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涙
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30分程走っただろうか。
着いたのは商業地と言える街並みの中に身を隠し、潜むように建っていたウィークリーマンションだった。
点在する工場に出稼ぎにでも来ているのだろうか、自転車に乗った東南アジア系の集団が大きな声で笑いながら通り過ぎて行った。
嗅いだことが無い酸っぱい匂いが漂う見知らぬ町は異国に来たみたいだ。
目的地も知らない桃地が何故この場所に辿り着けたかと言うと、荷物を積んだ軽トラックが先導していたからだ。
何故か眠らない葵はもう粗方吐いてしまったのか、ヘラヘラ笑いながら「ねえねえ健二さん」を繰り返し、緩めたネクタイを解いてシャツのボタンを外して来る。
やめろって言っても無駄だから、車に乗っている間はずっと、外されては止める、外されては止めるの攻防だった。
桃地は「一階の1番奥です」と言い残してすぐに引き返して行った。もうマンションの部屋に入るしか無い。
軽トラを運転していた二人組は初めて見る顔だ。(まんまヤクザ)挨拶も無ければ、どうしろとも言わない、荷台の荷物を淡々と下ろしていく。
ボタンを外されながらも葵を抱き直し、ボタンを外されながら荷物の後を追うと、ウィークリーマンションの部屋は本当に一般的な住居だった。
狭い玄関、手前のドアはおそらくトイレや風呂、その奥にドアがあって中に入ると家具付きのワンルームだ。
外からの見た目よりずっと狭かったけどベッドはある。
取り敢えず葵を寝かせて、備え付けらしいビニールが掛かったコップを取り出し水を汲んだ。
葵を運んでる間にシャツは全開。
しかし今は自分のシャツを気にしている場合じゃ無い、葵の首に巻き付いた首輪を外して部屋の隅に放り投げた。
「葵、寝る前に水を飲め」
「やるのぉ?」
「やらない」
「イケメンのおじさんとやるの、俺、今から。優しそうな顔してるから騙されたの、俺、馬鹿だろ?」
「葵、大丈夫だ、ビスチェを着たおじさんはもういないから安心しろ」
「ビスチェは健二さんじゃない、やるの?」
「やらない」
クスクスと笑いながらシャツに手を入れて来る葵は半分寝ていて半分夢を見ているんだと思う。
しかし「どちら様?」って聞いてみたい。
超エロエロ。
どう受け答えしても、もう安全だって言ってもやるやるって聞かないのだ。
ネクタイを手に絡めてぶら下がって来るし、口の中にエロく指を入れて来るし、キスして来ようとするし、水を飲ませるのもままならない。
妙なエロスキルと、酔って、飛んでる葵は童顔の男って言うより性別不明に見える。
こっちもボタンが外れているけど、演劇の衣装みたいな葵のシャツもかなりはだけているのだ、そして裸の胸には……2つの筈が5つに増えてるキスマーク。
「クソ……あの、コスプレおっさんの仕業だな」
ベタベタと絡みつき、色っぽく迫って来るのは違う場面だったらチビるくらい嬉しいけど、今部屋にいるのは2人きりじゃない。
ヤクザさん達が荷物を運んでいるのだ。
最初二人だったヤクザさんがもう5人くらいに増えているのだ。
一様に言葉は発して無いが視線は感じる。
こんな葵を誰にも見せたく無いし、荷物を他人に運ばせているくせ、当の持ち主達はベッドで戯れてるなんて納まりが悪い。
手伝いたいのに……。
何故かどうしても眠ってくれない葵が抱きついて来て離れない。まるで静電気を含んだ発泡スチロールの粒みたいに離したら反対側にくっ付いてる……そんな感じ。
指を出したらしゃぶられる。
腕を封じて抱き上げたら胸をチューチュー吸われる。
何とか水だけでも飲ませようと攻防をしている間に、部屋の中は書類キャビネットとかソファとか服の入った段ボールに埋まって足の踏み場も無くなった。
見えない玄関から「お邪魔しました」って聞こえたのは、このウイークリーマンションに着いてから15分も経ってない頃だった。
「ねえねえ健二さん」はまだ続いてる。
改めて思うけど葵は危うい。
酔って前後不覚になっている葵は混乱している。セックスへの義務感だけを残し、感情や心を捨て去っているのだ。
借金を盾に無理矢理にでも葵を保護した椎名は正解だったと思う。
「……そりゃ…人形にも……なるよな…」
「人形~ならカツラはぁ~銀だよねぇ~」
「お前な……飲んだのは酒か?もしかしてヤバい薬でも使われた?」
「薬じゃないよぉ~、薬は禁止だよぉ~、俺が食べたのはスイーツですよぉ」
「テキーラボールだろ、スイーツじゃねえよ」
「そうそう、それ、黄緑色の綺麗なゼリーとぉ、紫のゼリー…お酒の味がしたぁ、ねえねえ健二さん、俺はイケメンのおじさんとやるのぉ、仕事だからやるのぉ、写真撮ったよ……いっぱい撮った、使えるでしょ?俺は役に立つでしょ?……だからやるよぉ」
「やらないでいい、もっと普通の時に俺とやろ?」
「じゃ今やろ、最後までやろ、全部やろ」
「………また今度な」
半泣き、もうそろそろ号泣する。
「なあ葵……頼むからもう寝ないか?」
「やるの?…ねえねえ健二さん……俺は健二さんが好きだよ、健二さんとならやりたいよ、全部やりたい、でも今日はおじさんと……」
「やらないよ」
子供を寝かし付けるってこんなんかなって思う。もう半分は意識が無いのに頑固に眠らないのだ。
「葵、もう寝た方がいい、な?寝よう」
「ほらぁ寝るんじゃん」
「意味が違う、こら、ボタンを外すなよ」
「俺は大丈夫だから、本当に大丈夫だから、知らないおじさんでも平気だから」
「葵?…」
酔っ払いの陽気な口調も、クスクス続く笑い声も続いているのに葵の大きな黒目は涙が満ちてゆるゆると揺れている。
そして、ぷっくりと膨れた涙の水溜りはやがて溢れ、大粒の涙がポロポロと流れて落ちた。
それでも口調は変わらない。
「大丈夫なんだ、セックスなんて本当にどうって事無いからね、もう健二さんに見られても平気だよぉ~、だってもう知ってるでしょ?健二さんも椎名さんも銀二さんも知ってる…知ってるも~ん」
「葵……」
ポロポロ、ポロポロ…流れ落ちる涙は舐めたらきっと苦いのだろう。
あまりにいたたまれなくて見ていられない、ギュっと抱き締めたが、それでもセックスへの義務感を取り払おうとはしないのだ、飢餓を恐れるように耳を舐めてくる。
「いいから、わかってるから、頑張らなくてもいいから、もう終わったから、もう行かなくていい、仕事で誰かと寝るなんてもう無いから」
「違う、違う、仕事も、何も辛く無い、違う」
葵には泣いている自覚なんか無いみたいだった。
しかしこんなにも泣いてるのに、口調は陽気でクスクス笑いは止まらない。
自分の事にカマ掛けて支援が遅れたせいで葵は一人で戦ったのだ。追い込まれ、逃れる術がなくなった時に余程の決意を固めたのだと思う。
「ごめんな」
話続ける葵を膝に乗せて背中をトントンッと叩き続けた。
着いたのは商業地と言える街並みの中に身を隠し、潜むように建っていたウィークリーマンションだった。
点在する工場に出稼ぎにでも来ているのだろうか、自転車に乗った東南アジア系の集団が大きな声で笑いながら通り過ぎて行った。
嗅いだことが無い酸っぱい匂いが漂う見知らぬ町は異国に来たみたいだ。
目的地も知らない桃地が何故この場所に辿り着けたかと言うと、荷物を積んだ軽トラックが先導していたからだ。
何故か眠らない葵はもう粗方吐いてしまったのか、ヘラヘラ笑いながら「ねえねえ健二さん」を繰り返し、緩めたネクタイを解いてシャツのボタンを外して来る。
やめろって言っても無駄だから、車に乗っている間はずっと、外されては止める、外されては止めるの攻防だった。
桃地は「一階の1番奥です」と言い残してすぐに引き返して行った。もうマンションの部屋に入るしか無い。
軽トラを運転していた二人組は初めて見る顔だ。(まんまヤクザ)挨拶も無ければ、どうしろとも言わない、荷台の荷物を淡々と下ろしていく。
ボタンを外されながらも葵を抱き直し、ボタンを外されながら荷物の後を追うと、ウィークリーマンションの部屋は本当に一般的な住居だった。
狭い玄関、手前のドアはおそらくトイレや風呂、その奥にドアがあって中に入ると家具付きのワンルームだ。
外からの見た目よりずっと狭かったけどベッドはある。
取り敢えず葵を寝かせて、備え付けらしいビニールが掛かったコップを取り出し水を汲んだ。
葵を運んでる間にシャツは全開。
しかし今は自分のシャツを気にしている場合じゃ無い、葵の首に巻き付いた首輪を外して部屋の隅に放り投げた。
「葵、寝る前に水を飲め」
「やるのぉ?」
「やらない」
「イケメンのおじさんとやるの、俺、今から。優しそうな顔してるから騙されたの、俺、馬鹿だろ?」
「葵、大丈夫だ、ビスチェを着たおじさんはもういないから安心しろ」
「ビスチェは健二さんじゃない、やるの?」
「やらない」
クスクスと笑いながらシャツに手を入れて来る葵は半分寝ていて半分夢を見ているんだと思う。
しかし「どちら様?」って聞いてみたい。
超エロエロ。
どう受け答えしても、もう安全だって言ってもやるやるって聞かないのだ。
ネクタイを手に絡めてぶら下がって来るし、口の中にエロく指を入れて来るし、キスして来ようとするし、水を飲ませるのもままならない。
妙なエロスキルと、酔って、飛んでる葵は童顔の男って言うより性別不明に見える。
こっちもボタンが外れているけど、演劇の衣装みたいな葵のシャツもかなりはだけているのだ、そして裸の胸には……2つの筈が5つに増えてるキスマーク。
「クソ……あの、コスプレおっさんの仕業だな」
ベタベタと絡みつき、色っぽく迫って来るのは違う場面だったらチビるくらい嬉しいけど、今部屋にいるのは2人きりじゃない。
ヤクザさん達が荷物を運んでいるのだ。
最初二人だったヤクザさんがもう5人くらいに増えているのだ。
一様に言葉は発して無いが視線は感じる。
こんな葵を誰にも見せたく無いし、荷物を他人に運ばせているくせ、当の持ち主達はベッドで戯れてるなんて納まりが悪い。
手伝いたいのに……。
何故かどうしても眠ってくれない葵が抱きついて来て離れない。まるで静電気を含んだ発泡スチロールの粒みたいに離したら反対側にくっ付いてる……そんな感じ。
指を出したらしゃぶられる。
腕を封じて抱き上げたら胸をチューチュー吸われる。
何とか水だけでも飲ませようと攻防をしている間に、部屋の中は書類キャビネットとかソファとか服の入った段ボールに埋まって足の踏み場も無くなった。
見えない玄関から「お邪魔しました」って聞こえたのは、このウイークリーマンションに着いてから15分も経ってない頃だった。
「ねえねえ健二さん」はまだ続いてる。
改めて思うけど葵は危うい。
酔って前後不覚になっている葵は混乱している。セックスへの義務感だけを残し、感情や心を捨て去っているのだ。
借金を盾に無理矢理にでも葵を保護した椎名は正解だったと思う。
「……そりゃ…人形にも……なるよな…」
「人形~ならカツラはぁ~銀だよねぇ~」
「お前な……飲んだのは酒か?もしかしてヤバい薬でも使われた?」
「薬じゃないよぉ~、薬は禁止だよぉ~、俺が食べたのはスイーツですよぉ」
「テキーラボールだろ、スイーツじゃねえよ」
「そうそう、それ、黄緑色の綺麗なゼリーとぉ、紫のゼリー…お酒の味がしたぁ、ねえねえ健二さん、俺はイケメンのおじさんとやるのぉ、仕事だからやるのぉ、写真撮ったよ……いっぱい撮った、使えるでしょ?俺は役に立つでしょ?……だからやるよぉ」
「やらないでいい、もっと普通の時に俺とやろ?」
「じゃ今やろ、最後までやろ、全部やろ」
「………また今度な」
半泣き、もうそろそろ号泣する。
「なあ葵……頼むからもう寝ないか?」
「やるの?…ねえねえ健二さん……俺は健二さんが好きだよ、健二さんとならやりたいよ、全部やりたい、でも今日はおじさんと……」
「やらないよ」
子供を寝かし付けるってこんなんかなって思う。もう半分は意識が無いのに頑固に眠らないのだ。
「葵、もう寝た方がいい、な?寝よう」
「ほらぁ寝るんじゃん」
「意味が違う、こら、ボタンを外すなよ」
「俺は大丈夫だから、本当に大丈夫だから、知らないおじさんでも平気だから」
「葵?…」
酔っ払いの陽気な口調も、クスクス続く笑い声も続いているのに葵の大きな黒目は涙が満ちてゆるゆると揺れている。
そして、ぷっくりと膨れた涙の水溜りはやがて溢れ、大粒の涙がポロポロと流れて落ちた。
それでも口調は変わらない。
「大丈夫なんだ、セックスなんて本当にどうって事無いからね、もう健二さんに見られても平気だよぉ~、だってもう知ってるでしょ?健二さんも椎名さんも銀二さんも知ってる…知ってるも~ん」
「葵……」
ポロポロ、ポロポロ…流れ落ちる涙は舐めたらきっと苦いのだろう。
あまりにいたたまれなくて見ていられない、ギュっと抱き締めたが、それでもセックスへの義務感を取り払おうとはしないのだ、飢餓を恐れるように耳を舐めてくる。
「いいから、わかってるから、頑張らなくてもいいから、もう終わったから、もう行かなくていい、仕事で誰かと寝るなんてもう無いから」
「違う、違う、仕事も、何も辛く無い、違う」
葵には泣いている自覚なんか無いみたいだった。
しかしこんなにも泣いてるのに、口調は陽気でクスクス笑いは止まらない。
自分の事にカマ掛けて支援が遅れたせいで葵は一人で戦ったのだ。追い込まれ、逃れる術がなくなった時に余程の決意を固めたのだと思う。
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