紫煙のショーティ

うー

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帝国の獅子

第二話

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 アリスの状態は一向に良くならねぇ、フェーゲライン大佐が手を尽くしているが、それなりに時間がかかるそうだ。
 しかし、フェーゲライン大佐は不可解に思っていた。いくら魔法で治癒しても、まるでそれを拒否するかのように効果がない。どうなっているんだ、フェーゲライン大佐も流石に頭を抱えていた。
 打つ手無し、かと思われたが俺はある事をふと思い出した。万病に効く薬の存在をな。
 確かドラゴンの爪を煎じたものだったか? まぁ眉唾にも程があるし、ドラゴンなんざ滅多にお目にかかれるもんじゃねぇし、ドラゴンを討伐するのがどれだけ大変か、帝国の書庫をひっくり返さなくともすぐにわかる。なんせ、帝国はドラゴンに一度滅ぼされかけているんだからな? だが、偶然とは怖いもので、協会の掲示板に一枚の赤い紙が張り出されているのを見つけた。
 危険すぎる故に腕の立つ冒険者にしか受注する事が許されない通称、赤紙だ。
 依頼内容はドラゴンの撃退または討伐、か。また物騒な内容だな。だが、願ってもねぇ事だ。
 ハルワイブ王国の山岳地、帝国の敵国だな? 世界中の支部に出されているんだろう、何たって相手はドラゴンだ。魔王でさえ配下に出来ず、仕留め切れなかった存在の一つであり、天災級の活動を行うドラゴンが相手なんだ、師団規模じゃ腹八分目にもならねぇだろうよ。
 黎明の魔女ならやれるか? いや、あいつでも厳しいかもしれねぇな。だが、こんな時にあいつが現れねぇわけがねぇ。
 先日戦っていた国がハルワイブ王国なんだからな、そこにドラゴンが現れたとなれば出てこないはずがないだろう。
「この依頼はかの高名な、黎明の魔女様からの依頼となっております、明日の早朝にハルワイブ行きの船が出ますので、そちらの方にご乗船ください。より詳しい内容は魔女様からご説明があると思われます」
 明日の朝か、アイ達にはどう説明しようか。ドラゴン討伐に連れていくのは危険だし、アリスを見ている必要がある。
 俺は協会のテーブルで一人、腕を組みながら考えていた。一人で行くべきか、連れていくべきか。連れていくならアイリスだろうか、アイリスは力はあまり無いが素早い。ふむ、難しいな。
「考えても仕方ねぇな……」

 宿に帰ると、アイとアイリスがタバコを吸っていた。アリスは依然として目を覚まさないままだった。俺が帰ったのは夜が更けてきた頃だ、時間的に既に日を跨いでいる。どうやら二人はずっと起きていたようだ。
 二人は俺に気付くと、眠たそうな顔をこちらに向けてきた。
「おかえりー」
 俺は二人に休むように伝えた。最初は渋っていたが、何度か言うと俺が借りている部屋へと移動していった。
 ったく、誰かさんのおかげでてんやわんやだな、と口に出すと意外な事に、返事が返ってきた。
「……悪かったわね……」
「目を覚ましたのか」
 獣臭いと思えば貴方だったのね、と弱々しい声色でいつも通りの辛辣な言葉を投げかけてくるアリスが、荒い息で目を覚ました。
「……ねぇ、もし私が、目を覚まさなか、ったら、アイリスをお願いしても、いいかしら」
「……何言ってんだお前、それじゃまるで」
 自分の状態は自分が一番よくわかっているってか? ふざけんじゃねぇ、誰がそんなお願いを聞いてやるかよ。俺はアリスの側に立ち、彼女を見下ろしながら拒否した。
「何がなんでもお前を治してやる」
「……ふふ、ありがたい、わね……治してくれたら……名前を呼んであげるわ」
「ははは、なら頑張らねぇとな、いつまでも「獣」じゃ嫌だからな」
 俺はテーブルに置いてあった布で、アリスの額に流れる汗を拭おうとしたその時、ふいに仄かに甘い香りが広がった。
「前金、よ」
 アリスは顔を離すと、そう言い目を瞑った。ったく、自由気ままわがまま女王様だ。前金を貰っちまったからには頑張らなくちゃいけねぇじゃねぇかよ。
「……わかったよ、何がなんでも治してやるよ。だから、今はゆっくり眠れ」
 アリスの頭を撫でて、俺は椅子に座り目を閉じた。まだ甘い香りが残っていた。

 翌朝、目を覚ました俺は港へと向かった。ドラゴン退治だ。だが意外と足取りは軽く、恐ろしいという感情もなかった。戦争は嫌だが存外、自分が思うより戦いが好きなのかもしれない。嫌な事だが、亜人として生まれた性、か? ったくらこういう時は亜人に生まれた自分を恨むさ。
 アイリス達がこちらの部屋に来ていない、という事はまだ寝ているのだろうな。書き置きだけはしておこう。
 壁に立てかけていた愛剣を手に持ち、俺は部屋の扉を開けた。そこにはアイリスが居た。剣を手に持っていた。
「おはよう、レオンさん」
「おいおい、もしかしてお前も行くのか?」
 懐から赤紙を出したアイリスはこちらを見上げ、私も行く、と強い目でそう言った。どうやら、フェーゲライン大佐から色々と聞いたそうだ。いらねぇ事を。
「私レオンさんの足を引っ張らないよう頑張るから」
「……足を引っ張るとか、そんな話じゃねぇんだ。お前はまだ若い、危険すぎる」
「……それは分かってるよ」
「いや分かってねぇ」
 俺はアイリスの両肩を掴み彼女を諭そうとした。だが、目の前の女の子は首を強く横に振った。あぁ、こいつも強情だ。アリスと同じだ。最近の女は気が強くて仕方ねぇ。
「……ったく、連れていくのはいいが死ぬと思った時以外は勝手に動くなよ」
 ため息混じりにそう言うと、アイリスはぱぁっと、顔に笑みを浮かべた。
 起きてきたアイに事情を説明すると、了承したと言わんばかりに大きく首を縦を振り、アリスが寝る部屋でタバコを吸い始めていた。
 よろしく頼むと残して、俺達は港へと向かった。一際大きく目立つ、冒険者協会の船が帝国の軍艦の横に停留していた。協会の船は三層艦となっており、帝国の二層艦と比べるとその違いがよく分かる。それが指揮官用ではないというのがまた驚くべき所だ。金が有り余ってるんだろう、羨ましいばかりだ。
「船って初めてだよ!」
「あんまりはしゃぎ過ぎんなよ、遠足じゃぁねぇんだからな」
 船に乗り込んだアイリスは甲板から海を眺めていた。楽しそうだな。初めて乗った時は俺は船酔いで吐き散らしちまったからな。はは、懐かしいな。
 太陽が上がり切る前に舫は解かれた。アリス、待っとけよ。

 船が出航してから数時間が経った頃、俺はアイリスの剣の相手をしていた。彼女から申し出てきた、少しでも強くなりたいそうだ。
 アイリスの剣は魔力に反応して、あらゆる姿に形を変える事の出来るいわば魔剣だ。だがそれは剣士にとっては最悪の敵だ。なんたって長ささえ変えられるんだからな。
 アイリスのお気に入りは刀身をしならせ、まるで生きている蛇でも操っているかのような戦い方だ。
「なんつうか、すげぇなそれ」
「作ってもらったんだ! すごい良いおじさんだよ、レオンさんと一緒ぐらい」
 俺はおじさんじゃねぇんだがなぁ、と頭を抱えつつさぁ来い、とアイリスに剣を振るうように促した。
 遠近両方の攻撃が出来るというのは大きなアドバンテージとなり、それは使用者に余裕を持たせる。
 アイリスは落ち着いている方ではなく、どちらかと言うとすぐに焦る方だろう、だからこそ戦い方にも影響が出る。
 最初こそ、武器の性質を活かした戦い方をするアイリスだが、俺が捌いていくにつれて少しずつ単調になっていっている。そうなれば後は簡単だ。
 距離が少し離れていたが、アイリスの目線から次に何処に攻撃しようとしているのか、すぐに察する事が出来る。
 アイリスの目は俺の足に向けられており、アイリスの鞭のような剣も足を狙ってきた。どこを狙われているのかわかるのなら、それを躱すのも受けるのも容易い事だ。俺は自身の足を狙う蛇のような剣を踏みつけた。
「あっ!」
「わかりやすいんだよ」
 そこで、一度休憩を挟むことにした。ハルワイブ王国の港に着くにはもう少しかかる、焦ることは無い、と剣から足を離しながら自身の剣を鞘に納めた。
「はぁぁ、上手くいかないもんだね」
「はは、そらそうだ。初めから凄いやつなんざ一握りなんだからな」
「ちょっとずつ、なのかな?」
 皮の水筒で水分を取りながらアイリスは俺の隣に座った。汗をかきっぱなしはよくないぞ、と布を渡した。
「レオンさんは魔法とか使えないの?」
「ん、亜人は魔法の類は一切使用出来ねぇぞ? 俺達には魔力生成回路が備わっていねぇからな」
 へぇ、当たり前の事を初めて聞いたように頷くアイリスだった。こいつはたまに世間知らずな所があるな、アリスが居なかったらどうなっていたか心配しちまうな。
「でも私、魔法を使うのが怖いんだよね」
「魔法を? どうしてもまた」
「私の得意な魔法はなんて言うか、他人のトラウマを想起させちゃうんだ。けど、それを使ったら私のトラウマも思い出しちゃうんだよ」
 あぁ、そら恐ろしいな。けど、他の魔法も使えるはずだろう? と俺は首を傾げアイリスに問い掛けた。
 そうなんだけどね、とアイリスは体を前後に揺らしながら一呼吸置いた。
「一回怖くなっちゃうと他の事も出来ないんだよ。私はそういう臆病な女だからね」
「……そう言うな、簡単に人を殺せるような代物を簡単に使える方がどうかしてんだよ、剣術然り魔法然り、な? それに臆病な事は悪い事じゃねぇ、勇敢な奴はすぐに死んじまうからな」
 どれだけ優秀な部下が死んでいったか、若い芽が摘まれていったか、両手両足の指を使っても数え切れない。
 だから、せめて目の前の女には臆病なままでいて欲しいんだが、そういう訳にもいかねぇんだろうな。まっ、だからこそ俺が居るんだがな。
 アイリスは疲れたのか汗も拭かずにうとうとと頭を揺らし始めた。
 俺はアイリスを船内の寝室へと運び、とりあえず顔と髪の毛の汗だけを拭き取り、寝転がせた。すぐに寝息が聞こえてきた。
 ここまでアイにそっくりだと血の繋がりでもあるのかと疑ってしまうな。勿論、アイにやるような事は出来るはずがない。色々とまずいだろう。
 部屋を出ようと、ベッドから離れようとしたその時アイリスに腕を掴まれた。何かに縋るような、そんな力加減だった。振りほどくことは容易だ、だが少し可哀想な気がしてそれは出来なかった。
 さて、この寝顔の過去には何があったのか、何があったからあそこまで依存してしまうのか、気にはなるが聞けるはずもない。
 俺自身も疲れていたのか、少しだけ瞼が重たい。仕方ない、眠れる時に睡眠をとっていないと後々眠れなくなってしまうからな。今は、寝よう。
 俺はアイリスに腕を掴まれたまま、掛け布団に頭を置いた。明日の夕方にはハルワイブ王国に着いているだろうか、と頭の中で考えながらアイリスと同じように、俺もすぐに寝てしまった。
 
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