紫煙のショーティ

うー

文字の大きさ
上 下
45 / 60
我が名はドラクル

第四話

しおりを挟む
 ──東方大陸、ザルモガンド王城──

「一体何をしている! 今すぐ兵を出せ!」
 慌ただしくなる城内、何が起きているのか理解出来ないまま、私はオスカルと目を合わせた。あまり良くない事が起きているみたいだけどね。
「どしたの?」
「帝国がザルモガンド王国の隔離区域に攻撃をしているのだ」
 攻撃、と言えば可愛らしいものだよ。他国が他国の町に進軍した際、攻撃だなんて言えない。そこまで入り込まれている時点で既に一方的になるものだよ。
 とは言え、今回の件は私にも非はあり、ここで見捨てるという選択肢を取る訳にもいかないしね。少しくらい手伝わなければならないだろうね。
「提督! 貧民街に突如としてドラゴンが出現しました!」
「ドラゴンだと?」
 ドラゴン、約五百年前に私のお母さんである初代魔帝が作り出した存在であり、地上に存在する生物の頂点に君臨する存在、それが現れたというのだから更に大慌てだよね。
 それにしてもドラクルが暴れでもしたらせっかく結んだ不可侵が水の泡になっちゃうし、私のやることも終わったし、さっさと撤退するのが賢明かな?
「アイリスすまん! 私は兵を率いて隔離区域の方に向かわなければならない!」
「私も行くよ」

 全てが遅かった、楽観視していた、そう自分を責める他がない。目の前に広がる光景を目にすれば、自分の友とも言えるし、大事な部下とも言える彼女が冷たくなっているのだから。
 倒れそうになってしまうのをオスカルに支えてもらいながら、彼女を見送ったであろうマティルダと一人の少女に近付いた。
 穏やかな顔で目を瞑り、もはや息をしていない彼女だったモノに縋り付いている少女、泣いているのかと思ったけどそうではなかった。
「帝国がやったのかな」
 目を伏せて怒りを抑えようと、眉間に皺を寄せている少女は、静かにザルモガンドの王城に対して指を指した。
 力を感じる、それもドラクルと同様に竜の力、そうか彼女は託したんだね。この子に。
「残念だね、ドラクルは私の──友達だったんだ」
「……お姉ちゃんは私のお姉ちゃんだったよ」
「そっか、君はどうしたい?」
 少女の目線に自身の目線を合わせながら、そう問いかけた。
 純粋そうな見た目に反して、その目付きはドラクルのそれと同じだ。力がそうさせたのか、はたまたそういう素質を持っていたのか、どちらでも構わないけど。
「もう、放っておいて……お姉ちゃんがくれたこの力を、汚したくないの」
「分かったよ。その力、大事にするんだよ」
 本来なら可愛い盛りでもおかしくはない年頃の女の子が、そんな事を言うもんだから少し笑ってしまったけども、それがこの子の望みなら仕方の無いことかな。ドラクルの送り人として、私は君の意見を尊重するよ。
「マティルダ、君はどうする? まだ私に付いてこれるかな?」
「……無理ね……」
「だろうね……目の前で親友を失ったんだ、仕方ない。責めるなんて出来ないね」
 そこに騎兵を引き連れたナグモさんが、息を切らしながら私達の前に現れた。
 すぐに下馬し、こちらまで歩いてくると深々と頭を下げてきた。
「すまない、全ては私の不徳のせいで起きてしまった事だ」
「いいよ、ナグモさんのせいじゃない、だけど部下の失敗は上司の失敗、戦国時代の将ならどうやって償うか、わかるよね?」
 周りの人は私の言う事が理解出来なかったのは仕方の無いことだけど、ナグモさんは私の言葉を即座に理解するとその場に座り込み、腰に携えている日本刀の柄を逆手で掴みながら引き抜いた。
「四十九年ほど長く生きている訳では無いが、この世界での事は一睡の夢のようなものだった……ふっ、まるで一盃の酒に等しいな……」
「ナグモさんはホントに謙信が好きだね」
 ふっ、と笑みを浮かべるナグモさんが自身の腹部に刀を突き立てようとしたその時、一発の弾丸がナグモさんの刀を弾き飛ばした。
「誰かは知らねぇがハラキリなんざ止めてくれよ、見ていて気分のいいもんじゃない、なぁアリス?」
「そうかしら?」
「あぁ、俺のアイがどんどん残酷になっていきやがる」
 黒煙が舞う貧民街の瓦礫の山から、三人の影と共に聞き覚えのある楽しそうな声が響いた。
 思考を巡らせなくても誰か、なんて事はすぐに分かる。そこは私の元いた居場所。
「……レオンさん、アイ、それに……アリスさん」
 久しぶりね、とウインクをするアリスさんは驚いているナグモさんに近付いて、まるで物でも担ぐかのように軽々しく肩に担ぎ上げた。
「貴女に死んでもらったら困るのよ、アイ、後は任せるわよ」
「任せなクソババア」
 この世界には似合わなさすぎるあちらの世界私の居た世界での、人を最も殺した武器とも呼ばれている武器、マスケット銃なんて、おもちゃの銃にすらなりかねないそれを持つアイは、去っていくアリスさんとレオンさんを追いかけようとする私を制止するように、私を見て久しぶりだな、と悲しそうに笑った。
「アイ、挨拶の前に一つだけ、手に持つそれは……」
「あぁ、これか? 魔法でお取り寄せたんだよ、こうやってな」
 アイは何も無い空間に小さな穴、文字通りの穴を開けるとそこにその武器を放り投げて、穴に手を入れると次は拳銃を取り出した。
「異世界への干渉って言ったらいいのか、便利な力だ」
 あの力はマズいと瞬時に理解出来る。あれは恐らくお母さんから聞いた魔法、だとすると何でも取り出せるし何処にでも移動出来る、神にも近い力さ。そして弱点は魔力の消費が激しい、逆に言えばそれだけであり、私と同じ姿をしている、お母さんの一時と同じ姿をしている、それだけでどれだけの魔力を保有しているかなんて考えたくもない。けど考えなくてはならないのが嫌になるね。
「私が言うのもなんだけど、チート過ぎるね……それで? 私達を撃つのかな」
「アイリス、あたしはお前を撃ちたくはねぇ……いくら敵対してるからって、道を模索せずには居られねぇんだよ」
 銃口を下に向けるアイはそう語った。私と戦わずに済む道、それは私か帝国が大人しく今回の戦争から身を引き、どちらかの皇帝の首が晒し台に乗っかった時さ。それ以外は火に油を注ぐだけなのさ。
「無理だよね、どう考えても、どう転んでも、もはや戦うしかないんだよ。今回の帝国が行ったこの虐殺が物語ってるじゃん? 私と仲良くしようとする者はこうなるんだぞ、ってさ……その結果ドラクルが死んだ、あぁ……そうさ、ドラクルが死んだんだ! それだけで! 私の友達が死んだその事実がこの戦争を止められないものへと! 更なる凄惨へと昇華させたんだ! アイ! もう言葉でグダグダ言うのはおしまい! 銃を構えて! 照準を定めて! さぁ、私を撃て!」
 そう、全ては手遅れなのさ。私が十三の階段を登って、あの断頭台に立たされたあの日がターニングポイントであり、あの日を避けられなかったのなら、もはや手遅れだ。あの日あの時あの場所で私は決めてしまった、決まってしまったんだ。
「そうか……ならもう何も言わねぇ!!」
 下ろしていた銃口をこちらに向けたアイは、躊躇なく引き金を引いた。弾丸は真っ直ぐ当たり前のようにこちらに飛んでくる。
 だけど見える。人ではなくなってしまった私には、弾丸が止まって見える。だから避ける事なんて簡単だった。
「オスカル! 皆を連れてあの海岸まで!」
「いいですけど、ちゃんと来てくださいよ」
 オスカルにそう言いながら目をやると、肩を竦めながらドラクルの亡骸を丁重に抱き上げて、マティルダと少女を連れて歩いていった。
「アイリスとは一度やってみたかったんだ!」
「へぇ! それは嬉しいねぇ! じゃあ出し惜しみなんて失礼に当たるね!」
 弾丸は見えるけどアイは根っからのガンナーではなく、魔法を操る剣士だ。弾丸と斬撃と魔法、この三つが組み合わされた攻撃を避け続ける事は至難の業だった。
 私は幻覚魔法等を駆使しつつアイに対して、あの大鎌で仕掛けるが、あの細っこい腕の何処にそんな力があるのか、全て受け止められてしまうのだ。
 出し惜しみなんて失礼とは言ったがそんな事をすれば、負けてしまうのは私の方だ。
 私はその膨大な魔力と少しかじった魔法の技術を、乱暴に振り回しているに過ぎない、簡単に言えば裏技でレベルを百まで上げたのは良いけど、肝心なプレイヤースキルが追い付いていないため、高火力な技を連発して放ち、一掃を狙うしか出来ないんだ、だからこそ逆に言えば一対多数なら振り払えば良いだけなんだけど、一対一なら逆に隙を突かれかねない。
 そしてアイは小柄であり、中々にすばしっこい。そしてトリッキーだ。剣で斬ろうとしたと思えば銃を撃つし、妙に引っ掛けが上手だ。性格が悪いとも言える。
「そろそろ息が上がってきてんじゃねーの?」
 はっ、はっ、と短い間隔の呼吸になっていた私は、アイの言う通り息が上がっていた。
 魔法を使いながらアイの弾丸を避け、魔法を相殺し、何十合と斬り結んでいるのだから、当然と言えば当然だった。
 それにしてもアイとの戦いは何故か心が躍る。自身と近しい存在だから? それとも同じ姿をしているから?
「アイリス、もしあたしが勝ったら……大人しく身を引いてくれやしねえか」
 ふと時が止まったかのようにお互いの動きが止まった。そしてその際アイが、眉を顰めながらそう言ってきた。
「……甘いのは分かってる、だが、あたしは……あたしは友達を失いたくないんだ……アイリスはあたしの事を友達だとは、思っちゃくれねぇのか?」
「っ……アイ、私は……」
 アイは本来私と戦う理由は無い。いや唯一あるとすれば、道を外れた友の道を正すため、かな。その友というのは、紛れもない私の事だ。
 私は手を伸ばしかけそうになってしまった。それがもはや不可能であるという事にも気付きながらも、心の中の何処かで、また一緒に旅をしたいという、淡く儚く切なく愚かな願望が渦巻いていたからだ。
「世界が、他の人間がアイリスの敵になろうと、あたしは言ってやるぜ……うるせぇ、って、あたしの友達を悪く言うんじゃねぇって」
「ごめん、アイ……もう無理なんだよ……もう……」
「そう、か……」
 私は目尻に涙を溜めて、そう答えた。私は人間を憎しみ過ぎたんだ、人間も私を憎しみ過ぎたんだ。もう同じ目線には立てなかった。
 大鎌の柄を握る力を強めた。それを見たアイも銃を異次元への穴へとしまい込み、サーベルを構えた。
「一発でいい……二発目は、無い!」
 アイへと走り出した私は、大鎌を真っ直ぐ振り上げながら、アイの首に向けて振り下ろした。
 だが、アイは動かなかった。刃を寸前で止めた私を見上げるその目は、私が敵対する者に向けるそれと同じだった。
「……今、アイリスの友達であるアイは死んだ……ここに居るのは、もうお前の友達じゃなくなったあたしだ……東方大陸は好きにすりゃぁいい、次の大陸、そこがお前の墓だ」
「……そう、次は南方大陸を攻めるから、そのつもりで」
 サーベルを鞘に納め踵を返したアイはそう宣言して、軍靴を鳴らしながら歩いていった。
 東方大陸は好きにすればいい、か。ならばそうさせてもらうよ、ナグモさんは居ないし。
 この大陸は────いらないか。
しおりを挟む

処理中です...