もしもの話をしよう。世界中の人が毎日1円寄付したら……

田山凪

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 私には共に世界を旅する男性がいる。
 恋人ではないのだけど、強いて言うなら師匠。
 そんな師匠の家にお邪魔して、食事をして、マンションのベランダに用意した椅子に座って、夜中の街を眺めている時のことだった。テーブルにはいれたばかりのコーヒーが二つ。

「君はどうして僕と一緒に旅をするんだい?」

 唐突な問いかけだった。
 初めて師匠についていったのは高校を卒業してから。
 私は大学にはいかず社会の歯車になることを選択した。
 オープンキャンパスに言った結果、私にとって大学という場所が気に食わないと判断したために、結局選択肢が歯車しかなかったのだ。
 
「チャンスだと思ったから」
「どんなチャンス?」
「前にも話したけど、私は小中高の図書館ですべての本を読破した。とはいえ記憶に残っているのはそう多くない。だけど、型にはめられることと、自由というものがどれだけ違うのか、境界線があいまいになって不安定だった」
「それで」
「私の結論はあまりにもシンプルで、行動した上で手に入れたチャンスは、確率はあれど再度遭遇することができる。だけど、望まず、期待せず、想像さえしなかった、偶然向こうから現れたチャンスは生涯に一度しかないんじゃないかって」
「面白い考えだ」
「馬鹿にしてる?」
「いいや、馬鹿にしてないよ」

 わかってるのにたまにこうやってつっかかってしまう。
 この人はいつだって、どんな馬鹿げた話でもしっかり聞いてくれる。
 あまりにも素直に真面目に聞いてくれるから、化けの皮を剥いでやろうってむきになってしまうけど、この人は本当にしっかり聞いているのだ。

「偶然の相席。私のことなんていないかのように煙草を吸い始めたあなたは、当時の私にとって迷惑だった」
「ごめんね」
「謝罪は求めてない。だけど、そんな自由な姿は当時の私にとって眩しかった。自己主張が強いわけじゃない。特徴的な姿をしているわけじゃない。下品にブランドものを身に着けているわけじゃない。まるで、ダビデの彫刻のようなありのままの姿」
「あんな風にかっこいい姿になりたいもんだね」
「そこ。ダビデの彫刻が美しいだなんて、今の人は思わない。破廉恥で下品なものと考える人さえいる。きっとダビデはあんな風な体はしてない。だけど、人々は求めた。これがダビデであってほしいと」
「誰だって理想がいいもんだ」
「あなたは私にとってのダビデ」

 そこから少しの沈黙が流れる。
 私はただ、師匠が煙草に火をつける姿を見つめている。
 
 今思えばの話だ。
 私が当時、初めて師匠とあった小さな喫茶店。
 勾配のキツイ階段を上がって二階にあるお店の商店街を見下ろせる席。
 この喫茶店は喫煙ができる店だった。私はそれを知っていたけど、時間がなくてお金もあまりなくて、それでも食事をしたかったからその店に入った。

 唯一空いていたのが四人掛けの席で、事前に相席の可能性があることを伝えられ、テーブルには灰皿。そうしてやってきた師匠。ここで煙草に腹を立てるのは筋違いだ。
 なぜなら、仮に私が本当に煙草が大っ嫌いで副流煙を吸うなんて死んでもごめんだという考えなら、丁寧に何重にも用意された注意に目を向けているはず。
 それらを無視して灰皿のある席で相席を許可したのだ。
 煙草を嫌っても目の前で煙草を吸う相手に対し、なんで目の前にいる人の年齢も聞かず堂々と吸えるんだと文句を垂れるのはおかしくないだろうか。

「君は、君自身の憧れに対し少しは近づけているかな」
「私の憧れはあなた。近くにいる」
「ふふっ、わかってるだろう」

 距離の話じゃない。
 そんなのわかってる。
 ちょっとふざけてみただけだ。

「普段のあなたは不思議。活力や生命力ややる気に溢れているわけじゃない。なのに、初めて行った町の人たちとお酒を飲み交わして、知らない音楽で踊って、ギターを弾いたり絵を描いたりいろんな言葉を現地の人にわかりやすく伝える。日本にいるあなたは、どこにでもいるただの一国民以外のステータスはないのに」
「おかしいかな?」
「おかしい。日本の常識からしたらおかしい」
「ならよかった」

 なぜそうも柔和な笑みを浮かべられるのか。
 みんな必死にどこかにカテゴライズされることを望んでいる。
 金持ち、エリート、有名、天才。
 高みじゃなくてもどこかに入りたいと願う。
 なのにこの人は、本当の意味でたった一人。

「世界中を旅してるのにどうしてネットで宣伝しないの?」
「宣伝する必要がある?」
「そのほうが世界の姿をみんなに教えることができる。そうしたら行ってみようと思う人が増えるでしょ。きっとそれは世界にとっていいこと。広い現実を知れる」
「そうかもね。でも、そうじゃないかも」
「どういうこと」
「現地の人も疲れるよ。貧困を期待されて、大気汚染を期待されて、暑さを期待されて、人の好さを期待されて、そんな場面に何度もあってしまうと、だんだんと心は汚れてしまうものだ」
「知らせることは悪だと?」
「さぁね、悪の定義による」
「迷惑になるのが悪だったら」
「なら、僕らは地球上から姿を消すべきだろう。地球にとって人間は迷惑だ。勝手に自分の頭の上でドンパチやるんだよ。想像して、君の家の中で知らない人たちが急に銃撃戦を始めてさ、そのあと丁寧に壁を直していく。だけど、また数時間後にドンパチ。迷惑じゃないかな?」
「迷惑」
「でしょ」

 無邪気な笑顔だ。
 この人にとって言い負かしたとかそういう考えはないんだろう。
 そう思えてしまうほどに無邪気で素直で純粋な笑顔。
 赤ちゃんが親の顔を見て笑うのに似ている。

「甘いものでも食べようか」
「うん」

 これは一つの合図だ。
 糖は体と脳のエネルギー。
 君の話を聞くためにもっといい状態にしよう。
 そういう意味なんだ。
 
 用意されたのは安物で一つ一つ個包装されたチョコ。
 一つ当たりの金額は恐ろしく低いことだろう。
 原価になればもっと。

「やっぱりコーヒーとチョコはあうね」
「あなたはなんでも食べるけど、嫌いなものはないの?」
「苦手はあるかな。酸っぱすぎるとか辛すぎるとか。でも、嫌いなものはない。かといって好きなものもないかも」
「今まで食べてきた食べ物の種類は覚えてる?」
「無理だよ。それこそ今見えている星の数を数えることよりも難しい」

 この人は本当にいつも違うものを食べている。
 以前、カフェでケーキを食べた時、師匠はその店のチョコケーキを気に入っていた。だから、もう一度いって同じ表情をみたいと思ったのに、師匠は全く違うもの、飲み物さえも違うものを選んだ。
 お酒だってお菓子だって、いつも違うものを手に取る。
 スーパーで買い物中、こんなことをぼそっと漏らしていた。
「あー、この店のお菓子全部食べたなぁ……」
 その時の表情が印象的だった。
 まるで、もう楽しみがない。夏休みの終わりを嘆く子どものよう。

「どうして毎日違うものを食べるの? こだわりが強すぎる」
「こだわっているわけじゃないよ。たださ、すごくシンプルで、未知を知ることは人間の幸福だからだよ」
「あなたにとってじゃなくて?」
「僕にとっても。ほかの人にとっても結構当てはまると思うよ」
「でも、行動できない人が多い。お金や時間を失うかもしれない。そう考えたら未知ばかり求めるのはかなりリスキーでしょ」
「リスクがあるから幸福があるんだよ」
「もうちょっと詳しく」
「いいよ」

 話始める前に師匠はチョコを口に入れて、少し溶かしてからコーヒーを飲む。
 外の空気を鼻から吸い、口から吐き出してようやく話し始めた。

「これはね、僕だけの考えかもしれない。だけど、こういう部分もあるってことで聞いてね」
「保険かけなくてもいい。わかってるから」
「助かるよ。わかりやすくレベルで表現しよう。レベル1からレベル10くらいまでは、みんな生活をしていく上で到達する」
「家がとか、お金とか、立場とか、そういうのに関係なく」
「そう。で、レベル15くらいから急につらくなる。中々レベルアップしない。なのに求める場所はそれより遥か上。すでにレベル20に到達した人もたくさんいる。テレビやネットなんかを見ていると同年代で自分よりレベルが高い人はたくさんいるね」
「嫌でも目に付く」
「だからさ、一気にレベルアップしようとしていろいろ試すんだけど、一向にうまくいかない。だけど、すでにその人はレベルが上がってるんだ。ただ、自分よりちょいと上のレベルのつらさを知らなかった」
「自分がかつて羨んだ位置にいることを実感できない」
「で、そこからはもっとつらい。ここで諦めるか。前へ進むか。人生の分かれ目だ」

 もし、自分のレベルが可視化されて、何をすればどれだけ経験値が上がるかわかれば、きっと人生はもっと楽になるだろう。だけどこの世界の難易度は難しいで固定されている。
 体力メーター、スタミナメーター、所持スキル、相性、経験値、そのどれもが目に見えない。

「で、その先は?」
「どこかの段階で幸せになる。で、そこから高みに目指そうとするとまたつらくなる。この繰り返し。だけど、人間にはレベルと同時に年齢というシステムがある。年齢が上がると、諦めやすく熱意が減りやすくなる」
「でも、決してゼロにはならない」
「そう。だからこそ、人間は若いうちに経験を積む」
「誰かが大きくレベルアップした経験が自分も同じかはわからない。だからこそ未知を知るってこと?」
「そんな感じ」

 最後の曖昧な返事は、きっと師匠自身まだ模索している途中だからだろう。
 これだけ達観し、不思議で、変で、落ち着いていると、ついこの人ならなんでも知っているんじゃないかと思えてしまう。だけど、この人だって私とそこまで歳は離れていない。
 百年生きるならまだ序盤なんだから。

「聞いていい?」
「なんでも」

 なぜそう堂々と言えるの。
 まだあなただってすべてを知っているわけではない。 
 なのに、答えられない質問が来ることを一切考えない。
 怖いものがないのかとさえ思える。
 だけど、私は少し難しい問いかけをした。

「幸福って何?」
「個人所有の人生プランだよ」
「はぁ?」
「ごめんごめん。ちょっと抽象的過ぎたね。そんな思春期の娘が父親の小言に反応した時みたいな声出さないでよ」
「やけに具体的で余計にイラつく」
「真面目に話すよ。だけど、一服いいかな?」
「どうぞ」
「……吸うかい?」
「うん」

 私は自分で煙草を所持しない。
 今は煙草に強い嫌悪感があるわけじゃない。 
 でも、自分では吸わない。
 なのに、師匠から吸うかと問いかけられると断れない。
 断りたくない。
 
 師匠が吸う、また知らない銘柄の煙草。
 あなたがくれるというのなら、それがなんでも私は貰おう。

 慣れた手つきでマッチを擦り煙草に火をつけると、次は私が咥えている煙草の先端に火を近づける。私が少し顔を前に出し、師匠は風で火が消えないように手で覆いながら、私の煙草に火が付くのを待つ。
 ジジジ、と音を立て煙草の先端に火が付き、私たちはほぼ同時に息を吐いた。
 白くゆらゆらと揺れる煙は、いまは見えない雲の代わりとして、私たちの空を飾り付ける。

「この煙草どう?」
「不味い」
「やっぱり、僕もいままで吸った中でかなり不味いと思ってた」
「なのにくれたわけ?」
「記憶に残るでしょ」
「嫌な記憶」
「なんでもないことは、言葉通りなんでもない。だから忘れる。だけど、嫌なことは回避しようと記憶に残る。好きなこと残るでしょ」
「新手のいじめ」
「君をいじめたら反撃が怖いよ。ガンジス川に落とされそう」
「ゴーグルなしでね」
「はは、やっぱり君には敵わない」

 ちょっとだけ面白い話がある。
 私はこの人のことを心の中で師匠と呼ぶけど、実際はあなたとしか呼ばない。
 そのせいもあって、とある海外の町に訪れた時、現地の人と交流している中、みんなが師匠のことを「あなた」と呼んでいた。
 きっと名前と勘違いしたんだろう。
 それか、私が何度もそう呼ぶからキャッチーなフレーズとして覚えてしまったか。
 私はいつでもこの人のことを呼んでいる。

 煙草の灰皿におしつけ火を消す。
 そんな中、ふと手が触れてしまう。

「寒くないかい?」
「大丈夫」
「ホットが飲みたい時はいつでも言って」
「うん」

 一瞬触れただけでここまでの気遣い。
 たまに行き過ぎてると思う時もあるけど、私の自意識が過剰なじゃなければ、こういう気遣いは私にだけしてくれているような気がする。
 ……いまのはなかったことにしよう。

「幸福の話だったかな」
「一緒に旅をしてきたからお金の有無が幸福に直結していないことくらいはわかってる。住む場所のスケールに見合った幸福をみんなもっている。だったら、みんなが同じように、同じレベルで幸せに感じれるものはないの?」
「ないだろうね」
「ドライなんだ」
「そうかな?」
「世界の人たちが一緒に幸福になれるとか思っているかと」
「そうなったら幸福なのかな?」
「どういうこと?」
「僕はロマンチストだよ。集合的無意識があって、シンクロニシティがあって、そして潜在的に幸福の尺度が同じだったら、それはロマンではなく科学。僕は無限通りの幸福があるといいなと思っている」

 随分とスケールのでかい話をしてくるものだ。

「こうやって夜中の街を眺めて、他愛もない話をする夜。煌びやかな街で大金を手に入れる夜。起きたら白米とみそ汁と漬物が毎日食べられる朝。ようやく降る雨に心躍る昼。ひぐらしの鳴き声が聞こえ夏を感じる夕方。どれも幸福の形でしょ」
「じゃあ、それぞれみんなが幸福になるにはどうすればいい?」
「幸福を限定しないことだよ。高級車に乗って夜の街へ、クラブのVIP席で綺麗な女性を並べる。家に帰ると自動で電気がついて街を見下ろしながらパーティ。それも幸福」
「私は嫌い」
「僕も好きじゃないね。でも、自販機のルーレットが当たる。小銭を出すのに手間取っていると後ろの人が出してくれた。外国で迷って現地の人が片言の日本語で教えてくれた。今日も時刻表通りに電車がやってきた。これも幸福」
「じゃあ、幸福と不幸のと違いは?」
「幸福は見つけるもの。不幸は回避するものだよ」

 抽象的なのにどこか理解をしようとする自分がいる。
 これは私の中にこの抽象的な言葉を理解する技術がついてきたからなのだろうか。

「でもね、不幸ってのを回避しすぎると幸福が見つけられないんだよ」
「少しわかる気がしてきた」
「言葉にできる?」
「やってみる。……極論、死がもっとも不幸だったとして、それを回避するための行動は何かと問われたら、もっとも生存の確立が上がるのは家から出ないこと。この時代は家から出ずにすべてができる」
「そうだね」
「でも、ネットを駆使したところで理解できないことは多い。これは本ばかり読んでいた私が理解したふりをしていたからこそわかる。見せられているものはそれが事実だと証明するのは難しいはず」
「演技、演出、嘘。なんでもござれ」
「だけど、いまこうやって包みから取り出したチョコが、人の体温で何秒で溶けるか。どんな手触りで、どんな味か。私はそれをダイレクトに感じることができる。そこに嘘はない。私がこれを甘いと思ったのなら、例え日本人全員がこれを苦いと表現しても私は甘いと言うべきだ」
「それで」
「だけど、それを映像や文字からはわからない。仮に店頭でしか手に入らない美味しい食べ物があって、店頭でしか手に入らない魅力的な商品があったとして、外に出るという危険、いわば死という不幸の可能性をあげないとたどり着けない幸福」
「いいね。君なりにとてもわかりやすく表現してくれた」

 さっき煙草を吸った。
 煙草なんて吸わなくても人生やっていけるし、吸うメリットはない。
 だけど、私は自分の体を悪くすると理解しながら、この人と同じ時間を共有したかった。それが体を壊すかもしれない不幸の先にある、時間を共有する幸福。
 あながち間違っていないかもしれない。

 すると、師匠は何も言わず私のコーヒーカップを持って室内へ。
 ほどなくして戻ってくると、コーヒーを温めてくれていた。
 
「ありがとう」
「礼には及ばないよ」

 コーヒーを飲んでふと息を吐く。
 こんな時間がずっと続けばいいのにと思ってしまう。
 だけど、この先にある素敵な時間も体験してみたい。
 人の欲望ってのは無限大かもしれない。
 
「ねぇ」
「なに?」
「私たちは日本を出たり戻ってきたりで、様々な世界を見てきた」
「そうだね」
「まだ見てない場所もたくさんある。行ってみたい場所もたくさんある」
「うん」
「だけど、世界が平等になる日は来ない。もしもの話でもいい。平等って何?」

 今までの問いかけで師匠は一番時間を使った。
 もどかしさはない。
 時間を使って考えているということは、それだけしっかり考えてくれているということ。いつまでも待とう。例え日の出まででも。

「……もしもの話をしよう。もし、世界中の人たちが毎日一円寄付したら」
「一日あたり八十億以上。でも、レートが違う」
「だったらアメリカだけなら?」
「三億くらいかな」
「日本だったら?」
「一億二千万」
「あまり規模を大きくしてもあれだから。まずは日本に絞ろう」

 スケールがでかすぎると想像するのが大変だ。
 小さくしてくれるのはとても助かる。
 まだ私はあなたに追いつけないんだから。

「日本人口を一億二千万人だとして、すべての人が強制的に毎日一人一円を支払うとしよう」
「単純計算で一日一億二千万円。それが三百六十五日」
「四百三十八億。このお金はすべて一定水準を下回る人たちに分配する。これが平等だ」
「ちょっとまって。それじゃあその水準を下回ってる人も払うことになる」
「人間はね。してやったとか、してもらったとか、一方的なものに対してストレスを溜める。だから、次は自分の番だ。そう思えるくらいがちょうどいい」
「それのどこが平等なの?」
「年齢、性別、仕事、立場、犯罪歴、善人悪人、子どももあかちゃんも、すべての国民から一円ずつもらう。日本人が日本に住む人のために毎日一円。年間三百六十五円を寄付する。その積み重ねはいつか全員を救えると思わないかい?」
「それが払えない人は?」
「年間三百六十五円。これが経済的に払えないような人がいるなら国のシステムがおかしい。払えるなら年間四百三十八億円で同じ国に住む仲間を助けられる。そして、すべての仲間を助けたら、それはほかの交流の深い国に渡していく」
「……そうか。助けた国が同じように一円ずつ寄付すれば」
「案外そう遠くない未来に、かなりの人が一定水準を超えられる」

 夢物語。
 あまりにもロマンチック。
 だけど、なぜだろう。
 ちょっとだけ可能性を感じる素敵な空想。
 
「世界人口約八十億。みんなが毎日寄付して一年経つと。二兆九千二百億円。まぁ、国家予算とかに比べれば微々たるものなんだけど。このお金を常に水準を下回る人たちに届けていけば。いずれみんな同じになる。二円にしても一人当たり年間七百三十円。三円でようやく千円を超える」
「でも、あえて同じ額にすることに意味がある」
「それが平等だ。一億円借金した人は、日本人全員から一円をもらうことで借金から解放される上、二千万円のプラスになる」
「自己責任の問題もある。だけど、平等ってのはその自己責任や犯罪さえも同列に扱う」
「一人の痛みを一億二千万人で助ける。常に自分のお金が助けているという実感がわくでしょ。何に使われているかわからないものよりもね。それに自暴自棄にならないかもしれない。人が人を支えあうことが当然なら、施しを受け、施しを返す」
「でも、あくまでロマン」
「そう、叶わないロマン」

 仮にこれを本当にやるなら、お金の透明性や誰が管理するか。順番はどうするか。どう配るか。どう寄付するか、国ごとのお金の価値、問題は山積みだ。
 私たちは経済学とか政治に詳しいわけじゃない。
 世界を見てそれを自分たちの中でまとめる。
 でも、それを本や絵や音楽、お互いの得意なことで表現していく。
 そしてそれが誰かの手に渡って、現実と照らし合わせ行動してくれるかもしれない。
 私たちは私たちの今を生きる。
 
「さて、次はどこに行こうかな」
「ルート砂漠とか?」
「めちゃくちゃ暑いところだね」
「でも、親日国って聞いたことある」
「両方確かめようか。見て感じなきゃ何もわからない」
「ということは」
「行くよ」

 なんだかんだ長い時間話してきた。
 面白い話、興味深い話を聞けた。
 でも、この夢気分の中で、ふわりと浮き立つような気持ちじゃなきゃ聞けないことがある。

「あなたはどうして私と一緒に旅に行くの?」

 師匠は声こそ出さなかったが今までに見たことのない驚きを見せた。

「えっと……」
「急に歯切れが悪くなった」
「確かに。……うん。君と行く旅はいつだって未知の連続だ」
「それってつまり?」
「はっきり言わせるつもりかな」
「そうじゃないと気が済まない」
「わかった。――とっても幸福な時間だからだよ」

 さぁ、太陽が昇る前に眠りにつこう。
 起きたらこの時間のことを忘れたように過ごすだろう。
 でも、確かに残っている。
 私とあなたの記憶の中に。

 
 


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