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話を終えた赤城さんは、清楚系天使に戻って「よろしくお願いします」と微笑んで帰って行った。

健二には驚かされたけど赤城さんも相当だ。

ちょっとその辺にはいない相当な変人が続々と集まってくる事務所……。

さすが俺。運がいい。


変人筆頭の健二は帰ってこない。
都心の百貨店にでも行けば「ういろう」は買えたりするのかもしれないが、名古屋まで行っている可能性は大いにある。


夕方くらいまで時間があると思っていい。
赤城さんに聞いた話を整理しておこうと、書き留めたノートを掘り起こしていた。

すると、開け放したままだったドアから階段を登る足音が聞こえる。
健二が帰ってきたのかな、って丸めていた背中を伸ばすと、相変わらずニコニコしている椎名が事務所に入って来た。

嘘みたいだけど両手にタピオカミルクティを持ってる。「お土産だ」と言って1つくれた。

「あ……りがとうございます」

「終わった?」

「はい、依頼者の方は先程帰られました」
「健二は?、上手く追っ払えた?」

やっぱり……椎名は健二が女子を前にするとどうなるか知っていたのだ。
せめて教えてくれたら対処のしようもあったと思うと、返事の代わりに溜息が出た。

「ハハハ、面白かっただろう?何でだろうね、健二はモテたくて意識しちゃうんだと思うけど、女子がいると変になるんだ、普通にしてた方がモテると思うんだけどね」
「ネットに落ちてる「モテる男の何某か」を意味もなく場違いに実践してました。」

「うん、で?首尾は?」
「はい、それがですね、根本の「本当にストーキングをされているのか」という所に立ち返っています」

「う~ん、やっぱりそうか」

「それを見せて」と椎名がノートを指して手を振った。まだ乱雑に書き殴ったままだったから、読めるかなって思ったけど取り敢えず渡した。

椎名はソファに座り、一度読んでからもう一度見直している。

派手に組んだ足と手に持ったまま吸わない煙草が絵になるって嫌な奴だ。

いかにもヤクザだけどね。

椎名は2度も足を組み直し、乱雑な文字を熟読してから、やっぱり「うーん」と唸った。

「どうですか?微妙でしょう?もしかしたらその男は何か事情があって引っ越しただけで、そこに偶然が重なった可能性が無いとも言えないと思います」
「いや、これは確率の話なんだけど3回目の「偶然」ってのはほぼ黒なんだ」

「え?でも1日に3回も「偶然」交通事故を目撃しちゃったって人を知ってます」

俺だけど。

「ああ、そういうタイプの偶然はね、例えば交通量の極端に少ない田舎道で見たってのと、元々事故の多い場所で見たってのとは事故の確率そのものが違うだろ?」

ちょっと意味がわからないけど、話の腰を折りたくないから「はい」と答えておいた。
そしたら「いい子だ」ってまたもや「子」を付ける。まあ、今は忙しいから取り敢えず今は貯めといてやる。(健二の分を加えて貸しが+2)

「では椎名さん的に考えると、この弁護士の男は、赤城さんに何らかの感情を抱いて付け回してるって断定してるんですか?」

「うん、さっきの交通事故の話だけど、「見た」のではなくて「車に轢かれた…とか事故に遭った」のが3回なら、もうそれは偶然じゃない。余程の注意散漫かワザとかのどっちかだ」

「……確率……ですか」

「そう確率。例えば殺人事件って身近にありそうで実は無い。だからある人物が……Aさんと仮定しようか……そのAさんの知り合いが「偶然」殺された、そしてその偶然が3回もあったら、もうAさんが殺人に関わっていると思っていい」

それは………そうかもしれない。

人によるけど、それでも引越しなんてそう頻繁にするものでは無いと思う。それなのに短期間の間に2回も重ねて、タイミングも場所も同じなんて「偶然」はゼロに近い。

と、すれば、問題の男は黒。

つまりは……やはり何らか手を打って解決しなければならないって事だ。

何が出来るか、どう解決するこは横に置いて、まずは証拠を集めて理論武装だけでもした方がいい。

「この弁護士の男がどのタイミングで引っ越しを決めたか……ですかね」
「そうだね、まずそれを調べようか、葵くんは賢いな、その調子で頑張れ」

…………あれ?、と派手な疑問符が頭の上に浮かんだ。椎名の話し方は思っていたニュアンスと少し違う。

「あの?椎名さん?、これは椎名さんが調べてくれるんですよね?」

ヤクザのネットワークを使うとか、組の構成員を使うとか、役所の誰かを買収するとか、その他諸々、それこそ国の公安かヤクザでないと持ち得ない秘密の手段があると思う。
寝ている間に必要な情報が揃うのだろうな~と期待してた。
……ってか、してる。

「俺と健二さんに出来る事なんて無いでしょう」

「それを何とかするのが2人の仕事だろう?俺は口を出すけど基本何もしないよ」
「え?そんな!どうやって?どこを調べればそんな事がわかるんですか?しかも健二さんと俺の2人しかいないんですよ?あの「健二さん」ですよ?」

「どうやって……は健二と葵くんに任せるよ、それに健二は葵が思っているより頼りになると思う」

頼りになるって?本気で言ってる?健二の事は殆ど知らないけど今の所は邪魔しかしてない。
……と言うか、依頼を無くす危機だったと思う。

「健二さんが……何か特別な手段を持っていると?」

「さあね、そう言えば健二は?」

「あの、えっと……ういろうを探す旅に出ました、暫くは帰らないかと……」

「そうか……そうだ、忘れてたけど、この仕事をするにあたって葵くんも携帯電話が必要だよね、個人的に持っているものは使わない方がいいから新しいのを買おうか」
「携帯は持っていません」

「………持ってないの?」

「……はい」

ほら、その顔。

携帯を持ってない聞くとみんな何故そんな目をする。携帯を持ってないだけで変人扱いか?

「そんな目で見ないでください。俺には必要無かったんです、電話を掛ける事なんか無いし、寧ろ掛かってくる電話にろくな内容は無い、一回親父が………」
「お父さんが?」

「いえ…………何でもないです」

椎名に愚痴ってみても意味がない。
一度父親から携帯を渡されて、一瞬喜んだけど、ちょくちょく呼び出されるわ、逃げても居場所を知られるわで散々。

迷惑ばかりかけられて逃れたいのに、父には手持ちの駒とばかりに固執されていたのだ。

そして、その頃から父は借金取りから逃げ回っていたらしい。唯一父と連絡が取れるのは息子だけと追い回されたりって事になった。

忘れてはいけない。
今、父と携帯に纏わる愚痴を言うとした相手は、もう死んでいない父の名代とも言える。


「すいません、余計な事を言いました」

「うん、大丈夫、じゃあさ、今から携帯を買いに行こうか、取り敢えずは二台必要だね」
「え?どうして二台も必要なんですか?」
「葵くんの個人用と仕事用かな、全く同じ機種を違う店で一台ずつ買おう」

「………個人用は必要ないです、誰もと連絡を取らないし勿体無い」
「じゃあ俺と連絡を取ろう、どうしよっかな……愛を語る?何なら毎日愛していると送ってあげるよ」
「全くもって結構です」

友達がいないから個人用はいらないと言ったんじゃない。とにかく一人で生きて来たのだ。
一人が身軽だし、一人が楽だ。
愛を語られても迷惑だし、愛なんか信じて無い。

椎名はヤクザなんだ。
ヤクザのする事だ、金目の物《腎臓》がどこにあるかを把握したいだけなんだと思うと、もう色々非常に残念に思う。

しかし今は父への供物となっている身だ、二台の携帯を持てと言われれば待つ。
携帯の何が便利って簡単に捨てれるって所だ。
何せ「携帯」だしね。邪魔になったら携帯しなければいい。

そして椎名はやっぱりヤクザだった。

出掛けようと言われて付いて行ったら、商店街をウロつくだけで携帯屋に行こうとはしない。

椎名って何もかもを笑顔だけで語ろうとするから何を考えているのかホントわからない。

暫く意味の無い散策をして、店頭販売されていたさつまいも饅頭を買うの買わないのと喧嘩していると、aゆーとソフト●ンクの袋を下げた地味な男が声を掛けてきた。

「用意出来ました」って渡されても……。

地味って…言葉の通り地味。
緩く被った帽子は頭の一部、お洒落でも無くダサくも無い銀縁の眼鏡、風景に溶け込むグレーのポロシャツと綿のパンツはいい具合にくたびれてる。

一旦目を話すと2秒で記憶から消えてしまいそうな男なのだ。それなのに何故観察したかって……声がリゾート病院を勧めた銀の男だったからだ。

チラ見でも忘れない。そんな男だった筈が見事に透明人間に変身している。

携帯の所持者と名義を違える、そして現代の隠密って仮装をしてる。
「法律でどうしよう無い云々」が怪しい仕事だって証明したような物だ。

もう一回「どうぞ」と言われて手を出すと、小さい紙袋2つを俺の手に掛け何事も無かったように……通り掛りで知り合いでも無いって顔で銀の男はフウッと消えた。

携帯を買うって普通の事が隠密のミッションになってる。

「怖い……」

「で?何個欲しい?」

椎名は銀の男も携帯の受け渡しも無かったみたいに振る舞ってる。
そしていらないって散々断ってるのにサツマイモ饅頭をまだ勧めてくる。

「いらないです」
「じゃあ5個でいいかな」

……うん。もう全部どうでもいい。



お菓子は沢山あるからって言ってんのに押し負けて買ったさつまいも饅頭を持って帰り、スマホの各種の設定や使い方を椎名に教えてもらったりした。

パソコンも殆ど触った事が無かったからパスワードとかアイディーとか何種も何種も必要で訳がわからない。

我慢強く教えてくれる椎名は優しいけど、「これは触るな」ってアプリが何種類もあるのがやっぱり信用出来ない。

2時間くらい掛かっただろうか、窓から射す日の光がオレンジになって来た頃、取り敢えずラインと電話の掛け方だけをマスターした。

椎名と「愛を語る」ってイベントをしていると、馬鹿みたいにういろうを抱えた健二が帰ってきた。


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