法律では裁けない問題を解決します vol.2 神様の住む家

ろくろくろく

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キュウッとドカン

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自分自身の事に囚われていた。
葵がどこにいるのか、どんな立場でいるかなんてすっかり飛んでいた。
葵を警護する為にジャブジャブと経費を使っていたのに、葵は一人で最前線にいるのに、そんな大事な事すら忘れてた。

数日の間の見る限りだが、men'sアナハイムは清潔で、システマチックで、高級店らしい見事な規律が機能していた。ホスト達も、葵達も、それなりに身の安全を保証しているように思えたし、銀二が付いているのだから少しくらい遅れても大丈夫だと油断していたのだ。

もっと早く来れた。
椎名なんていつでも会えるし、会いたくなくても会えるし、椎名と別れてからも呑気に蕎麦を食ったりしてたのだ。


葵が真深いソファの上で崩れて落ちそうなくらいグッタリしている。
同席している男は葵の腰を抱いて引き寄せ、内緒話でもしているように首元に口を付けていた。

上気した頬は酔っているからだろう、もう眠ってしまっているのか葵の手はダランとソファから漏れていた。

どうするか。
事は急を要する。

しかしここまでやってきた以上、最終的な目的を得る為には客の振る舞い以外の支援は出来ない、そしてそれは銀二も同じなのだ。

何がどうなってこんな事になっているのか、まずは銀二に話を聞くべきだろう。

ここはホストクラブなのだ、お気に入りがいてもいいはずだし指名料を払えば独占だって出来る筈だ。ホストのエスコートで席に案内されてすぐに多少不自然でもいいから客席に付いていた銀二を呼んだ。


「いらっしゃいませ、ご指名ありがとうございます」

嘘みたいににこやかな笑顔を浮かべる銀二は、もうすっかり板についたホスト風のお辞儀をした。

「何歳?」

「………そんな場合じゃ無いですよね?」

物凄い爽やかに笑っているけど口調は冷徹で冷静、今どうしてあんな事になっているかの状況説明は完璧だった。

「カードが2枚?」
「はい、しかも葵さんがお店にいらしゃる前に指名が入りました」

「……それは」
「そうですね、おそらく以前の葵さんをご存知なのお客様なのでしょう」

「…って事だよな」

それは、考えうる限りで1番最悪のシナリオだと思う。例え身の安全が保証されていてもさぞや嫌な思いをした事だろう。
しかし今の事態はその上を行く。

「どうして葵に警告しなかったんですか」
「この数日間私の見た所…の話ですが、この店では無理強いなんて出来ないんです。例えば嫌だと言えなくても、そっと合図するだけで店側が間に入ります。だから取り敢えずの危険は無いと判断したんです」
「葵は酔ってるように見えますけど?」

銀二に怒っても仕方が無いのに……、
それはわかっているけど、銀二にだって葵を守る為に潜入しているのだ。責任の一端はあると思ってしまう。
カモンベイベーアメリカを歌って踊って、椎名相手にしょうむない虚勢を張って呑気に蕎麦を食ってたのは俺なのに……。

「葵は…酒を飲まされたんですか?」

「そこがミソです。上手いなと思いました。葵さんはお酒を飲んだつもりは無かったのだと思います」

「どういう事ですか?」

「あちらのお客様がテキーラボールを注文されたんです」

「テキーラボール?」


テキーラボールとはその名の通りテキーラをゼリーに混ぜて固めた物である。
見た目が美しく、口当たりもいい為に食べるには注意が必要だ。特にお酒に弱い葵なら気が付いた頃には動けなくなっていてもおかしくない。

「そりゃ葵なら引っかかるな」

「はい、だから危ないってサインは一応送ったんですけど駄目でした」


「葵は見なかったのか」
「葵さんは写真を撮る方に気を取られていらっしゃたんだと思います。一度こっちを見られていたのでブロックサインを送ってみたんですが通じなかったみたいですね」

「ブロックサイン?どんな?」
「普通のサインです」

耳と口を触ってグッ。

「………」

「それは?」
「テレビで見ました。待機ってサインだそうですよ」

「……そうですか」

それはアレだ。
多分どっかの野球チームのサインだ。
どうやら銀二は世間一般みんなに通じる共通サインだと思っているらしいが、そんな物はチームごとに、試合ごとに変わるし何なら試合の途中にだって変わる。

もし葵に見えていたとしても当然のように通じ無いし、それより寧ろ、グッと握った拳を見たら「行け」ってサインだと思った筈だ。

それにしても……

「法律では裁けない問題を解決します」の事務所には浮世離れした変人が揃ってると思う。

何でも逃げれば済むって思ってる奴。
現代に生きてて回転寿しに行った事ない奴。
野球を知らないくせにサインを使う奴。
そして、そうとも知らず兄に養われてる情け無い25歳。

こんなメンバーでは上手く連携しろって言ったってそりゃ無理だ、「もう一回サインを送っても残念ながら遅いですね」ってニッコリされても本人は真剣なのだから否定は出来ない。

「サインは無駄ですね、それよりも他に何か別の手を考えてください、客の立場の俺はあのエロオヤジに話しかける事すら出来ないんです」
「それは私も同じです、呼ばれてもいないのに割り込む事は出来ません、でも出来る事はありますよ」
「え?何?」
「まず健二さんは葵さんにカードを送ってください、今葵さんの値段は15万になってます」

それは考えたが葵がまだ起きてて返事が出来ればって話だ。酔った葵がどうなるかは知ってる。
吸い込まれるように寝落ちてしまい、揺らしても、抱いて運んでも目を覚まさ無いのだ。

エロ親父が嘘を付けばそのまま葵を会得した事になるだろう、何よりも店としては仕事をしてくれればそれでいいのだ。

「望みは薄いな」
「はい、ですから、あちらのお客様がテキーラボールを注文した時点で時限爆弾をセットしました、だから気を付けてください」

「へ?…時限?…」

爆弾?……

空耳?

比喩?

冗談?銀二が?

「あの……爆弾って何を?」
「爆弾って言うか仕掛けです。問題はいつ破裂するか……破裂するかどうかさえわからない所です。あんまりアテにしない方がいいでしょう。」
「じゃあどうします?もうこの際だからあいつを殴って逃げてもいいかな?」
「まずは葵さんにカードを渡しに行って様子を見ましょう。その時に葵さんの意識が無ければ全部を諦めて葵さんを奪還して逃げるか……葵さんに多少の我慢をしてもらうか……ですね」

最後の提案は絶対に無い。

「場合によりますが……最悪奪還して逃げます」
「じゃあ取り敢えずカードを用意します」

「お願いします」

それにしても……時限爆弾って何なのだ。
まさか本物の爆発物を仕掛けたなんて事は無いと思うけど銀二はヤクザの手下だ。
拳銃だろうが機関銃だろうが火炎放射器だろうが下手したら毒とかプラスチック爆弾が出て来てもおかしく無い。
爆弾って何なのかを詳しく聞いておいた方がいいような気がするけど、あまりにも事務的で聞くに聞けないのだ。

「今度は桜の部屋でいいですか」…なんてどうでもいい事を聞いてくる銀二はこんな時でも淡々としている。

桜でも欄でも何でもいいのに、モタモタと手続きをしている間に葵に抱きついたおっさんにホストが何か声を掛けてる。

「ちょっ……やばく無いですか?」
「ああ、間に合いませんね、まあ…さっきからベタベタ触ってましたからね」

「え?え?触る?客席で?」
「はい、「そんな」雰囲気を出されたりエスカレートしても困りますからね、早く部屋に行けって言われたんだと思います」

「そんな……」


暗い客先をよく見てみると……確かに…凭れかかる葵の腰元で粘つくような手がゴソゴソと蠢いている。太腿の内側をサワサワと触ってる。
臭気を放つような男の笑顔はギラギラと脂ぎっていた。

ベタベタと触ってた?いつから?
それを黙って見ていたのだと思うと、妙に冷静な銀二に腹が立つ。
椎名が兄でも従兄弟でも再従兄弟でもどうでもいいのに、そんなつまらない事を優先した自分に腹が立つ。

足に力のない葵を抱き抱えるように支えた男がホストの案内でフロアを出てしまう。
このままではそれこそ暴力付きでの奪還しか手が無い。


「………スイッチは?」

「え?…スイッチって…」
「爆弾を仕掛けたんでしょう?スイッチは?リモコンは?あるんでしょう?」

「そんなもの無いですよ」
「無い?じゃあもういいです」

もう待て無い。
1秒だって待て無い。
かくなる上は葵を攫って逃げるしか無い。
そうなのだ。
逃げたっていいのだ。
もっと早く、仕事がどうだとか、他にでは無いかとか考える前にもっと早く葵を助けるべきだった。
葵は囚われている訳じゃ無いから追われたり咎められたりする事は無い筈だ。
「全てお金でカタが付く」ここはそんな世界だ。

勇んで立ち上がると銀二の手が前を塞ぐように止めに入った。

「健二さん、ちょっとだけ待ちましょう」
「待てません、遅過ぎたくらいです」
「しかしあんまり無理な事をすると全てが駄目になります、葵さんの頑張りも無駄になりますよ」

「もうそんな事はどうでもいいです」

銀二はあくまで椎名の味方なのだ。椎名の利益しか頭に無い、待てと腕を掴む銀二を押し返し、葵を追おうとして……

ハタと足を止めた。


キィー……ィィィ…ィィ……

高周波のような何かが引きつる音が聞こえる。
聞こえると言うより感じるのだ、空気を引っ掻く振動に鼓膜が震えてる。

一瞬は耳鳴りかと思ったが店中が異様な音に感づいるようだ。「何だ」と、それぞれが店の中を見回してるが席を分ける硝子の敷居が天井から吊り下がっているせいか、誰も音の発生源を特定出来てない。

そして。

パシンッて音がした瞬間に腰を落としたのは本能だったと思う。
ドォッ!!っと腹に響く衝撃波に視界がブレて倒れ込んだ。

「何っっ?!!」

ビルが揺れた。

一瞬の静寂の後、ドン!ドン!と続いた爆発音に硝子の敷居が舞い上がり、バァーッと分解して店中に降り注いだ。
茫然自失だった店内はワッと突然のパニックになってる。何がどうなったかはわからないけど何かが爆発したのは確かだ。

「ば……爆弾?!!」
「爆弾じゃ無いです!スプレー缶です!足元を温める温風の出口に消臭スプレーを置いたんです」

「銀二さん…」
「健二さん、立ってください!このままでは踏まれてしまいます」

店の出口に向かったせいで腰を抜かして座り込んだ上を、我先にと逃げる客が避けて行く中、気が付いたら銀二が護衛するように覆い被さってる。

「葵は……」
「慌てなくても火事の心配は……あれ?」

「け…煙が…」
「ああ……無い筈だったんですけど……ありそうですね…不味いな」

「不味いですね…」

店舗の家具や調度品、壁の素材は内装規定を守っていれば不燃性か難燃性の素材が使われている筈なのに爆発したと思われる店の隅からモクモクと灰色の煙が上がってきていた。
火事って程じゃ無いけど消防車は来ちゃうレベルだ。

気も合わ無いし、テンポも合わ無いしテンションも合わ無いけど、言葉はいらない。
銀二と顔を見合わせて「うん」と頷き合ってから、お互いにやらなければならない事をした。
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