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拝啓 友梨様
しおりを挟む引越しが済みました。
いざと言う時の為に…などと言って、マンションの契約を残そうとするからそれはやめさせました。
そしてかなりのバトルを潜り抜け、頑張った末にローンは折半です。
びっくりする事にアパートの家賃より寧ろ安くなったんですよ。
翔ちゃんの荷物はまるで長めの旅行に行くみたいでした。本当に何も無い。
しかし、その少ない荷物の中にピンクの毛布が入っているんです。ほぼ全ての物を捨てたのにです。
あれは友梨さんが使っていた毛布ですよね、何かあるかもしれないからって…、何かある前提で準備万端なようです。
知っているつもりだったけど、目の当たりにしてちょっとムカつきました。
何だかね……遺伝子に染み込んでいるっていいくらいあなた方はセットになっているんですね、別に歴史も無ければ思い出の品って訳でも無いだろうに、毛布一つでそう思いました。
常に頭の中にいるんだなあ……と。
別いいけど。
家具や家財道具は今選考中です。
取り敢えずベッドだけはと、引越しの日に届くように買いました。洗濯機は俺の(新しいから)冷蔵庫も俺の(大きいから)テレビも、炊飯器も。
翔ちゃんはもっとあれやこれや煩いと思ってました。
最初はそれぞれの習慣や好みの違いで揉めたりもするだろうと思っていたのです。
しかし、翔ちゃんは「好きなようにすればいい」と言って何でも譲ってくれます。もちろん部屋割りも。
驚いた事に翔ちゃんはWi-Fiの存在を知りませんでした。正確に言えば、Wi-Fiとはしかるべき場所なら自動で発信されているのだと思い込んでいたようです。まあ、先に住んでいた高級マンションはWi-Fiが付いていたらしいですからね。だから、隣のビルから傍受した電波を携帯で受けて「パスワードは?」と聞いて来る有様です。
「忍び込んで盗んできてください」と言うと本当に行こうとしたので驚きました。
勿論、ちゃんとネットの申し込みをしてルーターも買いました。ここは都会の真ん中なのにテレビの電波は届いてないから全部ケーブルです。これは俺の得意分野でもあるから任せるように言いました。
そんなこんなで翔ちゃんは隣にいます。
一緒に暮らし始めたからと言って特筆する程日常に変わりはありませんが、翔ちゃんはちょっとだけ変わったと思います。
仕事が別々な分、何時ごろに帰るか、ご飯はどうするのかと毎日、キチンと連絡をくれるようになりました。
更に、翔ちゃんの方が先に帰った時はたまのたまにですが、変な料理を作っててくれる時もあります。本当にたまにですが。そして冷蔵庫に絶対に使わない調味料や食材が入っていたりしますが、それでもいいです。(捨てたらまた買って来るのは何故なのでしょう、使わないくせに)
その為か週末に酔い潰れる事はほぼ無くなりました。無い事は無いけど、何にでもすぐに義務感を持ってしまう人なので、酔ってヘロヘロになっていても意味不明の連絡をしてくれます。
だから「iPhoneを探す」というアプリを使いこなせるようになりました。
言い忘れていましたが、俺、江越隆文は翔ちゃんの彼氏、兼、夫、兼、妻です。
夫と妻は昼夜で入れ替わりますけど。
そう言えば紅丸の前橋ですが……そう、翔ちゃんが蕎麦屋でナンパした色白黒子の男なのですが、どうやらまだ水嶋を諦めてません。
え?そんな人知らん?
そんな事を言わずに聞いてください。
前橋は翔ちゃんを狙ってる勘違いのホモです。
翔ちゃんは佐倉というホモにも狙われてます。
佐倉は上手く撃退できたから、Mを歌って潔く散ったのに前橋はしつこいです。
先日、奥田の会社近くで待ち伏せをしてたから、なり振り構わず翔ちゃんにチューをしてやりました。
もしかしたら奥田製薬の社員が近くにいたかもしれないけど、色々隠しても住所が一緒だもん、もういいもん。そしたら「こら」って、「甘く」叱られたと同時に、胃のあたりに膝蹴りを喰らい、昼飯の残骸が出てきました。
それでも俺達は順調だと思います。
そう言えば、友梨さんのお母さんにお会いしましたよ。とても勝手で、とても強引で、とても面倒くさい人でしたがやはり友梨さんに似てます。とても美しい人でした。
何をしに行ったかと言うと、家を買った事を報告をするついでに同居のご挨拶をする為に翔ちゃんのご実家である病院を尋ねたのです。
翔ちゃんと翔ちゃんのお父さんとの問答は面白かったです。「家を買った」の報告に「何故だ」から始まり暫く喧嘩してました。まるで翔ちゃんが2人いるようです。
「病院の経営に医師免許はいらない」って発言から、翔くんがいつか病院を継いでくれると思っていた事がわかりました。
お父さん、ごめん、翔は貰ったから。
勿論ですが、翔ちゃんのご両親には「同居」としか言ってません。
それはそのうち、翔ちゃんから「好き」と言わせる事に成功したら正式な報告をにいきます。絶対。
今はお休みのキスが出来る様に訓練を施しています。唇を立ててひたすら待つのです。
してくれるまで寝ないし寝かさないしつけ回すし、纏みつきます。大変面白いですよ。
あなたの敗因は、翔ちゃんを諦めた事です。
勝った訳じゃないけど……。
恐らく永遠に勝てないけど、取って変わってやった気にはなってます。
まだカーテンの無い窓は外からも中からも丸見えなのですが、誰も見ないし、人影もない。
2人だけの住処は大変快適です。
そして、この季節。
外を見る度、翔ちゃんからお馴染みのメロディが鼻歌に乗ります。それは、あの忘れ難い美しい風景のせいでしょう。
この先も、恐らく春が来る度に繰り返すのだと思います。
それで、いいです。
貴方は彼の一部なのですから。
言っておきますが、家の住所は教えませんよ?
あなたは怖いですからね。
え?もう知ってる?
来ても入れません。留守です。
最後になりましたが、翔ちゃんと2人で、あなたの幸せを願っています。
……切実に。
敬具……っと。
出さないけど。
因みに書いてないけど。
窓の外を見てみると、大方の花びらは散ってしまい、緑になってきている。
春も終わりだな…と思うと、次の春が恋しくなった。
おしまい。
応援ありがとうございます!
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とても感動しました……
できたらいつか江越くんの想いが伝わって水嶋さんから好きという言葉が聞けたらうれしいです😭
フヨフヨと漂う水風船の水嶋翔氏
その水嶋専門家江越隆文氏
この作品でえごちゃんの純愛と どうしても未来永劫一緒に居させてください! の思いが 笑いとあの時の水嶋の下がった眉に魅力を感じます~
第一作目「水嶋さん」では
添え物にもならない まだ若いヒヨコのような黄色
だが、どうだ!
この瑞々しい青年が素早い回転で多くの危機を回避する姿はしっかりとした葱色の緑!
紳士な佐倉を認めつつ牽制するとこも大人に感じたよー
存在を大きくした黒子への水嶋防衛の策を施す様が 佐倉、水嶋の上をいき抱腹絶倒~ 流石だよ~ えごちゃん
そして何より本気のプロポーズ
それを認めた水嶋が静かで穏やかで嬉しくなる
ビルの間の新居から望む青空と桜~ あーここまで来たんだねと感慨ひとしお~
蒙武将軍にお礼を!!
楽しませていただきました
ありがとうございます
素敵な感想をありがとうございます。
ちょっと短かったけど、完結っぽくは纏める事が出来ました。
この先、子供を連れた友梨ちゃんが乱入して来たりはするかもしれないけど。「いや、あんたほぼお父さんじゃん」って感じになる2人に江越くんはヤキモキするかもしれませんけど、それはそれで楽しいかもです。
終わっちゃったんですね。
寂しいけど二人の未来が見えるからよかったです。江越の粘り勝ち(笑)
友梨ちゃんも幸せになってほしいな。
素敵なお話をありがとうございました。
読んでくれてありがとうございました。
おそらく、おやすみのキスはすぐに出来る様になると思います。他人から見たら「ラブラブなのでは?」って2人ですが、今の関係性はあんまり変わらないんだろうなと思います。全部欲しいと燃える江越、生活すればする程友梨ちゃんの影が見えるからね、そしてそこに馴染んでる割にちょっとだけ引いた水嶋。
でも穏やかに暮らす2人です。