように思われる、『血に飢えた死神』そう表現されることもある男が、首謀者の首といって自分の従姉妹いとこの首一つで納得し矛を収めるであろうか?やっとそこに思いが至ったのであった。

「ふん、貴様の首で済む問題でもなかろう、今後の策はないのか?」

 プライドを保つのに精一杯であるが、自分で今後の展望については何も良策と言えるものが思いつかないのだろう、最後は人任せであり、側近も愛想をつかすか、戦死するかの二択に終わった今いよいよ頼れる者がいなくなってしまったというのが実情であった。

「ヴァレンティン将軍が推すグリュックは未だ5歳です、その即位を傀儡と感じ不平不満を持つ者は国内に相当数出る事でしょう、その者達を糾合し一大勢力を築けば対抗する事は可能でしょう」

 その策を聞くと少し考えるようなそぶりを示したが、有効性は確かに感じられ実行に移すべく踵を返し出て行こうとした。

「さらにもう一手あります」

 その一言でピタリと歩みを止めると、「あるならとっとと言え!」と苛立たし気に言い放ち策を言う事を促した。

「フェルディナントと和解し、オスカー様が正王、フェルディナントを副王とする二王体制を築くのです、そうすればフェルデナント支持派も糾合でき勢力は更に大きくなるでしょう、グリュックを打倒した後はさっさとフェルディナントも殺し余計な副王など廃止してしまえばよろしいのですから、大きな問題はないと考えます」

 自分が排斥したフェルディナントと組むという事に若干の抵抗感は感じた様子であったが、国内にはグリュックもオスカーも支持したくないフェルディナント支持派は確実に存在しており、亡命中のフェルディナントを公爵領に招けばフェルディナント支持派の糾合もしやすくなる、全てを失い亡命しているフェルディナントなどその気になればいつでも暗殺可能であり、恐れる相手ではない、そう考えるとその策もまた良策に思え彼の中で採用が決定した。
 今度こそ足早に退室して行くと、単純で極めて浅慮なオスカーと言う男に滑稽ささえ覚えた、王族であるというだけで人々にかしずかれ、いつまでたっても代替わりを認めぬ父を暗殺して公爵の椅子を手に入れると次は王の椅子を欲しがる、子供が次々に玩具オモチャを欲しがるかのようなその態度はまさに子供がそのまま身体だけ大人になったかのようであった。
 オスカーの異質さに薄々と気付いたエレンは古株の侍女を買収して聞き出したのであったが、細かな理由までは分からなかったが、先妻も刃傷沙汰の末殺害したとの事で、精神に欠陥を持っているとしか思えない節があった、しかしその欠陥を理解してしまえばコントロールは比較的楽であり、王座に就くための方針として語ったエレンの言葉通りに面白いように動いてくれた。
 最初は殺されないため、保身のためのコントロールであったが、偉大なる公爵様を自分の意のままに動かす事に次第に快感を覚えるようになっていった、狂人に係わる事によって少しづつ狂っていった結果だったのか、それとも狂わなければ精神の均衡を保つことが出来なかったのかは分からないが、現在彼女は数か国を巻き込む動乱の中心にいる快感をその身に感じその高揚感で溢れんばかりの満足感を感じている事は事実であった。結果より動乱が起きているという過程だけで満足しており最早結果などどうでもよくなっていたのである。
 王族なんて言って偉そうにしていても、バカしかいないと思うとおかしくておかしくて仕方がなくなってしまった、果たしてフェルディナントはどのような人物なのであろうか?提案を真に受けてノコノコ来るような頭がお花畑のような人物であれば面白いを通り越してもう少しマシなシナリオを書けと言いたくなるところであろう、断るとしたら現実が見えていない人物とも言える、どういう返答をするのかそれが楽しくてしょうがなくなっていた。



 カリンティアに送った急使の持ち帰った返答は非常にオスカーとエレンを満足させるものであった、オスカーの提案を全面的に受け入れ、打倒グリュックを目指し共に戦おう、勝利の暁には副王としてオスカーを全面的に支えるというものであった、その内容をオスカーは単純に内容通りに受け止め小躍りせんばかりに喜んでいた、エレンは逆にその内容に明らかな陰謀の臭いを感じ取り、どのような策謀を練ってこのヘロナに乗り込んでくるのかをこれまた小躍りせんばかりに期待していた。
 結果的にヘロナを訪れたフェルディナント一行を見たオスカーとエレンは同様に喜んで見せた、その喜んだ理由は全く異なっていたが、喜んでいるのは芝居ではなく本心からのものであった。

「オスカー陛下、陛下を支えるべく1万の兵と共に参りました、共に打倒グリュックを目指し戦いましょう!」

 1万の兵力をどこから抽出したのかその時点では理解できなかったが、身一つでやって来ると思っていたフェルディナントが多数の兵を引き連れて来訪するその予想外の事態に、オスカーは単純に1万の兵力の増強を喜び、エレンは公爵領を乗っ取るフェルディナントの意図に気付き、全く異なる理由から喜びの感情を露わにした。
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