紫煙のショーティ

うー

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悪魔公と魔帝

第四話

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 私の役目は何? 世界を滅ぼす事? 世界を救う事? そんなのは分からない。私はただ自分が正しいと思った事をしているだけだよ。それが世界から見て、悪か善かなんてわからない、だってそんなの人それぞれだからね。

 私は真っ暗な空間に一人ぽつんと立っていた。おかしいな、さっきまで皆が居たのに、空に近い場所に居たのに。
 とりあえず、辺りを駆け回ってみる事にした。どこまでも続く暗い回廊。どこなのか、一体皆はどうなったのか、それだけが気になってしまう。もしかすると、あの後皆殺されてしまったのかもしれない。
 肺が悲鳴を上げ始め、私は立ち止まった。進めど進めど、闇が晴れることはなかった。息を整えるために、その場に座り込んだ。
 少しすると、奥の方から誰かが歩いてきていた。真っ暗で顔はわからない。
「やっ」
 聞きなれた声、いや、私の声だ。というか、私だ。目の前の人間は私だ。私がもう一人歩いてきた。
 その私は、髪が長く目がとても鋭い。まるでお母さんみたいだ。
「こっちに来るのは久々だよ、元気だった? 有栖」
「え、お母さん?」
「そうだよ? 何? ママの顔忘れちゃった?」
「や、そういう訳じゃないけどさ、なんで?」
 突然の事に私は理解が追い付かなかった。だって死んだ人だよ? この世界じゃない異世界で、おかしくない?
「そりゃぁアンタの魔力が私と似通っているんだからね! アンタが私を呼んだんだよ! 全く! 地獄でゆったりしてたのにさ!」
「お母さん、魔帝だったの?」
「え、そだよ? 言わなかったっけ?」
 知らないよ! そんな簡単に結構大事な事をサラリと言わないで! 全く、私のお母さんはいつもこれだよ。
 久しぶりの再会も感動、という事はなく似たもの同士の馬鹿同士では、涙すらでてこない。
「でも、私と会うってことは、アンタ、死んだの?」
「うーん……わかんない、でも多分、まだかな? 動いてない心臓を撃たれただけだし」
「いやそれは死ぬよ」
 はぁ、と長めのため息を吐くお母さんは、私の頭に触れてきた。そして私の中にある魔力や血液が、激しく活性化している。まるでグツグツと煮えたぎる溶岩のようだよ。
「アンタはまだ目覚めてない。けど魔帝の血が入り交じってんだよ? そこらの人間にやられるような、そこらの武器にやられるようなタマじゃないでしょ」
「凄い……これ、何?」
 私よりも明るい笑顔でお母さんは、ママからの後押しだよ、と言った。
 私の頭上には光が満ち溢れる。まるで私を照らしているみたいだ。
「目覚めなよ、アンタには魔帝の、私の血が流れてるんだよ? 力を、本当の力を解放しなきゃね」
 お母さんは優しく私を体を抱き締めてきた。いい加減で気分屋な人だけど、私は夢でも幻でもまたお母さんと会う事が出来て嬉しかった。だから──
「……お母さん、大好き」
「私だって有栖の事が大好きだよ! さぁ! 早く行ってきなさい! 最強の魔法使い魔帝アイリスの愛娘、その力のほどを世界に知らしめてあげてよね!」
 お母さんは、幼い頃から見慣れたニカっと元気な笑みを浮かべて、私の背中を押した。
 目の前が白い光に包まれ、眩しくて目を瞑ってしまった。

 目を開けると、そこには雲があった。あぁ、戻ってきたんだ。体をむくりと起き上がらせると、目の前ではドラクルとイウダが、激しい戦闘を繰り広げていた。
 いてて、と胸の傷を押さえながら立ち上がると、マリアがこちらに気付いた。
「ア、アイリス! その姿は一体……」
 ん、と自身の体を見れる範囲を見回した。まず、服装が変わっていた。第三帝国の軍隊が来ていたような軍服だった。アイの着ている服と似通っているね。いつの間に着替えたんだろ、そんな事を思っているとドラクルもこちらに気付き、目を丸くしたと思えば、すぐに興奮した様子で声を上げた。
「魔帝! その服はまさしく五百年前に貴様が着用していた服飾ではないか! あぁ! ようやく帰ってきたか! 我が盟友よ!!」
「なるほど、確かに強大な魔力だ」
 お母さん、黒好きだったもんね。それにしても、力が湧いてくるよ。私は魔剣を抜き、前に出た。
「ドラクル、後は私がやるよ」
「相分かった! 今の貴様なら何も心配はいらんだろう!」
 心底楽しそうに笑うドラクルは私の後ろに退き、私はイウダの前に立ちはだかった。
 やれやれ、と面白くなさそうに肩を竦めるイウダは剣を両手持ちに切り替えた。
「……私は見くびりはしない。我が名はイウダ! 推して参る!!」
 イウダの渾身の一撃だろう一閃を、私は指で受け止めた。自然と体が動く、まるで自分の体ではないような感覚だ、だけど私の意思で思う通りに動かす事が出来る。
 なに、とショックを隠し切れないイウダは目を見開けていた。それもそうだろうね。
「……次はこっちの番だね、行くよ」
 指を離し、距離をとるイウダに対して私は、魔剣を勢いよく縦に振るった。受け止めようとしたイウダの剣は、真っ二つに折れた。そのままイウダの肩から腹部にかけて一閃した。
「ぐぅっ──! この程度!!」
 それでも、血を出しながら折れた剣で迫り来る、イウダの気迫は凄まじいものだよ。だけど、それじゃ私には届かないよ。
 掌に魔力の塊である球体を作りだし、迫り来るイウダの腹部に向けて放った。
 遠くへと吹き飛ばされたイウダにゆっくりと歩み始めた。
「これが……魔帝の力……化け物めっ」
「あはは、化け物、ね。なんでお母さんが人を辞めたのか分かるよ、力を持っているだけで化け物呼ばわり、確かに嫌になるね」
 これでお母さんと一緒になれるんだとしたら、私は構わないよ。化け物と呼ばれようと、魔物と呼ばれようと、私は嬉しい。
「見せてあげるよ、私のすっごい力をね!」
 再び魔力を掌に集中させ、空に手を向けた。そこに巨大な球を作り、私はそれをどうしたいか想像しつつ解放した。
 魔力の球を分散させ、マリア達を囲むイウダの部下達をその魔力で、逃げ惑う兵士達の膝を撃ち抜いた。殺しはしないよ。苦しめるだけだよ、裁くのは私じゃない。
「……それほどの力を持っていて……なぜ、何処にも属さない」
 腹部を押さえながらイウダがそう問いかけてきた。何故、か。
 私は確かに流されやすくて、自分の行動も他人任せにしちゃう。けど、誰かに命令されるのはゴメンだよ。プライドはそこまで高くないけどね。
「私は私だけのものなんだよ。マリアの弟子だけどマリアの物じゃない、レオンさんの指示には従うけどレオンさんの物じゃない」
「っわからんな、それほどの、力があれば……思いのままだろう……」
「アイリス、そのぐらいでいいでしょう。彼の沙汰は私達に任せてください」
 マリアが私の肩を掴みそう言った。そうだね、彼を裁くのはマリア達じゃないとダメだよね。
 マリアはかろうじて残っていた部下にイウダとその配下の拘束を命じ、彼の反旗はその日に降ろされることとなった。
 しかし、問題が解決したわけじゃない。残る問題はまだ一つある。それは──
「さて、ドラクル、と言いましたか、私達の本来の目的は貴女です」
 そう、私達の目的はドラゴンの討伐であり、そのドラゴンはドラクルだ。
 ドラクルは腕を組み、私の横に無言で立っていた。黙ってはいるが、黙って殺されるはずもないドラクルは深いため息を、小さく吐いて私の方を見た。
「とは言え……貴女のような力を持つ者をそう簡単に討伐できるはずもありません、ここで提案なのですがハルワイブ王国と同盟を結びませんか?」
 マリアは笑みを浮かべながら提案し、言葉を続けた。次はレオンさんに向けての提案だった。
「そしてレオンハルトさん、私は帝国との停戦を求めます。ドラゴンと戦火を交えるのは、如何なものかと」
「なるほど……確かにドラゴン相手にうちの兵じゃ太刀打ち出来ねぇからな」
 いい考えじゃねぇか、と同じく笑みを浮かべるレオンさんだった。

 それからの動きは迅速だった。まず、ドラゴンの姿でハルワイブ王国の王様に謁見する事からだった。そこで正式にドラゴンとの同盟を結び、それを諸外国に広めた。勿論、それは対戦国である帝国にもだった。
 レオンさんやマリアが駆け回っている時、私はドラクルにドラゴンの爪を貰えないか相談してみた。
「ふむ、知り合いが魔力欠乏症に陥っているのか、アイリスの頼みなら仕方ないな」
 ドラゴンの爪には万病を癒す効能が本当にあるようで、昔それを知った狩人達に何度完成らしいだよ。
 さて、私の腕ほどある爪の使い方だけど、完全に粉末状にすり潰し、それを魔力と共に煎じると薬の完成らしい。
 試しに飲んでみたけどこれ凄い。なんていうか、身体中の擦り傷やらなんやらが、一瞬にして完治しちゃったんだよ。これならアリスさんもすぐに治るよね。
 そんな事を期待しながら、私は王城のマリアの私室のベッドに寝そべった。とりあえず、明日レオンさんもこちらに戻ってきて、一緒にアシュタドラへと帰る予定だ。
 アイとアリスさんに会えると思えば嬉しさで胸がいっぱいだよ。そういえばお母さんが勇者と一緒にいる時に、名乗っていた名前がアイだったそうだけど、何か関係のあるのかな? いや、あるんだろうね。
「はぁぁ……疲れました」
 少し空が暗くなってきた頃、すっかりと疲れた顔のマリアが扉を開け部屋に戻ってきた。その後ろには満足そうに笑みを浮かべる、ドラクルの姿があった。
 どうしたのかと聞くと、どうやら王様が中々見所のある人のようで、会話を花を咲かせたそうだ。その横で、マリアは気が気ではなかったようだよ。
「……アイリス、少し教練場に行きませんか?」
「なんで──わかったよ」
 突然のことだったが、マリアは真面目な顔をしていたため、三人で教練場に移動した。
 マリアは基本的に白いローブを着用していた。そして、魔法を使った戦闘を行う時に限りそれを脱ぐんだ。そして、今はそれを脱いでいる。という事は、そういう事だよね。
「……行きますよアイリス!」
 マリアは速攻をかけようとしたのか、お互いの戦闘準備が出来ると、すぐに火の玉を出現させ放ってきた。
 少し前なら受けるのが精一杯だったよ。けど、今は違う。
「なっ──!」
 その玉を掌で受け止める事が出来るんだからね。ちょっと熱いけど、なんのこともない。それを私は投げ返した。
 防壁を張り、防ぐマリアに向けて魔力の塊、私は魔弾って呼んでるけど、それを数発放った。使い勝手のいい魔法だよ、消費魔力も少ないしね。
 それをマリアは全て躱した。どうやら身体能力を魔法によって、飛躍的に向上させていたようだ。
 躱しきってすぐマリアは楽しい、とそう呟き笑みを零した。まるで無邪気な笑顔だよ。
「魔法使いの皇帝、魔帝……これほどまでとは……」
「随分と楽しそうだねマリア」
「こんな戦いが楽しくないわけがありません、最強の魔法使いと戦っているんですから!」
 こんな風に笑うんだねマリアって。とても楽しそうで、とても嬉しそうだ。
 それが私によるものだと言うことが、私自身も嬉しい。多分だけど、マリアは魔法を使って戦う事が好きなんだ、自分の実力をめいいっぱい出せる魔法が。
 お互い魔法の応酬を繰り返していると、暗かったはずの空に気付けば太陽が顔を覗かせていた。
「はぁ……はぁ……貴女の魔力は底なしですか……」
「そんな事ないよ、かなり来てるよ」
 でも、私も楽しいからね。疲れなんてどこかに吹き飛んでしまいそうだよ。
 多分だけど、お互い次が最後の一発になるだろうね。それほどの長期戦だ。ドラクルは腕を組み私とマリアの戦いを、静かに眺めているだけだった。
 私は手を空に向け、頭上に巨大な火の玉を作り出した。
「まるで太陽ですね……! それならこちらもっ!」
 マリアは驚きながら、私と同じような火の玉を作り出した。それはマリアが例えた通り、まるで太陽のような輝きを放ちお互いを照らしあった。
「行くよ!! マリア!!」
「行きますよ、アイリス!」
 ほぼ同時にそれを相手に投げつけ、玉と玉がぶつかり目の前では巨大な爆発が起きた。爆風と煙が晴れ、マリアを見るとその場に片膝をついていた。
「両者そこまで! 素晴らしい戦いだった、アイリスは未だ五百年前には遠く及ばんが強力だ。マリア、貴様も魔帝相手に奮闘していた、賞賛を送ろう」
 ドラクルが止め、そこで私も糸が切れたようにその場にしゃがみ込んでしまった。相変わらずマリアは強いよ。
 私もまだまだですね、とガクガクと笑う膝で立ち上がるマリアはゆっくりとこちらに近づいてくると、手を差し出してきた。
「……アイリス、私は貴女の師匠失格ですね」
「ううん、そんな事ないよ。私もまだまだマリアに習うことは多いよ」
 彼女の手を掴み笑みを浮かべた。二人を照らす太陽は完全に昇り切っていた。
 その日、私達はドラクルとマリアに別れを告げ、アリスさんの元へと帰った。

 薬をフェーゲラインに渡して、それをアリスさんに服用させるとすぐに目を覚ました。
 けど、アリスさんは魔法が使えなかった。一時的なものだろうと、皆で話していたけど三日経った今現在、アリスさんの魔力は戻らない。そう、彼女は普通の人間になってしまった。理由は分からない、けどそれはアリスさんにとってショックを受けるのに充分すぎる事だった。
 だけど、レオンさんはそんなアリスさんに付きっきりで心のケアを行っていた。
「心配すんな、魔法が使えなくとも守ってやるよ」
「……そう、ね。ありがとうレオンハルト」
 なんだろう、私はその光景が嫌だった。何故かは分かるよ、嫉妬、ただそれだけの簡単で醜い理由からだ。
 そうだ、この気持ちを伝えたらいいんだろうか? さりげなく伝えたらいいのかな、そうだ。彼女はどう思うのかな? 冗談だと思って笑うかもしれないけど、それならそれでいいかな。
 ──拒絶されたら、嫌だな──
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