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楽しい
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満腹になるまで高い肉とデザートを食べだけど、健二がいなかったから支払いは多分5、6千円で済んだと思う。
椎名と言えば全部の成り行きを聞いても普段通りに見えた。
しかし、行動を読めない人って本当に厄介。
事務所に帰ってくるといきなりだ。
ソファに座っていた健二の胸ぐらを掴み上げたと思ったら、無言のまま張り飛ばした。
鉄筋の建物がドスンと床が揺れたよ。
そんなに軽いとは思えない健二が吹っ飛んだよ。
………怖い。
ヤクザの本性見たり。
床を滑った健二の体を跨いでの「てめえ」って威圧が凄い。
さすがヤクザだ、まんまヤクザだ、ヤクザそのものだ。
何の前触れも無かったし、椎名はいつもの通り微笑んでいたから健二も驚いている。
起き上がろうともせず、呆然と椎名に跨がれている。
「な……何?」
「健二、お前葵くんを危ない目に合わせたな?」
「そうだけど……結局は無事だったんだからいきなり殴る事は無いだろう」
「黙れ。俺はな、お前に預けたと言った。葵くんはお前の部下だろう、葵くんには他に頼る人は誰もいないんだ、そしてそれをお前は知ってる、お前が守らなくて誰が守る」
「……うん、そうだな…わかってる。ごめん……葵、ごめんな、ビックリしてるだろう」
そんな体勢で……椎名を腹に乗せたまま謝られても何と言っていいかわからない。
ここは「俺が悪かったんです」と言って健二を庇うべきなのだろうが、椎名がそれを赦す雰囲気は一切無いのだ。
それに、椎名が怖くて声も出なかった。
笑ってない椎名を見たのは初めてだ。
のそっと立ち上がった椎名がこっちに来たから逃げ道を探して出口の方を確かめたよ。
「健二、立ち上がってTシャツを脱げ」
「ああ……ごめん、椎名さん……ごめん」
もしかして裸にしての折檻でも始まるのかと思ったら、椎名は、小さなシンクの上にある戸棚から救急箱を取り出した。
そこで何をすべきかやっと気付いた。
「俺が……俺がやります、椎名さん、俺が悪いんです、ごめんなさい、健二さんを怒るなんて間違ってます」
「葵くんは自由にしていいんだよ、健二は困らせてなんぼ、元気に笑うのが葵くんの仕事だと思えばいい」
「でも、俺は健二さんの部下なんでしょう?それなら健二さんの手当てをするのは俺の仕事です」
「うん、でもね、健二の手当ては俺の得意科目なんだ、なんせ年期が入っているからね」
そう言った椎名はいつも通りの優しい笑顔を見せ、さっきとは打って変わった戯けた口調で「さっさと背中を向け」と、擦り傷のある健二の肩をピシャリと叩いた。
妙に素直な健二と、消毒液の付いたガーゼで傷口をゴシゴシと擦りながら笑っている椎名を見て…
「ああそうか」と納得した。
椎名は健二が大事なのだ。
一見すると「葵」を優先しているように見えるがそれは違う。
「葵」は部外者なのだ。
誰かが誰かを叱る時ってその人を大切に想うからこそだ。
父は……死んだ父は俺が思い通りにならない時は怒ったが、ドジを踏んで怪我をしても知らん顔だった。
多分小4くらいの時だ。
他所の御宅の塀の上に上がって遊んでいると、飼い犬に吠えられて驚いた俺は足を踏み外した。
酷く切れた額からは驚く程血が出たが、真っ赤に染めたシャツを見た父はフンッと鼻を鳴らして「シャツを洗っておけ」と言っただけだ。
もう今更だ。どうでもいい。
どうでもいい事なのに何だか泣きそうになって来た。パパに愛されていなかったからって泣く?
大事にされていると勘違いしから泣く?
馬鹿を言うな、相手はヤクザだぞ。
一人っきりなのは昔からずっとだ。何を今更って笑う。
あまりにも馬鹿馬鹿しくて本当に笑えて来た。
ちょっと笑ったら喉が乾いたから、冷蔵庫からビールを取り出しタブを開けた。
そして一気飲みだ。
………頑張ったつもりだけど、喉がキューッとなって、堪らず口を離すとまだ半分も減ってない。
もう一回挑戦
最後まで行くぞと、口を付けたら、よく似た声が2つ揃って「あ~~!!」と喚いた。
何かそっくり
「葵……駄目だろ、無理な事すんな、あ~あ…」
上半身裸のまま走り寄って来た健二の背後からガスッと脳天チョップが落ちた。
殴ったのは椎名だ。……仲良し。
「お前のせいだろ馬鹿」
「痛いな!葵を守るのが俺の責任なら、俺と葵を守るが椎名さんの責任だろ!今は椎名さんも見てたんだからあんたにも責任があるだろう」
「おお、珍しく正論を言うな健二、よし、ついでだから三人で飲もう」
「お?おう、賛成」
じゃあって笑った椎名が焼酎のボトルと3つのグラスを出してきた。
そして何でか3人での酒盛りになった。
椎名は怒っちゃったから気まずいのかもしれない。ドボンドボンと雑に注いだお酒がグラスから跳ねて溢れてる。
何だが寂しくなってたのに楽しくなって来た。「寂しい」なんて感情はもう無いと思ってたのに……この数日本当に色々あったからだと思う。
ずっと張り詰めていた気が抜けて苦いビールがやたらと旨い。
「ビールにが~い」
「葵?大丈夫か?」
「飲もうって健二さんが言った~」
「俺じゃない、椎名さんが言ったんだろう」
「そう、俺だ、葵、ほら、カンパーイ」
人生、何もかもを諦めたら楽。楽しい。
「カンパーイ」と椎名の缶を合わせると中身が飛び出て腕が濡れた。
だから舐めとく。
そして苦い。
「ねえ椎名さん、どうして健二さんの怪我の手当てに慣れてんですか?」
「おお、よくぞ聞いてくれたな葵、苦節10年、健二はこう見えて若い時は結構な腐り具合でな、目の合う奴全員にガン飛ばして喧嘩して、いつも生傷が絶えなかったんだよ~、な~?健二」
「そうだけど……昔の事だろ」
「挙句の果てに組の構成員になりたい?馬鹿言うんじゃ無いよ、馬鹿だけどな」
「わ~い、健二のバカ~」
葵、と呼びかけてくる声が聞こえるような気がするけど、楽しいから無視する~。
「こりゃもう駄目だな」って、何が駄目なの?健二さん。「ついでだからこれ見る?」って何を見せてくれるの?健二さん。
「アカデミー賞、葵」
「何それ」
「椎名さんも覚悟しろよ、立てなくなる程笑えるぞ」
「美味しい?」
「最高」
健二はスマホ用のクリップに携帯を立ててボタンを押した。
何が見れるのかなって待っていると、小さな画面にはどこかで見たような部屋の中が写ってる。しかもテレビみたいに動いてる。
コレが噂の動画なんだな~と思っていると、そこで喚いているの自分だと気付いた。
──102が……
──もう埋まってるから無理なんだよ……
──何故ですかっっ?!
そこでどわっと笑いが湧いた。
健二は元より椎名が腹を抱えて足をバタバタしてる。
うん。確かに面白い、客観的に見ると見てるのが恥ずかしいくらい面白くて、腹が立つけど、はじけるくらい笑える。
── いつっ ?!!
──今月の2日……かな…
──何時何分何秒っっ?!!
そのくだりで三人共、死んだ。
笑い過ぎて涙が出て出るくらい面白い。
なんだこれ、ただの大馬鹿。
ビールってまずい。
暑い…。
葵って呼ぶな~。
健二の馬鹿~二度とこんな事しないからな~。
楽しい~。
…………。
椎名と言えば全部の成り行きを聞いても普段通りに見えた。
しかし、行動を読めない人って本当に厄介。
事務所に帰ってくるといきなりだ。
ソファに座っていた健二の胸ぐらを掴み上げたと思ったら、無言のまま張り飛ばした。
鉄筋の建物がドスンと床が揺れたよ。
そんなに軽いとは思えない健二が吹っ飛んだよ。
………怖い。
ヤクザの本性見たり。
床を滑った健二の体を跨いでの「てめえ」って威圧が凄い。
さすがヤクザだ、まんまヤクザだ、ヤクザそのものだ。
何の前触れも無かったし、椎名はいつもの通り微笑んでいたから健二も驚いている。
起き上がろうともせず、呆然と椎名に跨がれている。
「な……何?」
「健二、お前葵くんを危ない目に合わせたな?」
「そうだけど……結局は無事だったんだからいきなり殴る事は無いだろう」
「黙れ。俺はな、お前に預けたと言った。葵くんはお前の部下だろう、葵くんには他に頼る人は誰もいないんだ、そしてそれをお前は知ってる、お前が守らなくて誰が守る」
「……うん、そうだな…わかってる。ごめん……葵、ごめんな、ビックリしてるだろう」
そんな体勢で……椎名を腹に乗せたまま謝られても何と言っていいかわからない。
ここは「俺が悪かったんです」と言って健二を庇うべきなのだろうが、椎名がそれを赦す雰囲気は一切無いのだ。
それに、椎名が怖くて声も出なかった。
笑ってない椎名を見たのは初めてだ。
のそっと立ち上がった椎名がこっちに来たから逃げ道を探して出口の方を確かめたよ。
「健二、立ち上がってTシャツを脱げ」
「ああ……ごめん、椎名さん……ごめん」
もしかして裸にしての折檻でも始まるのかと思ったら、椎名は、小さなシンクの上にある戸棚から救急箱を取り出した。
そこで何をすべきかやっと気付いた。
「俺が……俺がやります、椎名さん、俺が悪いんです、ごめんなさい、健二さんを怒るなんて間違ってます」
「葵くんは自由にしていいんだよ、健二は困らせてなんぼ、元気に笑うのが葵くんの仕事だと思えばいい」
「でも、俺は健二さんの部下なんでしょう?それなら健二さんの手当てをするのは俺の仕事です」
「うん、でもね、健二の手当ては俺の得意科目なんだ、なんせ年期が入っているからね」
そう言った椎名はいつも通りの優しい笑顔を見せ、さっきとは打って変わった戯けた口調で「さっさと背中を向け」と、擦り傷のある健二の肩をピシャリと叩いた。
妙に素直な健二と、消毒液の付いたガーゼで傷口をゴシゴシと擦りながら笑っている椎名を見て…
「ああそうか」と納得した。
椎名は健二が大事なのだ。
一見すると「葵」を優先しているように見えるがそれは違う。
「葵」は部外者なのだ。
誰かが誰かを叱る時ってその人を大切に想うからこそだ。
父は……死んだ父は俺が思い通りにならない時は怒ったが、ドジを踏んで怪我をしても知らん顔だった。
多分小4くらいの時だ。
他所の御宅の塀の上に上がって遊んでいると、飼い犬に吠えられて驚いた俺は足を踏み外した。
酷く切れた額からは驚く程血が出たが、真っ赤に染めたシャツを見た父はフンッと鼻を鳴らして「シャツを洗っておけ」と言っただけだ。
もう今更だ。どうでもいい。
どうでもいい事なのに何だか泣きそうになって来た。パパに愛されていなかったからって泣く?
大事にされていると勘違いしから泣く?
馬鹿を言うな、相手はヤクザだぞ。
一人っきりなのは昔からずっとだ。何を今更って笑う。
あまりにも馬鹿馬鹿しくて本当に笑えて来た。
ちょっと笑ったら喉が乾いたから、冷蔵庫からビールを取り出しタブを開けた。
そして一気飲みだ。
………頑張ったつもりだけど、喉がキューッとなって、堪らず口を離すとまだ半分も減ってない。
もう一回挑戦
最後まで行くぞと、口を付けたら、よく似た声が2つ揃って「あ~~!!」と喚いた。
何かそっくり
「葵……駄目だろ、無理な事すんな、あ~あ…」
上半身裸のまま走り寄って来た健二の背後からガスッと脳天チョップが落ちた。
殴ったのは椎名だ。……仲良し。
「お前のせいだろ馬鹿」
「痛いな!葵を守るのが俺の責任なら、俺と葵を守るが椎名さんの責任だろ!今は椎名さんも見てたんだからあんたにも責任があるだろう」
「おお、珍しく正論を言うな健二、よし、ついでだから三人で飲もう」
「お?おう、賛成」
じゃあって笑った椎名が焼酎のボトルと3つのグラスを出してきた。
そして何でか3人での酒盛りになった。
椎名は怒っちゃったから気まずいのかもしれない。ドボンドボンと雑に注いだお酒がグラスから跳ねて溢れてる。
何だが寂しくなってたのに楽しくなって来た。「寂しい」なんて感情はもう無いと思ってたのに……この数日本当に色々あったからだと思う。
ずっと張り詰めていた気が抜けて苦いビールがやたらと旨い。
「ビールにが~い」
「葵?大丈夫か?」
「飲もうって健二さんが言った~」
「俺じゃない、椎名さんが言ったんだろう」
「そう、俺だ、葵、ほら、カンパーイ」
人生、何もかもを諦めたら楽。楽しい。
「カンパーイ」と椎名の缶を合わせると中身が飛び出て腕が濡れた。
だから舐めとく。
そして苦い。
「ねえ椎名さん、どうして健二さんの怪我の手当てに慣れてんですか?」
「おお、よくぞ聞いてくれたな葵、苦節10年、健二はこう見えて若い時は結構な腐り具合でな、目の合う奴全員にガン飛ばして喧嘩して、いつも生傷が絶えなかったんだよ~、な~?健二」
「そうだけど……昔の事だろ」
「挙句の果てに組の構成員になりたい?馬鹿言うんじゃ無いよ、馬鹿だけどな」
「わ~い、健二のバカ~」
葵、と呼びかけてくる声が聞こえるような気がするけど、楽しいから無視する~。
「こりゃもう駄目だな」って、何が駄目なの?健二さん。「ついでだからこれ見る?」って何を見せてくれるの?健二さん。
「アカデミー賞、葵」
「何それ」
「椎名さんも覚悟しろよ、立てなくなる程笑えるぞ」
「美味しい?」
「最高」
健二はスマホ用のクリップに携帯を立ててボタンを押した。
何が見れるのかなって待っていると、小さな画面にはどこかで見たような部屋の中が写ってる。しかもテレビみたいに動いてる。
コレが噂の動画なんだな~と思っていると、そこで喚いているの自分だと気付いた。
──102が……
──もう埋まってるから無理なんだよ……
──何故ですかっっ?!
そこでどわっと笑いが湧いた。
健二は元より椎名が腹を抱えて足をバタバタしてる。
うん。確かに面白い、客観的に見ると見てるのが恥ずかしいくらい面白くて、腹が立つけど、はじけるくらい笑える。
── いつっ ?!!
──今月の2日……かな…
──何時何分何秒っっ?!!
そのくだりで三人共、死んだ。
笑い過ぎて涙が出て出るくらい面白い。
なんだこれ、ただの大馬鹿。
ビールってまずい。
暑い…。
葵って呼ぶな~。
健二の馬鹿~二度とこんな事しないからな~。
楽しい~。
…………。
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