紫煙のショーティ

うー

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冒険者協会

第三話

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「おい起きろ! 朝だぞ! おい! 邪魔だお前ら! 酒くせぇんだよ!!」
 そんな大声と共に、私は目を覚ました。頭がガンガンして気分が悪い。吐きそうだよ。横を見るとアイを挟んで一つのベッドで私を含めて、三人で寝ていた。アリスさんはアイに抱きついて寝ており、私はアイのお腹を枕にしていた。
 朝から元気がいいアイは私が起き上がると同時に、アリスさんを起こさないようゆっくりと解きながら、窓を開けに立ち上がった。そして、胸ポケットからタバコを取り出してマッチのようなもので、火をつけて吸い始めた。その見た目でそれは日本じゃ見られないね。
「アイは子供らしくないね」
「ああん? 何だよ急に」
 灰を窓の外に落としながら、アイはこちらを向いた。そう、彼女は私の言葉が少しおかしかったのか、片眉と口角を上げて首を傾げた。
「何ていうか、私の子供時代とは随分と違うからさ」
「はん、んなもんは人それぞれじゃねぇの? 軽々しく口に出来るような人生を歩んでるわけじゃねぇんだろ? お前も、そこでヨダレ垂らしながらだらしなく酔い潰れてるそいつも」
 へぇ、意外と人を見ているようだね。この子はただの子供じゃない。人を見る目は一級品のようだね。
 私もタバコに火をつけて、正解、という意味を込めて煙を輪っかにして噴き出した。察しのいいアイは過去については、何も詮索してこなかった。
 昨日はあまりにも酷い子だな、と思ったけどいざ少し話してみると口はかなり悪いけど、頭は悪くなく頭の回転は早い。
「さて、さっさとそこの酔っ払いを叩き起して冒険者協会に連れてけよカス!」
 今の声で目が覚めたのかうるさいわねぇ、と頭を抱えながらアリスさんが起き上がってきた。やっぱり二日酔いだった。アイの罵詈雑言も無視して部屋に置かれている水瓶の水を、浴びるように飲んでいた。
 私も二日酔いだけど、アリスさんほどではなかった。アイはそれを不思議そうに見ていた。彼女はお酒を飲まない、タバコはやるけどお酒はやらない。
「なぁ、酒ってそんなに美味いのか? レオンもよく飲むんだけどよ」
「……まだまだお子様ね」
「うるせぇ飲んだくれ!」
 本当にやめて、とアリスさんは眉をひそめながら、辛そうに私の胸に倒れ込んできた。あぁ、これはガチの二日酔いだね。吐くよ、多分。
 とりあえず、アリスさんを部屋で寝かせながら私とアイは冒険者協会に行くことにした。昨夜とは違い町は静かで、人も疎らだった。あんなに沢山いた人達は今頃布団の中なのかな。
「それしにてもよ、お前アタシにそっくりだな」
「そうなんだよね。レオンさんにも間違われたよ」
 あのクソネコ、とため息を吐くアイは自然と路地裏へと入っていこうとしていた。ちょっと待って、と止めると不思議そうな顔をして、首を傾げた。
 あ、なるほど、方向音痴ってこういうことなのかな? 何処に行こうとしていたのかを問いかけると、さも当然かのような口振りでだってこっちだろ、と答えた。
「違う、絶対違う! あっちだよあっち! 町の中央だよ!」
「はぁぁ!? こっちだろ!! 方向もわかんねぇのかよクソが!!」
 ほら行くよ、半ば無理矢理アイの手を引っ張っていくが、嫌がる彼女を見て立ち止まった。あっちはダメだ、と本当に嫌がっているんだよ。もう、とため息を吐くと同時に大きな音がした。町の中央部分に土煙のようなものが上がっていた。
 見に行ってみると、屋根に掲げられていたであろう大きな看板が地面に落ちており、幸い怪我人はいなかった。
 そこで私はアイは方向音痴じゃなくて、危険な道を避けて通るにつれて目的地に辿り着けなくなっているんじゃないかな、と感じた。
「アイもしかしてこれを知ってたの?」
「……知ってたっつうか、感じたっつうか、こっちは危ねぇ感じがしただけだし」
 彼女のおかげで危険な目に遭うのを避けられたのかもしれないね。私はアイの頭を軍帽の上から撫でた。満更でもなさそうな顔を見て、近所の小学生を思い出してしまった。あの子は今頃中学生かな?
「やめろよ、ガキじゃねぇんだから」
「可愛らしいね」
「うるせぇ! 殺すぞ」
 手を弾きアイは少し照れながらそう大きな声を言った。なるほど、ツンデレか。ツン要素が強めだけどね。
 私達は看板の残骸の横を通り、町の中央広場を抜けると、冒険者協会と掲げられた建物を見つけた。我々は自由だ、という文字があった。けど自由には責任が伴うってフロイトも言ってたでしょ。まぁ、モンスター退治は民衆も助かってるようだし、責任は果たしてるのかな?
「レオンさんいるかな」
「居てもらわなきゃ困るぜ?」
 心做しか、アイは嬉しそうだった。彼女はレオンさんの事が大好きなようだ。まぁ簡単に言えば、レオンさんはお父さんみたいな感じかな、優しそうなお父さんだね。
 私達は建物の扉を開けると、朝だというのに沢山の人がいた。皆冒険者なのかな? 丸いテーブルを囲むように座って談笑したり、大きな掲示板に貼られている紙を見ていたり、奥の大きな門の向こう側ではモンスターの受け渡しなどを行っていた。
 レオンさんはテーブルに座り、虎の頭を持つデミヒューマンと喋っていた。
 アイを見ると何やら顔を筋肉をほぐし、表情を作っていた。可愛らしい年相応の顔、幼い笑顔を作っていた。そして、レオンさんの方へと走っていき首元に抱き着いていた。
「見つけたよレオーン!」
 今まで年齢の割に低くドスの効いた声を出していたアイが高く、見た目相応の甘えた声を出していた。私は開いた口が閉じる事が出来なかった。今まで散々死ねやらクソやらカスやら言っていた子が、人が変わったんだ、呆然とするしかないよ。
「あ、こらアイ! 今までどこいってやがった! 心配したんだぞー?」
 親バカなのか、レオンさんはよしよしとアイの頭を撫で始めた。顔が危ないよレオンさん、とろけてるとろけてる。
 アイはちらっとこちらを見て「言うなよ」という視線を送ってきていた。言わないよ。流石にそれを見せられて、言えるわけがないよ。
「お、アイリス、アイを連れてきてくれてありがとうな」
「あ、うん、それはいいんだけどさ」
「アイリスー! ありがとう!!」
 レオンさんに見えず、私にしか見えない位置にいるため、表情がよくわかるけどとてつもなく面倒そうな顔をしていたアイが、そんなことを言うもんだからついつい苦笑いしてしまったよ。
「それにしても、さっきすげぇ音がしてたが、大丈夫か?」
「ははは、町のあちこちが築百年以上だからなぁ、いつ壊れてもおかしくねぇわな」
 虎頭は椅子に置いていた荷物を纏めると、席をあとにして私に譲ってくれた。ありがとう、と言うと手を振りながら建物を出ていってしまった。気を遣ってくれたようだね。
 アイとレオンさんは合流できたし、私はどうしようか、席を譲ってくれた虎さんには悪いけどね。あ、そう言えば武器屋に寄らなくちゃ行けないんだった。ヴラジールだったっけ?
 アイとレオンさんには行くところがある、と伝えて冒険者協会の建物を出た。さて、ヴラジールはどこだろうね。私はタバコを吸いながら歩き始めた。歩きタバコは本来ダメなんだけどね、仕方ないよね。
 私はヴラジールという店を探すついでに、人の少ないアシュタドラを散策することにした。こうやって一人で行動するのは、実に久しぶりだよ。今まではアリスさんと一緒に行動していて、一人で歩いていると日本にいた頃を思い出すよ。
 毎朝堤防沿いをジョギングしていたし、休みの日もどこかに出かけるかゲームをしていた。常に一人だった。孤独だったわけじゃないけど、一人は気楽だよ。誰かに合わせる必要も無いし自分を偽る必要も無い。だから、アリスさんと一緒にいるのはとても楽しい。合わせる必要も偽る必要も無い。ありのまま、素の自分でいられるからね。でも、たまに思うんだよね。アリスさんが私に合わせてくれるんじゃないか、アリスさんが自分を偽っているんじゃないかってね。もしそうなら、私は嫌だな。

 私は海が見たくなり、港の方に歩いていった。潮の香りがいい感じだよ。何本もの帆が次第に近くなってくる。そういえば、レオンさんが帝国の軍港って言ってたけど、確かに帝国の船、ドイツ式のエスカッシャンの外側に向かって、二匹の馬が立ち上がっている紋章だった。
 岸壁に停泊している帝国の船の上では、兵士達が木箱やら樽やらを積み込んでいた。忙しくしている様子はなく、談笑やふざけながら作業をしていた。工事現場の職人達を見ている気持ちになるね。
 どこの世界でも似たようなものなのかな。一緒にバカをして笑う。笑う所へ福来たるは言うけど、あの人達はこれから戦場に行くのだろうか、だとしたら福なのかな?
「お仕事頑張ってねー!」
 手を振りながら兵士達に声をかけると、手を振り返してくれた。はは、愉快な人達だね。頑張ってね、せいぜい死なないようにこちら岸から願っておこうかな。
 あ、そうだヴラジールを知ってるかどうか聞いておこう。木箱に色々と詰め込んでいる兵士に問いかけた。
「ヴラジール? あぁ、町の端にでっかい煙突がある建物がそうだ。ほれ、こっからでも見えるだろ?」
 あれあれ、とここからでも見える煙突を指差していた。あぁ、あれだったんだ。でっかい煙突だね。サンタクロースも一苦労だね。
 私はその兵士にお礼を言い、その煙突を目標にして歩き始めた。新しい相棒を受け取るために。
「どんな武器だろ、ナイフかな? 銃かな? もしかしてクロスボウとか?」
 はは、マスケット銃も使えるんだけどやっぱり異世界っていったら剣だよね、武器屋のおじさんは優しい人だし、軽い武器作ってくれてそうだよね! 期待してるよおじさん!
 私の足取りは軽かった。やっぱり新しいものってワクワクするよね。そんな足取りだと、ヴラジールに着くのに長くはかからなかった。
 ヴラジール、とこの世界の文字で書かれた看板が扉の上にあった。ここで間違いないね。こそっ、と隙間から中を見ると、一人の男がやたらと分厚い剣を見つめていた。
「──博物館じゃねぇ、見るだけなら帰りな」
「あ、ごめんなさい」
 バレていたようで静かにそう言われ、謝りながら中に入っていった。火を使っているせいかとても暑い。無愛想な男だけど、どこかおじさんに似ている。
 こちらを一切見ない男はその剣を私に見せてきた。
「気になるか」
「うん、なんかヤケに珍しく分厚い剣だな、って思ってさ」
「言い方は稚拙だが凄い剣だ」
 え? この人説明下手? 凄い剣? 見たらわかるよ! 見たら凄い剣だって分かってるんだよ、それは分かってるんだよ。どういう風に凄いかを教えて欲しいんだけど。
 それにしても本当に分厚い剣だよ、まるで何十もの剣で重ねたような太さだよ。それにこの感じ、魔法? いや、魔術なのかな? それが感じられる。
「……はぁ、お兄さんボキャブラリーがないんだね」
「うるせぇ……そういやお前、もしかしてアイリスか」
 どうやらこの武器がおじさんの言っていた、新しい私の相棒だそうだ。え、私持てるのかな。
 男の名前はヴラジールと言い、この鍛冶屋の店主だ。私の事は武器屋のおじさんから手紙で知らされていたようだ。
「……こんな子供に、あのおやっさんが得物を作ってやるだなんてな」
「何かおかしいの?」
「当たり前だ、あのおやっさんが、何処の馬の骨かもわからない奴に、自身の技術をフル活用するなんざ考えられねぇ……お前何者だ?」
 お前何者、と言われても私はアイリスだよ。それ以上でもそれ以下の存在でもない、ただのアイリスだよ。元人間の、が付くけどね。
 とりあえず、ヴラジールさんに武器を持たせてもらうことにした。重そうな見た目に反して、意外と軽い。二リットルのペットボトル三本分くらいかな? それほど、想像以上に軽い。それでいて軽すぎず、手からすっぽ抜ける心配はなさそうだよ。
 四角い鞘から抜くと、太めの辞書が二冊分ほどの太さがある刀身が姿を現した。斬ることを目的としていないのかな? と思うほど分厚い。よく見ると何層にも重なっているようにも見えた。
「魔力を注いでみるんだ」
 言われた通りにしてみると、層になっている刀身がスライドしていった。重なっているそれは切っ先へとスライドしていき、長く薄い一振の、処刑人が使うような剣となった。
「一枚一枚高度な魔術を施しているそうだ。手に馴染むまで時間はかかるだろうが、使いこなせば今までにない最高の逸品になるはずだ」
「なるほどなるほど……一枚一枚……という事は一枚一枚を自由に組み合わせることが出来るって事なのかな?」
 物分りが早くて助かるな、とヴラジールさんは私から剣を手に取るとそれを様々な形に変化させた。
 元の形に戻して、鞘に納めたヴラジールさんはそれを私に渡してきた。大事に使えよ、と少しだけ笑みを浮かべた。
「……そんな代物をたった二十枚の金貨で譲るのはちょいと惜しい気もするが、な」
 ハチマキのようにしてタオルを巻いているヴラジールさんは、そう言いすぐにまぁ、おやっさんのやる事だしな、と呆れた様子だった。
 話を聞くと、彼はおじさんの弟子で独立したらしくて、時々こうやって武器の受け渡しなどを頼まれるそうだ。
「この町は良くも悪くも人が集まる場所だ、大概の冒険者はここに寄るからな」
 武器屋のおじさんはその界隈では有名な鍛治職人で、あらゆるニーズに答えてくれる凄腕の職人らしい。画期的過ぎて、並の職人では見ただけでは何をどうしているのかさっぱり分からないらしい。
 当然依頼は殺到しており、それでも私の武器を優先させるほどの何かを感じたんじゃないか、とヴラジールさんは私を見ながらそう言った。
「私の魅力に惑わされたのかな」
「それはないな」
「失礼だね」

 新しい相棒が私の元に来たし、アリスさんが復活したら冒険者協会に再び行こう。それで、お金を稼がなければならない。じゃないと食っていけないよ。とりあえず、今日の所はアリスさんと部屋でのんびりしておこう。多分、一日布団の中にいるだろうしね、部屋が吐瀉物まみれじゃなかったらいいんだけどね。
 そのちょっとした願望はすぐに裏切られる事となるのは、すぐに理解する事となる私だった。
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