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第七話 ブッカーズ・ダイナソー
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三月も下旬を迎え、春休みともあって、店頭は連日のにぎわいを見せている。
先週から始まった春のスペシャル・イベント第二弾、その名も『ブッカーズ・ダイナソー』は、めでたくも、私の提案が初めて採用されたものだ。大倉様直伝の貴重なトピックスの中からえりに選ばれ、王座を勝ち取ったのは恐竜たち! 恐竜絶滅の謎に迫る本から、新発見の肉食恐竜までほぼもれなく掲載された図鑑、『ナショナル・ジオグラフィック』の特集号など、ちびっ子から本格派のマニアまで満足させられるようにと願って、新刊本も交えて幅広く取り揃えた。
さらに、他の売り場ともコラボして、恐竜系コンピューター・ゲームのソフト類、恐竜仕様のレゴブロックやカードゲーム、ジグソーパズルまで網羅して、書籍コーナーの入り口にずらりと並べた。まさに、総合リユース・ショップであるブッカーズの強みが総動員されたと言ってもいい。
売れ行きのほうも悪くなくて、店内の色々なスタッフからもお褒めの言葉をいただいた私は、調子に乗って珍しく張り切った。今年、国内各地の博物館や展示場などで開催予定の、恐竜に関する博覧会やイベントの情報をまとめてフライヤーを作り、『ダイナソー』コーナーに設置してみたりなんかもしたのだ。もちろん、ギガントな竜脚類アルゼンチノサウルスの、インパクトたっぷりのイラストも添えて。
こんなにポジティブシンキングで仕事をしたことは、私史上、一度もなかったかもしれない——正午過ぎ、そんなことを考えながら私はレジに立っている。隣でせっせと買取の査定をやっている店長の、あの強力な「お仕事ビーム」視線も、しばらくは余裕でかわせるかもしれない。そう思うと、密かにほくそ笑みたくなってしまうのだ。
「これ、ください!」
にやにや顔をあわてて引き締めた私の前に、小さな女の子が、重そうに一冊の本を差し出した。カウンターの上に鎮座しているのは、我が『ブッカーズ・ダイナソー』の看板商品のひとつ、大型のカラフルな恐竜図鑑だ。そして、図鑑の上には、酒井美史特製の恐竜イベントチラシまで乗っかっているではないか。
「わたし、二年生になったら、恐竜のお勉強始めるの、ホウカクテキに。ね、ママ?」
「ん?」と、私。
「ホンカクテキに、ね」
得意そうに宣言する愛娘の隣で、ママがおかしそうに微笑んでいる。
「お買い上げ、ありがとうございます。その『恐竜イベント・スケジュール表』は、ご自由にお持ち帰り下さい。アルゼンチノサウルスの塗り絵をしてみるのも、楽しいですよ」
「わーい!」と無邪気に喜びを表す少女の姿に、思いがけないごほうびをもらったような気がして、うれしかった。寒い二月に、ふうふうとお汁粉ジュースをすすりながら、スタッフルームでみんなと激論を交わした甲斐があったというものだ。かなり緩めの論調ではあったけれど。
……そして、何よりも、大倉様のご厚意を無駄にせずにすんだことに、私は、心から安堵している。
お客様が少し途切れて、レジスターの釣り銭をチェックしていると、「あのぅ……」と、遠慮がちな声がした。
「いらっしゃいませ」
「……なかなか盛況のようですね、『ブッカーズ・ダイナソー』」
——誰だろう?
濃紺のスーツに身を包み、襟元には深みのある臙脂のネクタイ。髪は、さっぱりと短めに整えられている。
「少しはお役に立てたのかな、なんて……」
——えっ、まさか! 嘘でしょ?
懐かしいこの声に、見たこともない、フォーマルな姿。
私は、笑顔を作ることなんかすっかり忘れて、食い入るようにその人の顔を睨みつけてしまった。 (続く)
先週から始まった春のスペシャル・イベント第二弾、その名も『ブッカーズ・ダイナソー』は、めでたくも、私の提案が初めて採用されたものだ。大倉様直伝の貴重なトピックスの中からえりに選ばれ、王座を勝ち取ったのは恐竜たち! 恐竜絶滅の謎に迫る本から、新発見の肉食恐竜までほぼもれなく掲載された図鑑、『ナショナル・ジオグラフィック』の特集号など、ちびっ子から本格派のマニアまで満足させられるようにと願って、新刊本も交えて幅広く取り揃えた。
さらに、他の売り場ともコラボして、恐竜系コンピューター・ゲームのソフト類、恐竜仕様のレゴブロックやカードゲーム、ジグソーパズルまで網羅して、書籍コーナーの入り口にずらりと並べた。まさに、総合リユース・ショップであるブッカーズの強みが総動員されたと言ってもいい。
売れ行きのほうも悪くなくて、店内の色々なスタッフからもお褒めの言葉をいただいた私は、調子に乗って珍しく張り切った。今年、国内各地の博物館や展示場などで開催予定の、恐竜に関する博覧会やイベントの情報をまとめてフライヤーを作り、『ダイナソー』コーナーに設置してみたりなんかもしたのだ。もちろん、ギガントな竜脚類アルゼンチノサウルスの、インパクトたっぷりのイラストも添えて。
こんなにポジティブシンキングで仕事をしたことは、私史上、一度もなかったかもしれない——正午過ぎ、そんなことを考えながら私はレジに立っている。隣でせっせと買取の査定をやっている店長の、あの強力な「お仕事ビーム」視線も、しばらくは余裕でかわせるかもしれない。そう思うと、密かにほくそ笑みたくなってしまうのだ。
「これ、ください!」
にやにや顔をあわてて引き締めた私の前に、小さな女の子が、重そうに一冊の本を差し出した。カウンターの上に鎮座しているのは、我が『ブッカーズ・ダイナソー』の看板商品のひとつ、大型のカラフルな恐竜図鑑だ。そして、図鑑の上には、酒井美史特製の恐竜イベントチラシまで乗っかっているではないか。
「わたし、二年生になったら、恐竜のお勉強始めるの、ホウカクテキに。ね、ママ?」
「ん?」と、私。
「ホンカクテキに、ね」
得意そうに宣言する愛娘の隣で、ママがおかしそうに微笑んでいる。
「お買い上げ、ありがとうございます。その『恐竜イベント・スケジュール表』は、ご自由にお持ち帰り下さい。アルゼンチノサウルスの塗り絵をしてみるのも、楽しいですよ」
「わーい!」と無邪気に喜びを表す少女の姿に、思いがけないごほうびをもらったような気がして、うれしかった。寒い二月に、ふうふうとお汁粉ジュースをすすりながら、スタッフルームでみんなと激論を交わした甲斐があったというものだ。かなり緩めの論調ではあったけれど。
……そして、何よりも、大倉様のご厚意を無駄にせずにすんだことに、私は、心から安堵している。
お客様が少し途切れて、レジスターの釣り銭をチェックしていると、「あのぅ……」と、遠慮がちな声がした。
「いらっしゃいませ」
「……なかなか盛況のようですね、『ブッカーズ・ダイナソー』」
——誰だろう?
濃紺のスーツに身を包み、襟元には深みのある臙脂のネクタイ。髪は、さっぱりと短めに整えられている。
「少しはお役に立てたのかな、なんて……」
——えっ、まさか! 嘘でしょ?
懐かしいこの声に、見たこともない、フォーマルな姿。
私は、笑顔を作ることなんかすっかり忘れて、食い入るようにその人の顔を睨みつけてしまった。 (続く)
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