カパチタ・アッロガンテ

うー

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第一話

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 五月五日

 入学式を終えてから一ヶ月少し経った。一ヶ月も経てば学友同士の仲は深まるはずだが、やはり俺には誰も話しかけては来ない。それも仕方の無いことなのだが、こうも一人だと流石に悲しくなってくるものがある。
 思えばここ一ヶ月、授業での発言以外にはまともに喋っていないし、カパチタを使える雰囲気もない。本当に脳にチップを埋め込まれたのだろうか、と思えてくるほどだ。
 休み時間になり、机に肘をつきながら考えていると、次の授業の為、黒板の文字をを消したり、教科書を教卓に出して、準備をしている熊子先生が声をかけてきた。
「鬼塚君、何か悩み事でもあるのですか?」
 相変わらずクール、というか無表情な人だが観察眼は鋭いようだ。俺はカパチタが未だ使えない事を伝えた。
「カパチタの発生条件は人によって違いますし、本当に様々です」
 様々、か。頭の中では理解しているが、中々それを納得出来ない自分がいる。勿論、色々試してはいるのだが悉く発動しない。
「これから長い間、一緒に勉学に励むのですから、鬼塚君のペースでやればいいと思います」
 そこで授業の始まりを合図する鐘の音が鳴り響いた。次の授業はカパチタを実際に使ってみるものだった。

 教壇に熊子先生が立ち、自身の能力を発動させた。フィンガースナップで音を鳴らすと、徐々に室内の気温が下がっていくのを感じた。口からは白くなった吐息が吹き出てくるようになっていた。
「カパチタは鍛えることによって強化されます。火が起こせるカパチタは自分の意思で、火の調節や更に鍛えていくと爆発も起こせるようになるでしょう」
 再び熊子先生が指を鳴らすと、室温は戻っていったのか、寒さは感じなくなった。カパチタは本当に興味深いな。
 一度発生させてしまえば、カパチタは自由に使用出来るようになるのだが、発生はまだまだかかりそうだ。今回の授業は眺めている事しか、出来ないようだ。しかし本当に色々なカパチタがある。右隣に座っている女子は、物質を浮遊させる力のようで、消しゴムを浮かばせていた。前の男子は腕が鉄のような色に変色している。硬化か何かだろうか。

「さて、大半の方の能力も分かったところで、一つ報告があります」
 熊子先生は黒板に大きく文字を書き始めた。意外と字が汚いのは置いておいて、黒板には実戦授業と書かれていた。
「カパチタは軍事転用される事があります。その為カパチタ保持者グアダニャーレが軍務に就くのも少なくありません。その際、カパチタを有効活用出来るように、戦闘向きのカパチタ保持者には実戦授業を行います」
 実戦授業か。熊子先生は説明を続けた。どうやら複数の教師が立ち会うようで、命の危険もあり、辞退も出来るようだ。
 しかも戦闘型のカパチタ保持者は一のAには多い。スクールカーストの順序を決めてしまう結果にならなければ良いが、そこは難しいだろう。皆自分は優秀だと思い込んでいる者は多い。
「それでは皆さん移動しましょう」

 国立第四カパチタ育成学校 戦闘訓練場

 訓練場はまるでステージのようになっていた。観客席が四方にありその真ん中には石畳で造られた舞台があった。
 戦闘向きである学友はステージの真ん中に集められ、そのほかの支援向きなどのカパチタ保持者は観客席から見ることなった。俺も観客席側だ。

 熊子先生の説明が終わったのか、二人の学友が舞台の上に登った。何やら武器を持っているようだ。
「武器を持つことでよりカパチタの発生をスムーズに行うことが出来ます。戦闘向きではない方達も自身の能力に合った物を使うと同じような効果があります」
 一度試してみてください、と熊子先生はこちらを見ながらそう言うとすぐに二人の方に向き直して実戦授業を開始した。
 槍を持つ方は自身の行動速度を上げるカパチタ、もう片方は日本刀を持っており火を扱うカパチタのようだ。
 カパチタは脳に埋め込んでいるため、自分がそのカパチタを使っている姿を想像して武器を振るうと実際に同じような事が出来るらしい。信じられない話だが、カパチタとはそういうものなのだ。

 舞台の上の二人は初めての実戦という事もあり、ぎこちなくカパチタを発生させている。やはり傷付ける可能性があるものを持っているという事も大きいようだ。
 常識のある人間は他人を故意に傷付けるような事はしない。もし刃物を持っていたとしても、丁寧に扱うだろう。だがもし常識のない人間、他人を傷付けるのを躊躇わない人間が武器を持ったとしたらどうなるだろう。答えは簡単だ。
 熊子先生のそこまで、と言う声と同時に二人の動きは止まった。二人とも疲れた様子でその場に座り込んだ。どうやらカパチタを使うのはかなり疲れるようだ。慣れていないというのもあるだろう。次に呼ばれたのは、がたいがよく髪を後ろに流してオールバックにした褐色肌の男子と、気の弱そうな細身の男子だった。
「よろしくさん」
「……」
 がたいのいい男子の挨拶に、細身の男子は無視をした。内気な奴なのだろう。しかし、がたいのかいい男子は、特に怒ることもなく肩を竦めた。
「俺は柊ってんだ、お前は」
「……」
 相変わらず無言を突き通す細身の男子は、何も発さず手にナイフを構えた。
 ヒュー、と口笛で挑発すると、柊と名乗る男はメリケンサックを指にはめた。遠くからでも柊の立ち振る舞いを見れば、喧嘩慣れしているのはすぐに分かった。
「それでは、はじめ」
 熊子先生が合図をしたがどちらも動かない。柊はポケットに手を入れ、相手がどう動くのかを見極めているようだった。数分が過ぎたがどちらも動く気配はない。痺れを切らした柊はため息を吐きながら、地面に手をついた。すると指の先から舞台の地面にヒビが入った。
 熊子先生も驚くように目を見開けた。どうやら凄いようだ。
「ノーム」
 柊が地の精霊の名を発すると、地面が割れ始めて、細身の男子をその割れた地面の中へと飲み込んでいった。すぐに熊子先生がそこまで、と止めた。
「柊君、凄いですね、まだ一ヶ月だと言うのに」
「まっ、本気でやりてぇならこれぐらいは自分で見つけなきゃいけねぇもんだろう。予習復習は当然の事だろ?」
 そう言った柊は笑みを浮かべながら、こちらを見た。挑発するように中指を立てて、クイクイ、と指を動かした。なるほど、安い挑発だ。
「……」
「来いよ鬼塚、能力無しでやり会おうぜ」
 実戦授業だが、熊子先生は特に引き止めることは無かった。それならば断る理由はない。こちらに合わせてカパチタ無しでやってくれると言うのだから。
 俺は観客席から舞台へ飛び降りた。離れたところで見ていて分からなかったが思ったより柊は大きく、彼を見上げた。
「最初からお前が気に食わなかったんだよ。湿気た面しやがってよ、ぶっ潰してやるよ」
「……この顔は元からなのだが」
 熊子先生も意外と荒いようで、ワクワクとした表情を浮かべるとすぐに始め、と合図をした。先程とは違い、柊はすぐに殴りかかってきた。どうやら本当にカパチタは無しのようだ。ありがたい事だ。
 真っ直ぐ胸に向かってきた大きな拳を、ボクシングで使うスウェーのように、上半身を仰け反らせて避けつつ、柊の膝に蹴りを放った。
「? もしかして、今のは蹴りか?」
 嘘だろ、よろめくどころか全く効いていないようだ。反撃のケンカキックを顔に貰いながら、俺は後ろに倒れた。流石にブーツのケンカキックは痛い。
「一発で鼻血タレかよ」
「ってぇ……」
 鼻血を袖で拭きながらすぐに立ち上がった。一応、俺も喧嘩は慣れているはずなのだが、勝てる気がしない。それほどまでに柊から、圧が感じられる。一言で表すと強い。
 さぁ、どっからでもかかってきな、と中指を立て再び挑発された。少し腹が立ってきた。顔を蹴られて鼻血を出されて、また挑発をされる。
「……久しぶりに頭に来たぞ」
「へへ、チャイムの時間までまだまだ時間はある、拳でレッツコミュニケーションって洒落こもうぜ!」
 そこからはお互いただ殴りあっていた。避けもせず、蹴りもなく本当に拳を交換しあった。やはり振り下ろされる拳は効く。
 体感時間は10分ぐらいだったが、既に一時間が立っていたようだ。チャイムの音でお互いはっ、と引き戻された。
「よし、終わるか」
「……だな」
 お互い顔を腫らしながら舞台から降りていった。何事も無かったかのように。

「鬼塚ぁ、お前いい表情かおしてたじゃねぇか」
 学校の出入口にある自販機の前で、缶コーヒーを柊に奢ってもらい、二人で飲んでいた。やはり語り合う(ただし拳で)のはいいものだ。
「お前、まだカパチタが発生しねぇんだろ? 悩んでる顔が湿気てんだよ」
「……そんなに顔に出てるか?」
 確かに柊の言う通りだ。悩みが顔に出ていたようで、俺はどうにもすぐに、顔に出てしまうタイプなようだ。
 二人でカパチタについて話し込んでいると、救急箱を持った熊子先生が歩いてきた。少し怒っているようにも見える。
「鬼塚君、柊君、拳で語り合うのも結構ですが、傷の手当はちゃんとしてください。大事になっても知りませんよ」
 二人で熊子先生から手当を受けながら、柊の拳と自身の拳を打ち合った。それを熊子先生は呆れた顔でため息を吐いたが、どこか嬉しそうだった。

 こうして、俺に一人の友人が出来た。柊という粗暴で荒くれ者だが、漢という言葉が似合う人物だ。しかし、それはそれで、カパチタの実戦授業だという事を忘れて、殴り合いに興じていたため、肉体コミュニケーションの授業ではなく、カパチタの授業です、と熊子先生にこってりと叱られてしまったのはまた別の話であった。
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