上 下
64 / 77

カモンベイベーアメリカ

しおりを挟む
椎名と兄弟……。

そんな事を言われても今更なのだ。
今更過ぎる。
もう数年も甘えて来た所で、実は身内だって言われても困る。
物凄く困ったから葵の前で平気な顔をするのは大変だった。

え?
平気な顔なんて出来てない?
したぞ。
最初に聞いた時は奇襲だったから多少慌てたけど、その後は山程の聞きたい事を我慢した。
全勢力を使って誤魔化した。

全くの他人になら世話になってもいいなんて我ながら現金だとは思うけど、単なる趣味とか見えない所にそれなりの使い道があるんだろうなって納得してた。だけど身内だから面倒を見てたなんて言われると受け取り方が違うのだ。

弟が頼り無いから仕方なかった……なんて情け無くて恥ずかしくて消えたくなった。今も消えてしまいたいけど葵がいる。仕事がある。あの場所を守るのが1番の使命だと思う。

しかし「そうなんだ」では済まないのも事実だ。
どういう事なのか……本当はどうなのかを椎名を呼び出して話を聞きに行った。

待ち合わせは近所のカラオケだ。
何でって、誰かに聞かれても困るし、実は椎名の居所は勿論、どこに住んでいるかも知らないのだ。

そんな事も知らない自分に改めて呆れる。

呆れ過ぎてコーラを一気飲みしたからおかわりを頼んだ。叫びたい気分だったからももクロを歌って、次はカモンベイベーアメリカだ。

調子に乗って踊っていると椎名が入って来て「お前の持つ謎の朗をもうちょっと上手く使ってくれ」と呆れられた。

「だって……カラオケ屋だぞ?勿体無いだろ」
「健二の価値観なんて今はどうでもいい、で?何の用だ」
「わかってるくせに聞くな、俺は?椎名さんの弟?従兄弟?息子?」
「お前は父親の違う俺の弟だ」

「…………」

奇襲には奇襲と奇襲したら急襲だ。

「………そんなあっさり認めるんだ」
「俺だってずっと知らなかった、俺達の母親が今際《いまわ》の際《きわ》に健二を頼むって言い残したんだ」

「え?……俺の母は……死んだのか…」
「ああ、今頃タイの別荘で昼寝でもしてんじゃ無いか?」

「…………」

「………もしかしてふざけてる?」
「ふざけてるに決まってるだろう」

そう言う割に椎名は笑ってない。
そして珍しく苛々しているようでもある。
だからこそ言ってる事は本当なのだと思うけどチョコチョコ変な冗談を混ぜて来るから判定が難しいのだ。

「俺を養ってるつもりならもういいからな」
「養われている気ならふざけてるのはお前だ」
「でも事実…」
「ああ、荒れてた中坊の頃は仕方なく面倒を見てたさ、もしどうしようも無い屑だったらどこかの会社に放り込んで、それでも駄目だったら見捨ててた、俺もそんなに暇じゃ無いからな」

「じゃあ今は?何か役に立ってるのかよ?」
「それはまた今度説明する、それと……」

椎名は言葉の途中で煙草に火を付けて、一口吸ってからすぐ揉み消した。
灰皿に気を取られてハッと気付くと椎名の顔にいつもの笑みが戻ってる。

機を逸したのだとわかってしまった。

「それと?何だよ、続きを言えよ、葵は?甥って本当?」
「葵くんについてはどうしても言えない重大な事情がある、だから聞くな、それからあそこは俺の憩いの場なの、葵くんがあんまりにも可愛くてつい締め殺したくなるからよろしく頼むぞ?」

「ああ勿論だけど………え?終わり?」

サッと立ち上がってドアから出て行ってしまう椎名を追い掛けて、沢山のドアが並ぶ廊下に出ると正面に大きな鏡があった。

スーツの男が2人。
着ているスーツが椎名の物だって事もあるけど成る程と思った。確かに似ている。


短い間だったけど、わかったのは椎名と兄弟って本当だって事だ。
どこの誰かも不明だった母親は……生きてるのか死んでるのかはわからない。
葵の事も聞こうと思ったけど椎名は詳しく説明する気は無いらしい。
「忙しい」と凄まれて逃げられてしまった。

でも、椎名が通常運転の状態で「重大な」と付けたって事は……

………さほど深刻じゃ無いって思うのは俺が呑気だから?

カラオケ屋の支払いをする間に出て行った椎名は何年経っても何を考えてるかてんでわからないままだ。

考えても仕方がないからmen'sアナハイムに向かうと、とんでもないミスを犯した事を知った。
しおりを挟む

処理中です...